逆さ虹の森 〜六匹のついた嘘〜

ハマハマ

六匹のついた嘘


「はぁ、はぁ、はぁ……リス! ちゃんと着いて来てる!?」


「ふぅ、ひぃ、だ、大丈夫、ふぅ、ひぃ」


 狐とリスは走っていました。

 走りながらも飛んで、かわして、そしてまた全力で走ります。


 あの恐ろしい、襲い来る木の根から逃げ切る為に。






◇◇◇◇◇



 歌上手なコマドリが綺麗な声で歌いました。

「オンボロ〜橋が〜♪ あと三人渡れば落ちるってーさ〜ぁ〜♪」


 怖がりなクマが驚きました。

「ええ!? 僕って一人で三人分くらい重たいんだけど平気かなぁ?」


 お人好しのキツネが慰めます。

「クマ、きっと大丈夫よ。リスだって一人、クマだって一人。命の重さに重いも軽いもないもの」


 暴れん坊のアライグマが声を上げます。

「嘘に決まってんだろ! どうせリスに吹き込まれた嘘っぱちさ!」


 いたずら好きなリスが手を挙げました。

「はい! ボクちゃんが嘘吹き込みました!」


 食いしん坊のヘビが尻尾で目をこすります。

「寒い……。眠い……」



 六匹は姿形も好きな食べ物も違いますが、なぜか気の合う仲間たち。


「ねぇ、リス? あなたここで嘘なんてついて大丈夫なの?」


 キツネ以外の五匹がキョロキョロと辺りを見回します。


「うわぁぁぁ! ここって根っこ広場じゃないかぁ!」


 そう、クマが叫んだ通りここは根っこ広場。

 たくさんの根っこが飛び出したここで嘘をつくと、根っこが捕まえにくると実(まこと)しやかに噂される広場です。


「大丈夫! ボクちゃんが嘘吹き込んだの広場の外だから!」

「じゃぁ〜♪ 私が嘘を〜♪ ついたことになるのかしら〜ぁ〜ん♪」

「大丈夫! コマドリちゃんはだまされてただけだから嘘じゃない!」


 しーん、と静まり返る根っこ広場。


 どうやら根っこはコマドリを捕まえに来ないようです。


「……大丈夫そうかなぁ?」

「捕まえにきたら俺っちがやっつけてやんよ!」

「何言ってるの。全員で逃げるわよ」


 …………


「大丈夫そうね〜ぇ〜♪」


 みんなでホッと息をつきました。


「ホントやめてよねリス」

「そうは言うけどさ、みんなホントに信じてる?」


 リスと眠そうなヘビを除いた四匹が顔を見合わせます。

 代表してキツネが口を開きました。

 たいていの場合、キツネが彼らの代表です。


「それ、どういう意味かしら?」

「どうって、そのままさ。嘘ついたからって根っこが捕まえにくるなんて迷信さ!」


 しーん、と静まり返る根っこ広場に、クマの叫びが響き渡りました。


「ぜっっったいにダメだよ! 嘘ついて試そうとしてるでしょ!」

「大丈夫だって! 絶対に迷信だってば!」


 耳を抑えたリスが反論しました。


「ダメ! ぜっっっったいにダメ! みんなだってそう思うでしょ!?」


「そうね、辞めておいた方が良いと思うわ」

「それが無難ね〜ぇ〜♪」

「寒い……、眠い……」

「いや、俺っちはリスに賛成だ」



「アライグマのバカ!」


 信じられない、という顔のクマが再び叫びました。


「だって考えてもみろよ。この『逆さ虹の森』の噂なんてどれもこれも嘘くさくないか?」

「どういう事?」


「誰か逆さまの虹なんて見たことあるか? ドングリ池にドングリ入れて願いが叶ったことあるか?」

「……でもだからって――」

「大人たちがさ、俺っち達を騙してんだぜ、きっと」



 キツネとコマドリが困った顔をしています。


「クマ、ボクちゃん知ってるよ。ドングリ池にドングリ投げ入れて、『アライグマみたいに気が強くなりますように!』ってお願いしてたよね?」


「……うぅぅ、した」

「叶った?」

「……叶ってない」

「ほら! ドングリ池が迷信なんだから、根っこ広場の噂だって迷信だってば!」





「じゃ、嘘つく人、手を挙げてー」


 イィチ、ニィ、サァン、シィ、ゴォ……ロォク。


 ヘビは理解しているのか怪しいけれど、尻尾を挙げています。


