あるときまでは栗の木とも、滝にも、きのこの楽隊とだって話をできていた、気がする。
そして山猫に選ばれて裁判官にもなったことがあったような気がする。
なのに、全然、もう、記憶がない。
これはどういうことだろう?
そんなことがあった、そんなだったに違いない。奇跡的にに「覚えていた」人が、こんな童話を書いた。
栗の木とも、滝にも、きのこの楽隊にだって、話したことはないけれど、話せると思っていた時代の気持ちを抱えた文章。
やっぱり、忘れないためにそんな気持ちを書いておけばよかったと、大人になった読者(私)はときどき思うのです。
覚えておけば、大人が勝手に決めた「そんなことあるわけない」なんて、知ったこっちゃないのです。