おごらせ女子
おむ●び
おごらせ女子
今日俺は、流行りの出会い系サイトで知り合った【
俺は”30分”も早く、カフェに到着すると『俺はもう26歳、そろそろ彼女をつくらなければならない』と覚悟しながら、いそいそと入店。
そこから”あとから一人の女性が来る”ということを店員に告げて、席に案内された。
如何にもこの店の常連であり、この場に馴染んでいるかのような姿勢でソファに座っておかなくてはならなかった。
そのカフェは駅に隣接して建っている百貨店の中にあるからか、内装がシックな感じで高級そうな雰囲気を漂わせていた。
実際、高級なカフェであることは間違いなく周りの客を見ても、高そうなスーツや腕時計をつけたおじさん二人組が何やら話し込んでいたり、俺の隣の席では美男美女のカップルが慎ましそうな顔で最近のトレンドを話合っていた。
普段は、安い喫茶店で安いコーヒー1杯だけをたのんで何時間も居座っている俺だったが、今回ばかりはそうはいかない。
桃花さんが一杯1500円する高い紅茶を連続で5回も注文しようが、2000円以上もするパンケーキを写真だけ撮って全部残そうが、常に余裕そうにヘラヘラしておかなくてはならないのだ。
「何かご注文はお決まりでしょうか?」
店員さんがその魔法の言葉と共に持ってきてくれた一杯の水で粘ること”約20分”、ようやく彼女が現れてくれた。
「お待たせしてすみません!!」
茶髪のロングで栗鼠のようなあざとさを感じる整った顔。
大人びた切れ長の目。
実にメリハリのある体つきで、スタイルの良さを体現していた。
服装も綺麗めなワンピースを可憐に着こなした彼女は実に美しいと感じた。
「桃花さんですか!?
いやいや!僕が早く来すぎただけですよ! 待ち合わせの時間まであと十分もありますし!
まさかこんなに綺麗な人がくるだなんて夢にも思ってませんでした!!
よく僕が座ってる場所がわかりましたね! 初めまして僕が権兵衛(ごんべえ)です!」
と俺はどぎまぎしながら挨拶をした。
実は出会い系アプリで知り合った時は、彼女の顔写真にはモザイクがはいっていたので、実際に見るのは初めてだったのだ。
「ありがとうございます! ですがびっくりしました。
本当に権兵衛さんというんですね」
と彼女は軽やかに微笑みながら言ってくれた。
俺は自分の名前に、少しコンプレックスがあったのだが彼女はすべてを寛容してくれるような気がした。こうやって何人の男を墜としてきたのだろうか。
そして桃花さんと小話をしつつ、店員さんがやってきた。
俺は適当なものを頼み、彼女は一杯の珈琲とアフタヌーンティーセットを頼んだ。
そして、この時点で俺は、別にもう値段なんかどうでもよくなっていて、仮に今日の会計が10万円を超えても笑顔で帰ることが出来そうな気分だった。
「実はモデルさんとか、芸能人だったりしますか?」
と俺は聞いた。
実際そう思っても仕方ない程の美しさだったからだ。
マッチングアプリを使うほど男に困っているようには到底思えなかった。
「違いますよ~。そうみえましたか?」
「そうですね~~。貴方から発しているオーラというか、なんというかが、一般人のそれではないですからね」
「え~~うれしいです!」
「本当に19歳にはみえないなあ。良い意味でですよ!」
と俺がそういうと、彼女は先ほどまで見せていた、明るい表情から一転して、暗い顔をした。
「実は……年齢サバ読んでて19の大学生じゃなくて、25歳なんです……
そう書いておかないと、誰ともマッチングしないと思って……」
「えっ、サバ読んでたんですか!?」
「気分を害してしまうようなことをしてしまってすみません……」
と彼女は告解室で懺悔する清い人間のような誠実さをあふれ出して言った。
「いやいやいやいや!! 僕は26歳ですし、年齢近くてうれしいなあとか思いましたからね!」
事実だった。
たまたまマッチングしたのが、19歳の桃花さんだっただけで、付き合う上で年齢は近い方が良いことに越したことはないからだ。
「そうですか!? ありがとうございます!! 権兵衛さんは優しいひとですね」
と彼女はそう言ってくれた。
彼女は俺のことを優しい人だと言ってくれているが、俺もなんて優しい人と会話しているのだろうと思い、考えた末に自分の前世の行いが良かったからだろうと結論付けた。
――――だが五分ほど経って、奇妙なことが起きた。
彼女が頼んだアフタヌーンティーセットが運ばれてくると、彼女は会話そっちのけで異常なスピードで食べ始めた。
こう見えて食い意地はすごいのか、人はだれしも何かを抱えているものなんだなと思った。別にネガティブな意味ではなく、それは彼女の魅力を引き立てていた。
ものすごい勢いで食べたからだろうか、彼女は「すみません。お手洗いに行ってきます」と言って、トイレがあるカフェの外に出て行ってしまった。
そして俺は健気にに待ち続けていたとき、遂に”奴”が帰ってきた。
それもドスンドスンと地面を揺らしながら。
黒髪のショートでカニのようなウザさを感じる横綱のような顔。
巨体、巨体ではあるが増量期間を終えて万全になった、風船のような偉大な肉体だ。そして「we are heaven」と書かれたよろよろのTシャツを不気味に着こなした彼女に対して非常に怖いと感じた。
「私が、桃花よ」
その体の中の脂肪で何万回も響きぶつかりあったであろう重低音を聞いて、一瞬、おぉッと感銘を受けそうになった。
満を持して登場した感じがあって、謎の貫禄しかなかったからだ。
「……あぁ~~なるほど、力士の方ですか?
