終章

ー藍玉領内遊馬山脈街道



 「お腹空いた~。」

 長閑な田園を歩きながら悠真はお腹を押さえた。分厚いポンチョの下からでも響くお腹の音に足が止まる。

 「さっきお饅頭食べたじゃないですか。」

 呆れる李桜に悠真はむうぅうと拗ねる。淡いピンクのワンピースを着てふわりふわりと裾が広がるのを歩く度に李桜は楽しんでいる。首元に桜を模ったローズクウォーツのネックレスをして、薄く化粧を施している。鼻歌を歌い機嫌の良い李桜と違い悠真は不機嫌だった。

 (・・・皆李桜を見てる〜。)

 行く先々で李桜は老若男女問わずに声をかけられる。元々、話しかけられやすい雰囲気が李桜にはあった。本来の女性の格好の李桜は誰もが羨む美女だという事も拍車をかけていた。

 李桜自身も露天で髪飾りを買ったり、ショールを買ったりと交流を楽しんでいる。李桜はもともと可愛いものが好きだった。なので悠真も止められない。「これ以上可愛くならないで」なんて言ったら嫌われるかもしれないし、李桜に好きなことをして欲しかったのだ。これまでは。

 (・・・うぅー、李桜しか視てなかった。)

 未来の李桜の笑顔は視えても周りの反応は視えなかった、そこが悔しい。

 「お花、どうですかー?綺麗なお花ですよ〰。」

 「焼き立てパンいかがですかー?」

 道の脇で数人の子供たちが生花や手作りのパンを売っているのが見える。

 「パンだー!」

 「あ、悠真!」

 目を輝かせ、一気に子供たちのもとに駆け出した悠真の後を李桜も追いかけた。

 「パンちょうだい!クロワッサンある?」

 「カスタードとかシュガーもあるよ。人気はビーフのやつ。」

 売り子の少年の首からかけた台に乗っているパンを悠真は食いいるように眺める。

 「じゃあクロワッサンとカスタードとシュガーパンを3個、いや5個ずつ!」

 大量にパンを購入する悠真に李桜は呆れていた。目的の町まではまだ暫く距離がある。携帯しにくい買い物は控えて欲しい。嘆息し、悠真を待つ李桜の傍に女の子が花を持ってきた。

 「お姉さん、お花どうですか?」

 花を手に取り少女はニコニコと笑う。その少女は市場で花を売っていたマナだった。 

 「・・・綺麗ですね。」

 ぎこちない笑みを向けた李桜には気付かずにマナは赤毛を揺らし、満面の笑顔になる。

 「綺麗でしょ?マナね、このお花好きなんだよ!前住んでたとこでね、このお花ね軍人さんに全部買ってもらったの!お花の葉でね、痒くなることも教えてもらったよ、だからね、気をつけてるの!みんなにもね、気をつけて言ってるの!」 

 「そう・・・。」

 自身が路地裏から追い出した者たちはここまで流れ着いていたのか。リントエーデル国からは大分距離がある。

 「あー、嫌な奴だったよ!国から追い出したんだ!部下引き連れて数にもの言わせて!最初は良いやつだと思ってたけどさ!」

 ジャックが言う。李桜は黙って聞いていた。

 「兄ちゃんたちも追い出されてきたんだろ?」

 パンを食べる悠真にジャックが聞く。悠真はパンを食べることに必死でジャックの話を聞いていなかった。

 「違うよジャック!あの軍人さんは悪くないよ!早めに逃げたから赤ちゃん無事に生まれたんだよ!」

 マナは一生懸命に弁明している。その姿に李桜は心が苦しくなった。

 「あのね、マナのお家ね赤ちゃんいるの!このパンもね、赤ちゃんのお母さんが焼いたんだよ!マナたちね、早めに逃げたから、かくまってもらえたんだ!住むとこも早く見つけたよ!だからね、他の人より得したんだよ!」

