書き出しが良い。
転勤先が異世界なのかと読者を一瞬驚かせ、どういうことなんだろうと続きを読ませてしまう書き方が上手い。
昨今の流行りである異世界転生ものに軽く触れながら、現実世界で体験した一年を描いているところに面白みを感じる。
一つのテーマを軸にしながら変化を多彩に描いているところが素晴らしい。
天川村の中谷さんと一緒に雪かきをして終わるラストが良い。
主人公は人事交流職員として、村に滞在していた。
でも春からも続けて生活していくと覚悟を決めたことで、ようやく天川村人になれたのかもしれない。
だから主人公は最後、小さくほほ笑むことができたのだ。
「素直でいいですねぇ」、思わず口をついてしまいました。奈良県の天川村周辺、知る人ぞ知る秘境地帯を、東京と比較した「異世界」として描いているところに、とんでもないところに来てしまったという主人公の新鮮な驚きが表現されております。
内容の方も実にフレッシュで、天川村での春夏秋冬を描きながら、この村で出会い、すれ違い、体験し、味わい、触り、嗅ぎ、手に取るものの全てに「異世界」を感じ、心から楽しむ主人公の微笑ましさに、ついつい口角が緩んでしまう。
ご当地小説としては正々堂々とした作りながら、この真っ直ぐで伸びやかな印象が更にこの作品を味わい深いものとしております。これを読むと奈良県に行きたくなってしまうこと必定! です。
(「ご当地短編小説」4選/文=佐々木鏡石)