てぶくろを買いに

新美南吉/カクヨム近代文学館

てぶくろを買いに

 さむふゆほっぽうから、きつねのおやのすんでいるもりへもやってました。

 あるあさ、ほらあなからどものきつねがようとしましたが、

「あっ。」とさけんで、をおさえながらかあさんぎつねのところへころげてました。

かあちゃん、なにかささった、ぬいてちょうだい、はやはやく。」といました。

 かあさんぎつねがびっくりして、あわてふためきながら、をおさえているどものおそおそるとりのけてましたが、なにもささってはいませんでした。かあさんぎつねは、ほらあないりぐちからそとて、はじめてわけがわかりました。さくのうちに、しろゆきがどっさりったのです。そのゆきうえからおひさまがキラキラとらしていたので、ゆきはまぶしいほどはんしゃしていたのです。ゆきらなかったどものきつねは、あまりつよはんしゃをうけたので、なにかささったとおもったのでした。

 どものきつねは、あそびにきました。綿わたのようにやわらかいゆきうえをかけまわると、ゆきが、しぶきのようにとびって、ちいさいにじがすっとうつるのでした。

 するととつぜん、うしろで、

「どたどた、ざーっ」とものすごいおとがして、パンのようなこなゆきが、ふわーっとこぎつねにおっかぶさってました。こぎつねはびっくりして、ゆきなかにころがるようにして十メートルもこうへげました。なんだろうとおもってふりかえってましたが、なにもいませんでした。それは、えだからゆきがなだれちたのでした。まだ、えだえだあいだからしろいきぬいとのようにゆきがこぼれていました。

 まもなく、ほらあなかえってきたこぎつねは、

「おかあちゃん、おててがつめたい、おててがちんちんする。」とって、ぬれてぼたんいろになったりょうかあさんぎつねのまえにさしだしました。かあさんぎつねは、そのに、は──っといきをふっかけて、ぬくといかあさんのでやんわりつつんでやりながら、

「もうすぐあたたかくなるよ、ゆきをさわると、すぐあたたかくなるもんだよ。」といましたが、かあいいぼうやのにしもやけができてはかわいそうだから、よるになったら、まちまでって、ぼうやのおててにあうような、いとのてぶくろをってやろうとおもいました。

 くらくらよるがふろしきのようなかげをひろげて、はらもりつつみにやってましたが、ゆきはあまりしろいので、つつんでもつつんでもしろくうかびあがっていました。

 おやのぎんぎつねは、ほらあなからました。どものほうはおかあさんのおなかのしたへはいりこんで、そこからまんまるなをぱちぱちさせながら、あっちやこっちをながらあるいてきました。

 やがて、にぽっつり、あかりが一つえはじめました。それをどものきつねがつけて、

かあちゃん、おほしさまは、あんなひくいところにもちてるのねえ。」とききました。

「あれはおほしさまじゃないのよ。」とって、そのときかあさんぎつねのあしはすくんでしまいました。

「あれはまちなんだよ。」

 そのまちたとき、かあさんぎつねは、あるときまちへおともだちかけてって、とんだめにあったことをおもいだしました。およしなさいっていうのもきかないで、おともだちのきつねが、あるいえのあひるをぬすもうとしたので、おひゃくしょうつかって、さんざいまくられて、いのちからがらげたことでした。

かあちゃん、なにしてんの、はやこうよ。」と、どものきつねがおなかのしたからうのでしたが、かあさんぎつねはどうしてもあしすすまないのでした。そこで、しかたがないので、ぼうやだけを一人ひとりまちまでかせることになりました。

ぼうや、おててをかたほうし。」と、おかあさんぎつねがいました。そのを、かあさんぎつねはしばらくにぎっているあいだに、かわいいにんげんどものにしてしまいました。ぼうやのきつねはそのをひろげたり、にぎったり、つねってみたり、かいでみたりしました。

なんだかへんだな、かあちゃん、これなあに?」とって、ゆきあかりに、またその、にんげんえられてしまったじぶんのをしげしげとつめました。

「それはにんげんよ。いいかいぼうや、まちったらね、たくさんにんげんいえがあるからね、まず、おもてにまるいシャッポのかんばんのかかっているいえさがすんだよ。それがつかったらね、トントンとをたたいて、こんばんはってうんだよ。そうするとね、なかからにんげんが、すこうしをあけるからね、そののすきまから、こっちの、ほら、このにんげんをさしれてね、このにちょうどいいてぶくろちょうだいってうんだよ、わかったね、けっして、こっちのおててをしちゃだめよ。」と、かあさんぎつねはいきかせました。

「どうして?」と、ぼうやのきつねはききかえしました。

にんげんはね、あいがきつねだとわかると、てぶくろをってくれないんだよ、それどころか、つかまえて、おりのなかれちゃうんだよ、にんげんってほんとにこわいものなんだよ。」