「キツネ〜ぇ〜♪ あなたもつくのね〜ぇ〜♪」

「乗りかかった船だもの。あいつらだけじゃ心配だしね」


 六匹は輪になって、どんな嘘をつくか考えています。

 ヘビはもう半分寝かけですけど、ちゃんと嘘をつけるでしょうか。


「じゃあ、せぇので嘘つくよ、良いね!」

「もし本当に根っこが動いたら逃げるわよ。良いわね」


 キツネの言葉にみんな神妙に頷きました。


「せぇの!」


「ボクちゃんホントは熊なんだ!」

「俺っち実は女だったのよ、ウフ」

「私、産まれてから寝た事ないの!」

「歌なんて〜ぇ〜♪ 大っ嫌い〜ぃ〜♪」

「寒……くない、眠……くない」

「………………」



 しーん、と静まり返る根っこ広場。


 六匹は辺りを見回しますが、地面から飛び出した根っこはピクリともしません。


「……なんともないわね」

「ほら! やっぱり迷信だった!」

「クマ、お前だけ嘘つかなかっただろ」

「ご、ご、ごめ! いざとなったら怖く――」


 その時です。

 ゴゴゴゴゴゴゴと音がしました。

 六匹が辺りを見回しても、どこから音が出ているのか分かりません。


「……ねぇ、これって……ヤバくないかしら?」

「ヤバい、かな? ボクちゃんマズった?」


 顔面蒼白のクマが叫びました。

「ぼ、僕は嘘ついてないよー!」


 クマの叫びに応えたかの様に、六匹の周りの木の根が一斉にゴバァッと音を立て、地面を突き破って地上へ根を伸ばし始めました。


「みんなぁ! 逃げるわよぉ!」


 キツネの大声に反応できたのは、リスとアライグマ、それにコマドリだけでした。


 四匹は広場の周りの木が疎らな方を選んで走りましたが、クマとヘビは広場の中央で立ち竦んだままです。


「寒い……、眠い……」

「ぼぼほ、ぼく、僕はう、う、嘘ついてないよ!」


 木の根は無情にも二人を絡め取り、ズムズムと地面に引き込んでしまいました。


「おぃぃぃ! クマとヘビが! 地面に呑まれた!」

「え!? なんでなんで!? クマ嘘ついてなかったよ!?」



「嘘ならついたわ」

「ついてなかったじゃん!」

「『嘘をつく』っていう嘘と、『嘘をついてない』って嘘をついたもの」


「「「あっ!」」」



 キツネが広場に背を向けて走り出しました。


「みんな逃げるわよ!」

「どど、どうすんのさ!?」

「ここが迷信じゃないんなら、行くところは一つしかないわ」


「「「ドングリ池!」」」



 三匹は走り、コマドリは飛びました。


「リス、ドングリ持ってる?」

 走りながらキツネが聞きました。


「頬袋にあるよ。ちょうど四つ」

 リスも走りながら、頬袋を外から触り確認して答えました。


「良かった。みんなに一つずつ渡してちょうだい」

「分かったよ」


 リスが頬袋からドングリを三つ取り出し、キツネとコマドリとアライグマに一つずつ渡しました。


「みんな解ってるわね? これでドングリ池にお願いするわよ」


 キツネの言葉にみんな頷きました。



 真っ直ぐにドングリ池を目指して走りました。今はちょうど真ん中くらい。

 ドングリ池まではそう遠くありませんが、こんなに速く走り続けた事はみんなありません。


 リスがみんなに提案しました。

「ひぃ、ふぅ、ねぇちょっとだけ休憩しない?」

「はぁ、はぁ、そうね、根もここまでは追い掛けて来ないでしょうし」


 速度を緩める四匹の耳に、ゴゴゴゴゴゴと音が近付いて来ました。


「……ボクちゃん、またマズった?」

「走れー!」


 四匹と同じ速さで根も追い掛けていた様です。


「ここは俺っちに任せて先に行け!」


 近付いて来た根っこを押し留めるかの様に、アライグマがその体を出来るだけ大きく広げて通せんぼ。

 あっという間に根っこに体を絡め取られました。


 クマとヘビの時と同じく、ズムズムと地面に引きずり込まれてしまいました。


「アライグマがぁ!」

「行くわよ! 全員捕まったらお終いだわ!」

