第10話 結び結ばれ、そしてAfter Story

少し歩こっか?と涼香すずかが言って、沙織さおりは頷いた。


街中には夕日が差し込んでいた。無言で歩いていた涼香がふと、ある疑問を口にした。


「私って鈍感なのかな……?」


「今更ですか?」


「えっ、今更って言われるレベルなの?」


「そうですね……」と沙織は言って、言葉を足した。


「涼香さんって、自分への好意には妙に鈍感ですよね」


「マジか……」


「ええ。まあ、わたしとしては、それで色々と助かったのも事実ですけれど……」


涼香は彼女の横顔をチラッと見た。


「沙織って、もしかして嫉妬深い?」


「あら、そんなことないですよ?人並にだけです」


「私、携帯の監視とかされちゃう?」


「する訳ないでしょ!?」


顔を真っ赤にした紗織は、涼香が笑いを堪えていることに気付いた。


「……もしかして、わたし意地悪されてます?」


「いやぁ、沙織ってリアクションが良すぎるよ」


クスクスと楽しそうに笑う涼香に、沙織は呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……わたし、どうしてこの人のこと好きなんでしたっけ」


「え?じゃ―……ん」


「どうしましたか?」


「いや……じゃあ好きなの止める?とか言ってふざけるつもりだったけどさ」


「はい」


「実際言おうとしたら、辛くなっちゃって」


「…………わたしを殺す気ですか、貴女は」


「大丈夫?顔真っ赤よ?」


「尊すぎて、つい」


なにそれ、と涼香はまた楽しそうに笑って、隣の少女の手を握った。


人通りの少ない時間と空間の中で、柔らかい静寂が二人を抱き包んだ。


「ねえ、沙織」


名前を呼んで、目と目を合わせて、伝える。


「ありがとう、好きよ」


橙色の夕日に夜の藍色が交わり、紫の夜空を成していた。


「沙織が私のことが好きって言ってくれた時、すごく嬉しかった。沙織のその気持ちが今も変わってないなら」


そして華やかな笑顔で、少女は言った。


「私と、付き合ってくれる?」


「……わたし、わたし……」


潤んだ目で、紗織が言う。涼香に握られているその手は震えていた。


「わたしで、本当にいいんですか……?」


常に怯えていた昔の女の子の面影が、一瞬だけ目の前の沙織の顔に重なった。


「沙織、いいの」


そしてその時と同じく、泥も汚れも吹っ飛ばしてくれる風のように、涼香の言葉が不安も恐怖も消してくれた。


「沙織のことが、好きよ。だから、答えてくれる?私の告白に」


心の中が嬉しい気持ちでいっぱいになる。愛おしい気持ちは涙になり、頬に滴り、零れ落ちた。


「わたし、涼香さんのことが、大好きです……っ」


「うん」


「ずっと、ずっと大好きでした……!!」


「うん、ありがとう―」


そっと顔を近づかせて、囁いた。


「―私も好きよ」


唇と唇が重なった。


甘く、熱く。


木霊するように、ただただ繰り返される二人の言葉。


―好きです、私も好きよ。


―好き、わたしも好きです。


好きな人と一つに溶け落ちるような感覚。


幻でも嘘でもないその感覚の中で一緒に、二人は恋の囁きを紡いだ。










After Story




白上しらかみは一人で、ゲーセンの中でぼーっとしていた。


(ちょっとだけ時間潰せるなら何でもいいんだけど)


遊びに最適な秋のある日に、約束の時間まで少しだけ時間が浮いてしまった。


ふと、白上の視線がある女の子で止まった。その子が涼香と沙織の高校の制服を着ていたことが理由だった。


でも彼女のやってるゲームは面白そうだったので、どうせ暇だった白上は同じゲームの横の機体の前に立ってみた。


「やったことある?」


画面の上で指を彷徨わせていると、隣のその子が話かけてきた。日本語でいいのか分からない人特有の不安が声に混ざっていた。


「あたし、白上っていうよ。教えてくれるならありがたいな」


「えっと、おう……栗原くりはらだよ」


どうやら栗原もちょっと時間を潰しに来たらしい。そのゲームのやり方を簡単に教えてくれていた栗原が、一瞬ぼーっとしてしまって言葉が途切れた。


「ああ……ごめん、上の空だったでしょ、私」


「別にいいけど。寝不足?」


栗原は何も言わないつもりだったけれど、もう会うことのない子だと思ったら、言葉がポツリと漏れてしまった。


「気があった子に恋人できちゃってよ……今でもたまに寝不足しちゃうんだ」


そして一回言葉にしちゃえば、もう溜めていた言葉は止まらない。


「しかもどっちもウチと同じクラスでさ……もう視線でイチャついてんの、あいつら。空気蕩けてるって」


「大変だね」


白上が相槌を打ってあげると、栗原は苦笑した。


「ホンマ大変や。もういっそ、忘れてしまいたいわい」


「そう。あたしは違うけど」


「え?」


もう会うことのない人、もうかかわることのない関係。それはお互い一緒だった。


「あたしもね、ちょっと前に失恋したの。告白させてもらったし、ちゃんと振ってもらったから、未練はないけど」


「振ってもら……え?どゆこと?」


別に答えなくてもいいから、その質問は無視することにした。


「でも辛かったし、今もたまにすごく辛いよ。それでも、あたしはその子のことを忘れたいとは絶対思わないわ。あたしの大切な、親友だから」


「……親友、かいな」


独り言を呟き、栗原の視線が遠のいた。


「せやな……親友、かい……ウチの」


栗原はまるで喉から関西弁を追い出したいかのように、大きく咳払いをした。


「サンキュ、白上。おかげでなんかすっきりしたよ」


「でしょ?あたし、天才だシ」


「おう、すごいすごい」


スマホの画面を確認して、栗原は言った。


「じゃ、お幸せになりな。私はこれから例のバカップルと用があるんで、失礼するよ」


「いい出会いがあったらいいね、あんたに。あと、あたしも今からその親友に会いに行くんだから」


「えっ、気まずっ」


「酷いわネ。お店出るまでだけでしょ」


一緒にゲーセンから出た二人は歩き出した。だけど、次の分かれ道では別々の道を行くだろう、と何度も思ったのにずっと同じ道だった。


「……あの、ついて来ないでくれる?」


「いや、そっちこそだけど?」


(何なのこいつ?そういやすずちゃんが、沙織ちゃんの友達も来るかもって―)


(もうすぐ着くんだけどどうしよう。あ、今日そういや立花たちばなの友達も―)


「えっ」


「は?」


二人は同時に、同じことに気づいた。しばらくの間、どちらも驚愕すらできずに固まっていた。


次の瞬間、二人は相手のことを本気で睨み合った。


「余計なこと言ったらただじゃ済まないわよ……っ」


「そっちこそ、下手なことゆっちゃジョーダンじゃ済まへんぞ……!!」


出会いは最悪、ガチの喧嘩はこれから何度もすることになる。


だけど、恋に傷ついた二人の、その関係の先に待っているのは―

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私も知らなかった私が好きになってくれた君に伝えます、「ありがとう、好きよ」 冬ノ晴天 @fuyu1317

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