正しい恵方巻の食べ方
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
正しい恵方巻の食べ方
「よいっしょっと。ああ、重かった」
「お義母さん、すみません。こんなにたくさん
「いいのよ。気にしないで。サッキーさんは仕事もあるから、落ち着いて買い物する時間なんて無いでしょう」
「ええ、まあ……」
「見て。これ全部、土星産の天然モノよ」
「ええ! 土星マーク付き!」
「カリスト衛星の大量栽培工場で作った『カリカリ人参』も美味しいだろうけど、恵方巻はやっぱり天然モノの人参で作らないとねえ」
「あははは。すみません、天然物は高いので、普段の日は、つい『カリカリ人参』に」
「だから、土星から買ってきたんじゃないの。あっちは、ほら、土が違うから。見て、この艶と長さ」
「わあ、ホントですね。葉っぱも沢山ついていて、美味しそう」
「あら、葉っぱに目がいくとは、サッキーさんも隅におけないわね。そうなのよ、土星の人参は葉が違うのよ」
「『土星人参は葉が命!』ですもんね」
「そうそう、だから土星産人参は太陽系でも人気なのよ。でもね、近頃はペガサス座の馬さんたちにも人気で、シャトル宇宙船で来て、爆買いしていくらしいのよ。おかげで私たち
「そうなんですか。それはご苦労をおかけしてしまいました。しかも、わざわざ持ってきていただけるなんて」
「んん。これくらい平気よ。可愛い孫兎たちのためだから。それに、たまには宇宙船にも乗らないと、操縦の仕方を忘れちゃうでしょ」
「母さん、宇宙船はそろそろやめなって。土星から、ここの木星までなら、惑星間シャトルで来ればよかったじゃないか」
「あ、ウッキー、帰ってたの? 今日はタツノオトシゴ商会の仕入れの方とゴルフコンペだったんでしょ」
「うん。でも、急に母さんが来るって聞いたから、途中で抜けてきたよ」
「あら、タツノオトシゴ商会っていったら、大手の卸問屋さんじゃないの。あんたが勤めている会社からすれば、大のお得意先でしょ。そんなの、母さんの事なんか、ほっとけばよかったのに」
「ほっとけないよ。母さんも歳なんだからさ、あんまり子供に心配させるなよな」
「でも、ウッキー、本当に抜けてもよかったの? 私、後で何か送っておきましょうか。冷凍ホワイトシュリンプか生ヨコエビか」
「いいよ。あいつら、やたらとグルメでプライド高いし。今日のゴルフだって、グリーンの上ではどっちがパタークラブが分かったものじゃないのに、口尖らせて文句ばっかり言ってるんだから。抜けられて、せいせいしたよ」
「ところでウッキー、私の可愛いお孫ちゃんたちは、どこなの?」
「ああ、ハルカとウサジは出掛けてるけど、残りは……」
「バグスは野球部の練習でユウナとマイメは習い事に行ってます。もうすぐ帰ってくると思いますよ」
「そうなの。じゃあ、ピーターちゃんとコニマルちゃんは居るのね。一番かわいい子が残ってるわね。これえピーターちゃーん、コニマルちゃーん、お婆ちゃんでちゅよお、どこかなあ」
「ああ、母さん、その部屋は……」
「――! ちょっと、サッキーさんのパパさん、こんな所でなにお昼寝してるんですか! しかも、私の可愛い孫をどちらも横に寝かせて!」
「ん? あ、これはこれは、ウッキーくんのお母さん。いらっしゃい」
「『いらっしゃい』じゃないわよ! ここは私の息子のマンションでしょ! なに自分の家みたいなことを言っているのよ!」
「ちょっと、母さん……」
「あの、お義母さん、今日はみんなで節分をしようと……」
「節分、節分って、豆まきはもう、昨日の夜に済ませたんでしょ! みーんなで! それはそれは、きっと賑やかで楽しかったことでしょうね。私なんかね、昨日は家で一人で人参茶漬けを
「母さん……」
「ウッキーくん、ちょっと確認なんだが、このマンションは君とウチの娘が二人で購入して、ローンを組んで、二人で払っているんだろ?」
「パパ、もう、やめてよ。話しがややこしくなるでしょ」
「いいや、こういう事は、はっきりさせとかんとな! 娘の家に孫の顔を見に来るのに、いちいち気兼ねせんといかんというのは、納得いかんからの」
「気兼ねしているのは、こっちの方ですよ! お宅は地球でしょ? 孫の顔が見たかったら、この木星との中間の火星で会えばいいじゃないの。私の家は土星なんですよ。すぐ隣。それなのに、どうして私は遊びに来たらいけないわけ?」
「いえ、お義母さん、別にそんな事は言って……」
「火星はな、何もかもがマーズいんだよ。食えたもんじゃないからの!」
「お義父さん、今はその話では……」
「ふあぁあ。ん~……おじいちゃん、どうしたの?」
「ふあぁぁ。。。からのぉ、からのぉ」