 両手に拳を作りマナは笑顔を向ける。苦しかった心がその笑顔に救われる。

 「マナのやつ、あの軍人かばうんだよなー。あの人が助けてくれたーって。言うとおりになってるって。」

 「そうだよ。」

 パンを食べ続け悠真が言う。ジャックは空耳かとあたりを見渡した。

 「お姉さん?」

 マナの言葉に李桜は泣いていた。涙が止まらないのだ、嬉しさで。良かったと。マナは眉を寄せ心配気に李桜を見上げた。

 「ギュッてしていいですか?」

 「うん。」

 マナは李桜の申し出を受けた。小さな体を抱きしめる。マナも答えるように李桜の背に手を回した

温かなぬくもりに間違っていなかったと感じる。

 「お姉さん、いい匂いがする。」

 「マナちゃんも。甘い匂いがします。」

 マナの笑顔に李桜も釣られて笑った。

 「李桜ー、俺もギュッてハグしてー。」

 「あ、じゃあオレも!姉ちゃん、胸でかいし。」

 はいはいと挙手するジャックに悠真がぎょっとなった。

 「李桜のおっぱいは俺のなんだぞ!」

 「兄ちゃん嫉妬すんな。大人だろ。」

 悠真とジャックが歪み合っている間に李桜の周りには子供たちが集まっていった。みんながハグを求める。子供たち一人一人に答え、抱き締める李桜はまるで女神のようだ。癒やしを与える月の女神。昔、李桜から聞いた『かぐや様』のお話を聞いていた。お姫様のイメージは漠然としていたが、「かぐや様」が居るなら李桜だろうなと悠真は思った。が、とてつもなく面白くない。

 「李桜ー。もう行こー。早くしないと宿探せないー。ミレ達のとこ行けないよー。」

 現実問題に不満を混ぜ悠真が急かす。元々、パンを買いに走ったのは誰だったかと李桜が思わないでもない。

 「もう行くの?じゃあ赤ちゃんにも会ってって?首も座ってるんだよ。しゃべるんだよ。」

 「赤ちゃん、是非っ!」

 一気に花咲くように笑顔を見せた李桜に悠真は肩を落とした。あんなに嬉しそうな李桜をここから連れ出せるわけがない。そんな悠真をジャックが見上げる。

 「惚れた弱みってやつ?」

 諭され、更に図星をつかれたので悠真は黙って頷いた。

 「まぁまぁ。あんなきれーなねぇちゃんが奥さんて羨ましいぜ?」

 「奥さんじゃないよ。」

 一回り以上の歳の離れたジャックの言葉が悠真を凹ませる。結婚はしてないし、恋人の基準が鈍感な悠真にはわからない。先日、『お嫁さんになって』と勇気を出して言ったのだが真剣には受け取ってもらえなかった。そもそもTPOを弁えず、思ったこと直ぐに口にした悠真に問題があるのだが。

 「よくさー、女の人が『愛情表現が大事』とか言うじゃん?そーゆーのちゃんとしてんのかぁ?」

 歳の割にマセているのはジャックの商売相手が大人だからだろう。そこの知識は悠真よりあるのかも知れない。ヴィントにもよく言われていたと思い出す。

 「愛情表現て具体的に何?」

 真面目に返した悠真にジャックはマジかと呆れる。これまで大人から聞かれたことのない質問である。己がすることはあってもだ。

 「好きとか、愛してるとか言葉にすること。」

 「それならしてるよ。」

 ムッとしながら悠真が即答する。ジャックは李桜を見る。子供に囲まれ赤ちゃんを抱き上げている姿は、男との掛け引きを楽しんだり、体で金を巻き上げたりする部類には見えない。

 「じゃー、本当に欲しいものあげるとか?なんか大切にしてるのとか知らねーのかよ?」

 「大切にしてる、もの?」

 腕を組んで考える。これまで一緒に過ごしてきたが李桜が大切にしていたのは形見の手帳と写真だけだった。手帳は弟に渡している。今の李桜が欲しい物はなんだろう?女性の格好もしているし、戦うこともない。

 「う~ん。」

 眉間に皺を寄せ必死に思い出そうとする悠真にジャックは本気で呆れた。

 「好きな女のこともわかんねーなんて兄ちゃん最悪だな。」

 「うっさいなあ、わかるよ!」

 再びバチバチといがみあい、ぷいっとそっぽを向く。

 李桜が好きな物は卵料理だ。甘いものも大好きだし、可愛いものも好きだ。お洒落もしたいし、コサージュ作りもしたいと言っていた。悶々悩み続ける悠真にジャックがため息をつく。

 「兄ちゃんはねぇちゃんにどうしたいんだよ。」

 「傍でずっと護るよ。幸せになってほしい。」

 「いや、もうデキてんじゃん、それは。」

 臆面もなく答えた悠真にジャックは正直面倒くさいと思った。こじれすぎである。

 「幸せねぇ。そーいやおばちゃん、あの赤ちゃんのお母さんなんだけど。今が一番幸せて言ってたよ。赤ちゃんが無事に産まれたこと。赤ちゃんは幸せを運ぶんだってさ。」

 「赤ちゃんが、幸せ?」

 漆黒を丸める悠真にジャックが頷く。

 「俺はそれは違うと思ったんだけどさ。確かに妊娠して喜んでる女沢山いたよ。産まれたらお金になるとか、妊娠中は仕事しなくていいとか。そんなことばっか言ってた。だからさ、聞いたんだよ。『仕事しなくていいし、売れば金になるから幸せなのかって』そしたらビンタされた。叩かれた俺のほうが痛いはずなのに。おばちゃん、歯ぁ食いしばって、震えてんだよ。怒ってんのか苦しいのかわかんねぇ顔してさ。」

