あめふるひに君も

朔間 希陽

第1話

土砂降りの中、傘もささずに立ち尽くす女の子がいた。駅から少し離れた通りだったが帰宅を急ぐ人たちが足早に彼女を抜かしていった。僕はそっと彼女に傘を差した。


僕の傘が彼女の全身を打ち付ける雨粒を制止した。

彼女は足を止め僕の顔を驚いたような顔でまじまじと見た。中学生くらいか。目から涙が溢れていた。制服は所々布があててあり、持っている鞄は切り裂かれていた。

だいたいの状況はわかった。

だけど僕はたまたま通りかかっただけの高校生。彼女にしてあげることはこれくらいしかない。


『傘、貸してあげる。今度会った時に返してくれればいいから』


僕はそっとスマホに打った文を彼女に見せた。


彼女は首を振った。


「おにいさんが濡れちゃう」


僕は彼女の口の動きを読み取りスマホに文字を打っていく。


『僕の傘は雨の音が綺麗に聞こえるらしい。でも僕は一度も雨の音を聞いたことがない。だから君に聞いて欲しいんだ』


雨は高く澄んだ音がする。

この間読んだ小説に書いてあった。

実際は知らないけど…。



きっと彼女の心は車軸を流すような雨が容赦なく打ちつけているのだろう。

だけど僕には心の傘はさせない。


「ありがと、お兄さん」


でも、ほんの少し君の役に立てたかな。

だってもう彼女は泣いてないから。



僕はニコッと笑って彼女に傘を渡した。

遠慮がちに受け取る彼女に僕はこう言った。


「もうすぐ晴れるよ」


僕の声で彼女に伝えたかった。


僕は両耳の聴力はほとんど失っている。

ちゃんと発音できているだろうか。

僕は壊された補聴器をポケットの中で力強く握りしめた。


彼女はそっと微笑んだ。


「お兄さんも」


彼女の口の動きはそう言っていた。

僕の傘をさした彼女はさきほどよりも足早に歩いて行った。


雨は弱まった。


彼女が傘を返してくれるまで

僕はもう少し生きてみることにした。



だって〝もうすぐ晴れるから〟

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あめふるひに君も 朔間 希陽 @sh15ya_saku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