貴方は実は桃乃花親方とかではないですか? そうですよね?
そうであって下さい」
と俺は、自らを桃花と自称する異常者に対してそういった。
恐らく女性力士である彼女はここを稽古場だと勘違いしているのだろう。
「違うわよ。ここが待ち合わせのカフェでしょ?
念のためにあんたの名前おしえて」
と無残にも切り捨てられた。
「……権兵衛です」
俺は息が詰まりそうになるほどの苦しさを受けながらも、自分の名前を喉からひねり出した。
「っはっはア!! ほんとにそんな時代劇みたいな名前しとんのね!!
気に入った!! わたしの男になれ!」
と彼女は、机をバンッとたたいて言った。
余りにも強い衝撃だったので机にヒビがはいったかと錯覚した。
多分、この御方はそう言いながらこれまで自分の弟子を抱えてきたんだろうな。と俺は思わざるを得なかった。そんな偉大な寛容さを持っていたのだ。
『俺の弟子になれ』と『わたしの男になれ』はそう、大した違いがないのかもしれない。
一瞬、脳内で桃乃花部屋の弟子権兵衛、という言葉が過ったのを頭をぶんぶんと振ることで消し飛ばした。
「そうすか……あ……っす」
俺はもう何がなんだかわからなくなって、さっきまで見ていた光景は実は夢だったのではないかと思い始めた。夢現(ゆめうつつ)が分からなくなった俺の脳が行った現実逃避である。
そうか、ここに早く着すぎて待っている間にいつのまにか寝てしまったのかもしれない。
「……何歳ですか?」
俺は親方にそうきいてみた、多分年上だ。
「19! よくきかれるわ」
と親方は自信満々に答えた。
……でしょうね!
「そうですか。いや、まあそうですよねきかれますよね。
そうはみえないですもんね……悪い意味で」
俺は年齢が七つも離れている桃花さんに、決してため口で話すことを考えなかった。稽古場では親方が絶対に上だからだ。
「そこの店員さん!!! グラタン六つ!!」
と親方が空間を裂くような大声で言うと、まさに秒速でグラタンを持った店員がやってきた。
店員さんも、若干気合が入っているように感じた。
親方はちゃんこ鍋のように一瞬で平らげてしまった。
伝票には、『グ×6』とかいうこれまでの人生でみたことのない文字が追加されていた。
なぜ弟子である権兵衛にも分けてやらないのか。
俺は呑気にそう思っていた。
桃乃花親方が好き勝手に色々注文しまくる中、砂漠を彷徨うラクダのような気分になっていた。
「――――ちょっと、ちょっと!」
気づけば、オアシスの向こう側で店員さんが俺を呼んでいた。
その声につられるように自分の足が勝手に歩いていく。
「あなた騙されてますよ!!!」
店員さんが、そういった。いや、言ってくれたのだ。
「あの親方に!?」
と俺の乾ききった視界に潤いを持った水が浸していくように、一筋の希望をみたような気がした!
そうだ俺は騙されていたんだ。
桃花を名乗る親方なんて最初から存在しなかったのだ。
「違いますよ! さっきの綺麗な人です。実は最近あるんですよねえ。
出会い系サイトで知り合った女性をカフェで待っている男性だけを狙った『おごらせ女子』が。ずっとあなたをみていて絶対そうだと思ったんですよ」
「おごらせ女子!?」
真実を知って、地獄に叩き落されたように気分だった。
「かわいそうですが、支払い義務はあなたにあるので代金はきちんと払ってもらいますからね」
「うそでしょーーー」
口ではそう言いながら、今、俺はそこまで嫌な気分ではなくなりかけていた。
一時でも、俺に淡い夢をみせてくれたあの偽桃花さんには実は感謝しなくてはならないからだ。今日の夢は少し値段が高かったがもういいのだ。
桃乃花親方は、今も暴飲暴食を続けてしまっていてもう見るに堪えない。
………お開きにしよう。
そう思った俺は席に戻ろうとした。
その時、隣の席で話していた美男美女カップルの美女の方が急に走り去っていなくなったかと思えば、入れ替わるように違う女性がやってきた。
そして男の人がびっくりしていた。
………。
「あっちもか!!」
おごらせ女子 おむ●び @syamu_syosetsu
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