「あららら、ピーターちゃん、コニマルちゃんも、起こしちゃったわねえ。ほらほら、おばあちゃんでちゅよお。覚えてるかなあ。ばあ」
「そんな甘やかして、どうするつもりじゃ。どっちも男だぞ。いいか、ピーター、コニマル、おじいちゃんの言う事をよーく聞きなさい。男はな、自分の足で跳び、自分の耳で聞かにゃならんのだ」
「は~い……ふぁあぁ」
「にゃらんのら。にひひひ」
「あーあ、地球のおじいちゃんは、むじゅかちい事ばかり言ってますねえ。今度から土星のお婆ちゃんとお昼寝しまちょうねえ。ね、コニマルちゃん」
「なんじゃと! ワシの教育方針にケチをつけるつもりか!」
「パパ、もう興奮しないでよ。そのくらいにして」
「うるさい! おまえは引っ込んどれい! これは地球兎と土星兎の戦いなのじゃ! 輪っかが付いとるからって馬鹿にしよって、この田舎もんが!」
「なんですって! そっちは小さいし変な虫もたくさんいる星じゃない!」
「なんじゃと。もう堪忍ならんぞ! 表に出ろ、この……」
「二人とも! そこまで、そこまでです。母さんも、お義父さんも、孫たちの前ですよ。頼むから落ち着いて」
「今日は節分なのよ。みんなで恵方巻を食べようって集まったんだから、仲良くしてよ、パパ」
「んー……仕方ないのう」
「母さんも、ほら、こっちに座って、とりあえずキャロットティーでも飲んで。年甲斐もなく宇宙船なんて操縦するから神経が高ぶっちゃうんだよ」
「そうやって、あんたはすぐに母親を年寄り扱いして……」
「母さん」
「――分かったわよ。もう……」
「ただいまあ。買ってきたよお」
「ただいまあ。ていうか、かなり並んだんだけどお」
「ハルカとウサジが帰ってきたみたいね。買えたのかしら」
「あら、サッキーさん、何を買いに行かせたの?」
「実はお義母さん、お義母さんがこんなに人参を買ってきてくださるなんて知らなかったので、ハルカとウサジにお惣菜の人参恵方巻を買いに行かせていたんです」
「あら、そうなの? 早く言えばいいのに」
「そんだけ喋れば、ウチのサッキーも言えんじゃろうが」
「パパ」
「母さんが来ると聞いて、慌ててあの子たちが買いに行ったんだよ。おばあちゃんは宇宙船の運転で疲れているだろうから、着いたら食べるだけにしてあげようって」
「まあ……ううう、また涙が……」
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」
「ウサジ、それ、随分長い恵方巻だなあ。ハルカと二人で担いできたのか」
「そうだよ、父さん。今年一番人気の超ロング恵方巻。その名も、『えほおおおおお巻き』。ハルカ姉ちゃんがメンチ切って列に割り込んだから、なんとか買えたけど、普通は買えないんだぜ」
「だぜ、じゃないだろ。ハルカも列の順番は守れ。割り込むな」
「はーい。でもパパ、これで足りるかな。十一分割したら、一本が短くね」
「まあ、コニマルは少しでいいから、足りるだろ。後は、ママの腕に任せよう」
「なんでもかんでも、私に投げるわよね。じゃあ、ほら、ハルカとウサジ、こっちのテーブルの上に運んでちょうだい。切るから」
「ただいまあ、腹減ったあ。あ、おばあちゃん、こんにちは」
「あっらー、バグスちゃん、また大きくなって。少し見ない間に随分と耳も伸びたわねえ」
「おじいちゃん、おばあちゃん、今日ね、僕ね、ジャンプしてボールを捕ったんだよ。この天井くらいまでは跳んだかなあ」
「それはすごいのお。おじいちゃんの若い頃には及ばんがの。おじいちゃんがお前くらいの歳の頃にはな、一階でジャンプして三階のトイレに行っていたものじゃ」
「すっげー」
「話を盛ってるのよ。おばあちゃんも若い頃は陸上部で高跳びの選手だったから……」
「ただいまあ。つかれたあ。お腹空いたあ」
「ただいまあ。おつかー。おつかー」
「あらあ、ユウナちゃんにマイメちゃんじゃないの。覚えてる? 土星のおばあちゃんよお」
「あ、おばあちゃん、こんにちは」
「おばちゃん、こちわ」
「おばちゃんじゃなくて、おばあちゃんよ。はい、こんにちは。あらあ、マイメちゃんはお利巧さんねえ。ちゃんと挨拶できる歳になったのねえ」
「こちわ、こちわ」
「はーい、コニマルちゃんも、よくできました。みんな、おりこうちゃんでちゅねえ」
「母さん、その赤ちゃん言葉は、もういいよ。ウチではあまり使ってないから」
「あら、そうなの。ん? なにバグスちゃん。内緒話し?」
「ヒソヒソ……あのね、パパね、時々ね、ママとね、赤ちゃん言葉で……」
「バグス! 手を洗ってきなさい! ユニフォームも帰ったらすぐに着替えなさいって言ってるでしょ! ママの耳の良さは銀河系一なのよ。ちゃんと聞こえてるんだからね! ユウナとマイメも、お手てを洗ってきなさい! ママの兎蹴りを食らいたい?」