 路地の境遇ならそう考えるのは仕方がないと感じる。実際、ジャックの立場にいたら悠真は間違いなく同じこと聞くだろう。無意識に相手を傷付ける。

 「その後はマナ達からも怒られるは殴られるわで。女って束になると恐ぇーんだよなぁ。だからそん時に女には二種類いるんだって思った。」

 「それわかるかも。」

 李桜や母親のように優しく包み込んでくれる女性もいれば、ナタリー王女やエリザ妃のように奪われる恐怖を与える女性もいる。

 「ねぇちゃんはさ、マナやおばちゃんと一緒で赤ちゃんは幸せってタイプだよ。」

 これまでも李桜は多くの子供を救いたいと戦ってきたのだからそれは理解できる。本人たちは気づいてないがジャック達も李桜に助けられているのだ。

 「それに赤ちゃんてさ、女一人でできないんだろ?ねぇちゃんがいくら欲しくても兄ちゃんいないと産まれないんだぜ?」

 「!」

 悠真の中で合点がいく。それは隣にいるジャックも顔をみればわかってしまう程だった。

 赤ちゃんが泣いた。どうやらミルクの時間のようだ。赤ちゃんを子供達に預ける。李桜が乱れた髪を左耳にかける。

 「赤ちゃん、欲しいかなぁ?」

 ぼそっと呟いた言葉にジャックがぎょっとなった。自然と出たであろう言葉にドン引きだ。

 李桜とマナが手を繋いで悠真とジャックに近づく。

 「お兄ちゃんも赤ちゃんみればよかったのに。可愛いんだよ、ね?」

 マナに同意し李桜も笑った。

 「元気な女の子でしたよ。将来美人になりますね。」

 「マナもそう思う!」

 顔を見合わせ笑う二人は幸せを分けてもらったようで笑顔だった。

 「李桜、赤ちゃんほしい?」

 ジャックが右手で顔を覆った。今かよと呟く。

 「え?それはいずれは・・・。」

 急に何を言い出すかと思ったが、普段の悠真は脈絡なく突発的に話題を振るのだから深く考えることは無く李桜は答えた。

 「赤ちゃん、可愛いもんねー。マナもほしいなぁ。お姉ちゃんなら元気な子生まれると思うー。」

 「ありがとう。」

 李桜のお腹を擦りマナが笑う。そんなマナのスカートをジャックがクイッと引っ張った。口元に指を立てている。

 「じゃあ、李桜赤ちゃんつくろう!お客さん帰ってからでいいから!」

 両手を取り真顔の悠真に李桜は一瞬何を言われたかわからなかったが、直ぐに頰を紅潮させていく。

 「あ、あかちゃん・・・。」

 「・・・なんでんな事は知ってんだよ。」

 マナも両手で紅くなった頰を抑えた。ジャックの口からはため息しか出てこない。

 「李桜と赤ちゃん育てた、」

 「バカッ!!」

 今回は平手ではなく、握り込んだ拳を悠真の左頬にぶつけた。腰を捻り勢いがついた李桜の拳を受け、悠真は簡単に吹っ飛んだ。

 「もう、ほんとに信じられないっ!人前で、しかも子供の前で!反省しなさいっ!」

 怒りを抑えきれず李桜が背を向け歩いていく。その後ろをマナが追いかける。怒りの中で思い返したのは幼い日の月光の下での会話だ。


『みんなをしあわせにする力?』

『そうですよ、素敵なことでしょう?李桜が癒やしをくれるからみんなも李桜の事を好きなるんです。』

『すき?』

『ええ、李桜は月のお姫様ですからね』

『おひめさま?ならりおんにもおうじさまきてくれる?』

『素敵な王子様が現れますよ』

『やったぁ!』


 いつか、素敵な王子様が現れるのを密かに信じていたあの頃が懐かしい。

 「悠真のバカッ!ほんっとに何考えてんのか!」

 怒りの収まらない李桜の後を追いながらマナは思わず笑っていた。どんなに悪態を吐いても冗談でも『嫌い』とは言わないのが良いなと思う。


 相変わらず殴られた理由に悠真は気づいていなかった。

 「久しぶりだと痛い・・・。」

 左頬を抑える悠真の前でジャックも屈む。

 「兄ちゃんさ、デリカシーないとか、女心勉強しろとか言われるだろ。」

 「え?なんでわかったの?!お前も視えるの?!」

 驚愕し目を見開く。黒曜石を思わせる瞳は驚きで揺れている。そんな悠真にジャックは呆れた。こんなに会話が噛み合わない大人も世の中には居るもんなのだなと。

 空を見上げれば晴天が広がっている。今夜も月が綺麗にみえそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍月譚ー国滅しの龍と月のお姫様ー @kabuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