「頑張る〜ぅ〜わ〜♪」



 三匹は休憩もせずにドングリ池に急ぎました。


「ひぃ、ふぅ、なんてお願いすれば、ひぃ、ふぅ、良いかなぁ?」

「はぁ、はぁ、『嘘をついた私たちを助けて下さい』かしら? はぁ、はぁ」

「ねぇ〜♪ ごめんなさ〜い♪ もう飛べない〜ぃわ〜♪」


 コマドリがみるみる失速していきます。


「もうちょっと頑張って!」

「少し休憩したら〜ぁ〜♪ 追い掛けるから〜ぁ〜♪」


 羽ばたきを止め、すっと地面に降りたコマドリから視線を外し前を向いた二匹。


「「後は任せて!」」


 疲れた体に鞭を入れ、二匹は走り出しました。



◇◇◇◇◇


「ちょっと追いつかれているわ、はぁ、はぁ」

「ひぃ、ふぅ、ホント? ひぃ、ふぅ」


 後ろの方へ耳を向けるキツネに見習って、後ろへ耳を向けたリス。


 …………ゴゴゴゴ


「聞こえる! ヤバい!」

「もうちょっとだから頑張るわよ!」


 ……ゴゴゴゴゴゴ


「ひぃ、ふぅ、ねえ、これどこから聞こえてる?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


「横から……、と前から……、聞こえてるわね……」


 二匹の横から前から、そこに生えていた木の根が地面を突き破って根を伸ばし始めました。


「押し通るわよ!」


 キツネの大声も虚しく、まずはリスが、そして少し空けてキツネが、根に絡め取られ地面に引きずり込まれてしまいました。








◇◇◇◇◇



 ――ポチョン。


 それはドングリ池にドングリを投げ入れた音。


「嘘をついた五匹の友達を許して下さい〜♪」


 がそう願うと、ドングリ池の澄んだ水が輝き出して、キラキラと光る七色の光が空へ向かって伸び始めました。


「これが逆さ虹なのね〜ぇ〜♪ 綺麗だわ〜ぁ〜♪」


 空へと真っ直ぐに伸びた虹は、少しの間そこへ留まっていましたが、じきに水面から空へと消えていってしまいました。


「見惚れてる場合じゃないわ〜ぁ〜♪ みんなは無事かしら〜ぁ〜♪」



 コマドリが来た道を飛んで戻ると、向こうからキツネとリスがやって来ました。


「あなたがドングリ池にお願いしてくれたのね!」

「あなた達も〜ぉ〜♪ 無事だったのね〜ぇ〜♪」


「ええ、実は地面に引きずり込まれたのって、胸まで埋められただけだったのよ」

「それで目の前の地面に根っこが『嘘ツイタ罰 シバラクソノママデイロ』って書くの。超怖かったよー」



 途中でアライグマとも合流し、根っこ広場に戻ってくると、クマとヘビは地面に胸から下を埋めたままでスヤスヤと眠っていました。



「ところでさ、なんでコマドリちゃんは平気だったの?」

「そうそう、それ私も解らないんだけど」


 リス、キツネ、アライグマが首をひねりました。


「私〜ぃ〜♪ 嘘なんて〜ぇ〜♪ ついてないもの〜ぉ〜♪」


「……コマドリってなんて言ってたっけ?」

「確か……『歌なんて大っ嫌い』って」

「嘘ついてんじゃん」


「私〜ぃ〜♪ 歌なんて大っ嫌いよ〜ぉ〜♪ こうやってしか喋れないだけ〜ぇ〜♪」


「でも、嘘つく人で手挙げてたじゃん」

「私〜にぃ〜♪ 手なんて無いわ〜♪ これは羽よ〜ぉ〜♪」


 三匹はあんぐりと口を開いてしまいました。




◇◇◇◇◇


「あとは『逆さ虹』だけだね」

「そうだな」


「何のこと?」

「迷信かどうかだよ」

「あなた達、見えなかったの?」

「何が?」

「逆さ虹よ。ドングリ池の辺りから真っ直ぐ空に昇っていったじゃない」

「えぇぇ!? 知らないよ!」

「あなた達が埋められた所からは見えなかったのね。凄く綺麗で私、見惚れちゃったわ。コマドリは近くで見たんでしょ?」


 コマドリとキツネが微笑み合いました。


「「逆さ虹〜ぃ〜♪ とおっても綺麗だったわ〜ぁ〜♪」」



 おしまい♪

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