「はーい。うるさいな、もう」
「ユウナ!」
「はーい、ごめんなさーい。洗ってきまーす」
「ありゃってきまぁしゅ」
「サッキー」
「なに、ウッキー」
「いま、お手てって言った」
「――! いいでしょ! ウッキーも手伝ってよ。ハルカも量子スマホばかりいじってないで、少しは手伝いなさい。ジェットホッピングも買ってあげないわよ」
「分かった、やるって。やりますう」
「はい、切ったのをお皿に載せて、運んでちょうだい」
「ウサジ、何してるの、ウサジ!」
「いま、ウサジはお義父さんと将棋してるんだよ。それより、僕は何をしたらいいんだい?」
「じゃあ、ウッキーはテーブルを拭いて、コニマルをベビーチェアに座らせてちょうだい」
「ママあ、手て洗ってきたよ」
「じゃあ、マイメはおばあちゃんの肩を揉んで差し上げなさい。マイメ得意でしょ?」
「うん、わかった。マイメ、とくい。もみもみ、とくい」
「私はあ?」
「ユウナは、コップに高麗人参茶を注いでちょうだい。溢さないようにね」
「なんだか悪いわね。私も何か手伝いましょうか」
「いえ、お義母さんはご休憩なさっていてください。操縦でお疲れでしょうから。それに、もう切り終わりましたし」
「お、じゃあ、このお皿を配ればいいんだな。この一番長いのが……」
「ウサジの分よ。もう一本の長いのがバグス。食べ盛りなんだから。私とハルカは太るから短めのやつ」
「あら、じゃあ、私も短めの物にしてちょうだい。今度、ローカル健康診断があるのよ。血糖値が気になるから」
「ワシも短めのでいいぞ。そんなに腹は減っとらん……ウェイ! 王手! ふふふ、ワシの勝ちじゃ、バグス」
「コニマルはこの小さいのでいいんだろ? サッキー」
「うん。たぶん、少しかじるだけだから」
「ということは、残りのこの中くらいのやつが僕の……あれ? ユウナとマイメのは?」
「え? ハルカ、運んでないの?」
「ええー、運んだし。ここに置いたんですけどお」
「ユウナあ、マイメえ……あ、テーブルの下で! こら、まだ食べるな! 食べ方があるんだから! ちゃんと椅子に座って、溢したのも拾いなさい」
「はい。みんなそろったかしらあ。では、人参恵方巻をいただきましょう。まずはみんな、恵方巻を両手で持ってえ、はい、恵方を向いてえ……」
「サッキー、今年の恵方はどっちだっけ」
「南南東のやや南よ、ウッキー」
「ママ、南南東のやや南って、ほぼ南じゃね?」
「その喋り方はやめなさい、ハルカ。おじいちゃん、おばあちゃんに恥ずかしいでしょ。南南東がこの辺の方角だから、そのやや南は……この方角ね」
「よし。じゃあ、みんな、ママの恵方巻の方角をよく見て、自分の恵方巻の方角をそれに合わせるんだ」
「このくらいかな……」
「ウサジ兄ちゃん、もうちょっと右だよ」
「にゃんにゃんとー にゃんにゃんとー」
「マイメ、もうちっとこっちだね。だよね、ハルカお姉ちゃん」
「そうね、それくらいね。ユウナはもうちょうと角度が上じゃね?」
「こう?」
「うん、そのくらい」
「なかなか、難しいもんですな」
「そうですわね。年寄には難題ね」
「はい。じゃあ、全員目をつむって、今年の願い事を頭に浮かべながら、食べ終わるまで黙って食べます。いいわね」
「絶対合格、絶対合格……」
「ウサジ、声が出てるぞ。パパも辛くなる。黙って食え」
「はい。じゃあ、いくわよ。始め!」
「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」、「……」
みんな黙って必死に、食べながら、祈った。
喧嘩をしていたおじいちゃんとおばあちゃんも祈った。
みんな祈っていた。
みんなが健康でいられますように。
ハルカがちゃんと結婚できますように。
ウサジが合格しますように。
バグスがレギュラーを取れますように。
ユウナとマイメがけんかしませんように。
ハルカお姉ちゃんにかっこいい彼氏ができますように。
ユウナおねえちゃんの歯がちゃんとはえかわりますように。
ユウナおねえちゃんとマイメおねえちゃんのせがのびますように。
なわとびができるようになりますように。
ウッキーのお母さんが健康でいて、うちのサッキーが介護しないで済みますように。
サッキーのパパさんが元気にパチンコに行って勝ってそのお金でみんなを旅行に連れて行ってくれますように。
リビングには、カリカリカリという人参恵方巻をかじる音と家族の幸せを祈る思いが広がっていた。
了
正しい恵方巻の食べ方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa
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