「ふーん。」

けっして、こっちのしちゃいけないよ、こっちのほう、ほらにんげんほうをさしだすんだよ。」とって、かあさんのきつねは、ってた二つのはくどうを、にんげんほうへにぎらせてやりました。

 どものきつねは、まちあてに、ゆきあかりのはらをよちよちやってきました。はじめのうちは一つきりだったが、二つになり三つになり、はては十にもふえました。きつねのどもはそれをて、には、ほしおなじように、あかいのや、いろいのや、あおいのがあるんだなとおもいました。やがてまちにはいりましたがとおりのいえいえはもうみんなめてしまって、たかまどからあたたかそうなひかりが、みちゆきうえちているばかりでした。

 けれどおもてかんばんうえには、たいていちいさなでんとうがともっていましたので、きつねのは、それをながら、ぼうさがしてきました。てんしゃかんばんや、めがねのかんばんや、そのほかいろんなかんばんが、あるものは、あたらしいペンキでかかれ、あるものは、ふるかべのようにはげていましたが、まちにはじめてたこぎつねには、それらのものがいったいなんであるかわからないのでした。

 とうとうぼうつかりました。おかあさんがみちみちよくおしえてくれた、くろおおきなシルクハットのぼうかんばんが、あおでんとうらされてかかっていました。

 こぎつねはおしえられたとおり、トントンとをたたきました。

「こんばんは。」

 すると、なかではなにかことことおとがしていましたが、やがて、いっすんほどゴロリとあいて、ひかりおびみちしろゆきうえながくのびました。

 こぎつねはそのひかりがまばゆかったので、めんくらって、まちがったほうを、──おかあさまがしちゃいけないとってよくかせたほうをすきまからさしこんでしまいました。

「このおててにちょうどいいてぶくろください。」

 するとぼうさんは、おやおやとおもいました。きつねのです。きつねのが、てぶくろをくれとうのです。これはきっといにたんだなとおもいました。そこで、

さきにおかねください。」といました。

 こぎつねはすなおに、にぎってはくどうを二つぼうさんにわたしました。ぼうさんはそれをひとしゆびのさきにのっけて、カチわせてると、チンチンとよいおとがしましたので、これはじゃない、ほんとのおかねだとおもいましたので、たなからどもよういとのてぶくろをとりしてきて、こぎつねのたせてやりました。こぎつねは、おれいって、また、もとみちかえりはじめました。

「おかあさんは、にんげんおそろしいものだっておっしゃったが、ちっともおそろしくないや。だってぼくのても、どうもしなかったもの。」とおもいました。けれど、こぎつねは、いったいにんげんなんてどんなものかたいとおもいました。

 あるまどしたとおりかかると、にんげんこえがしていました。なんというやさしい、なんといううつくしい、なんというおっとりしたこえなんでしょう。

   「ねむれ ねむれ

   ははむねに、

   ねむれ ねむれ

   ははに──」

 こぎつねは、そのうたごえは、きっとにんげんのおかあさんのこえにちがいないとおもいました。だって、こぎつねがねむるときにも、やっぱりかあさんぎつねは、あんなやさしいこえでゆすぶってくれるからです。

 するとこんどは、どものこえがしました。

かあちゃん、こんなさむよるは、もりのこぎつねは、さむさむいってないてるでしょうね。」

 するとかあさんのこえが、

もりのこぎつねも、おかあさんぎつねのおうたをきいて、ほらあななかでねむろうとしているでしょうね。さあ、ぼうやもはやくねんねしなさい。もりのこぎつねとぼうやとどっちがはやくねんねするか、きっとぼうやのほうはやくねんねしますよ。」

 それをきくとこぎつねは、きゅうにおかあさんがこいしくなって、おかあさんぎつねのっているほうへとんできました。

 おかあさんぎつねは、しんぱいしながら、ぼうやのきつねのかえってくるのを、いまいまかとふるえながらっていましたので、ぼうやがると、あたたかいむねきしめてきたいほどよろこびました。

 二ひきのきつねは、もりほうかえっていきました。つきたので、きつねのなみがぎんいろひかり、そのあしあとには、コバルトのかげがたまりました。

かあちゃん、にんげんってちっともこわかないや。」

「どうして?」

ぼう、まちがえてほんとうのおててしちゃったの。でもぼうさん、つかまえやしなかったもの。ちゃんとこんないいあたたかいてぶくろくれたもの。」

 とって、てぶくろのはまったりょうをパンパンやってせました。おかあさんぎつねは、

「まあ!」と、あきれましたが、「ほんとうににんげんはいいものかしら。ほんとうににんげんはいいものかしら。」と、つぶやきました。


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