第2話 結婚して一緒に暮らすことに

両親は少女の体を心配した。ヘビに入られたことは内緒にしてほしいと、娘の精密検査をした病院に頼んだ。しかし、妻が夫と娘の捜索願を出す際に親せきの人などに内容の一部を話してしまったことから、身内でとどまらずに、結局、町の中まで広まってしまった。

少女へのイジメはさらにエスカレートして言った。

「ヘビ女が来たぞ、気をつけろ」

「ヘビ女は怖いぞ。話しをすると、魂をぬかれるぞ」

子供たちは前よりも余計に、気味悪がった。

ところが状況は変化した。そうしたイジメる子供たちばかりでもなかった。

「あんたらいい加減にしなよ。洋子さんの悪口ばかりいって。かわいそうだと思わないの」

「そうよ、あんたらに実際に迷惑をかけたわけでもないのに、そんな言い方は山中さん、かわいそうでしょう」

「洋子さんに、謝りなさいよ」

次第に、少女を守ってあげようという子供たちが学校でも急速に増えていった。教師の方では、これまで山中が貧乏で給食費も滞納していたことから問題視してきた。ただこの時期には、給食費を払えない低所得者に限って、町からの特別補助金で賄うことが決まり、洋子も肩身の狭い学校生活を送らなくても済んだ。

『ヘビの婿入り』の話しは皆が興味を持った。いったい少女は婿を入れてどうなってしまうのか、その後どうなるのか大きな関心を集めた。

しかも、あれだけの大事故というのに、父も娘も全く傷もなく無地に帰ってきたという奇跡の現象も、謎めいていた。これまでも、その谷では崖から落ちた人が何人もいたが、半数以上が死んで、たとえ生き残って重傷になるのが普通だった。

ところが、山中の家族にはその事故の後、奇妙なことがたびたび起こるようになっていた。

父親が自分の山にキノコ採りに行ったとき、水の出ている場所を発見した。前は出ていなかった。のどが渇いていたために、その水を手ですくって飲もうとしたら、かなり熱かった。なんと、自分の山から温泉が湧いてきたのだった。すぐに帰って、町役場にその旨を話したところ、調査団がやってきた。話しでは有望な温泉源になるかもしれないという事になり、町が急きょ温泉の採掘を決定した。しかも、大規模な開発の計画まで一気に持ち上がった。

特にこれと言って目立った産業がなかった町は、温泉で町起こしになると沸き立った。もし、源泉の湯量が多いとなれば、温泉街ができるかもしれなかった。もちろんそうなると、山中家に多額なおカネが入る可能性も出てきた。

さらに、ヘビ姫様の神社の噂がテレビでも取り上げられたこともあり、一目見たいという観光客が連日その集落に押し寄せていた。温泉開発も手伝って町は、集落の道を大至急で拡張することを決めた。山中の土地はこれまで使い物にもならなかったただの斜面の小高い土手だったが、町が道路を広げ、山地は道の駅と案内所にすることまで決まっていった。当然おカネが山中にどんどん入ってきた。それまでは、おカネがなくて病気になっても町の病院に行って診察も受けられなかったほどの貧乏な生活だった。風が吹くと隙間風がヒューヒューと吹き抜けるようなアバラ小屋に住んでいた山中の暮らしだった。一日のおかずが、冬は大根一本という日もあった。

それが、そのヘビの大事件の後はがらりと様子が変わってきた。

事故でボロボロになった軽トラックは、その記事を読んだ人が気の毒だと思い、かなり程度のいい中古の軽トラックをプレゼントしてくれた。

信じられないほど、幸運が舞い込んできた。


ところが、大きな問題が発生した。洋子の体に異変が発生した。事件から半年後になって妊娠の兆候が出てきたのである。洋子は15歳になり、ちょうど高校受験の時期に重なっていた。

暮らしぶりは一変していた。貧乏生活から、信じられないような余裕のある暮らしに大転換していた。ところが、少女の妊娠をどうしたらいいのか大きな問題だった。事故当時の直後の検査では妊娠のことは見過ごされたようだった。まさか相手がヘビという事は医学的にも科学的にもあり得ないことだったからだった。

ヘビ事件が起こる3か月前のことだった。

洋子は学校の帰り道で、サギ鳥に食べられる寸前だった一匹の大きなヘビを助けたことがあった。体調が2メートルもあり、白っぽいヘビだった。見ると胴体の所をサギに食い破られていて、ひん死の重傷を負っていた。

洋子はとっさに白いハンカチを取り出して、ヘビの傷口に結んだ。ぐったりしたヘビはまだ生きていた。そこで家に連れ帰って、養殖用の空き箱に入れて介抱をした。友達が誰もいなかった洋子にとって、そのヘビは唯一の友達と言え、また生きがい、心の支えともなっていた。毎日、えさを食べさせ水を飲ませ、ひん死の重傷だったヘビを看病した。父親も娘のかわいがる姿を見て、協力してヘビの面倒を見た。その甲斐あって、ヘビは命が助かり、次第に元気になって行った。

「そろそろ、ヘビを山に帰してあげようか」

「どうしても返してあげないといけないの」洋子はヘビとの別れを悲しんだ。

「このヘビは白ヘビだから神様と一緒だよ。山に帰すのがいいと思う」

「だったら私もこのヘビと一緒に山に行って暮したい」洋子は真顔で言っていた。

親はどうしたらいいのか、いささか困り果てていた。

 両親はヘビを元の山に返すように洋子に言ったが、洋子はそのヘビが好きでたまらなかった。唯一の友人であり、まるで恋人のような特別の感情すらも持ち始めていたのである。そうした中での、ヘビ事件の発生だった。消息不明の3日間に娘に何があったのか全く分からなかった。

洋子のお腹はしだいにおおきくなり始めた。高校への進学はやめて、家で両親の仕事を手伝った。そのころ、山中は小さな食堂を始めた。観光で客が集落に来るようになったこともあって、小さな蕎麦屋を開業した。

突然、店に若い男性がやってきて、

「洋子さんはいらっしゃいますか」

「はい、いますが・・・。今呼んできます」と母親。

「どなたでしょうか」洋子は見知らぬ男性に質問した。

「僕はあなたに助けられた、ヘビの生まれ変わりです。名前は武田と言います。あなたに助けてもらえなかったら、僕はとっくに死んでいました。谷底で傷ついたあなたを見て、今度は僕があなたと父親を助ける番だと思いました。」

「どうしてもどってきたの」洋子は、自分が好きだったヘビだと思った。でも、音信が途絶え心が離れてしまったのかと悲しんでいた。

「山の中で3日間一緒にあなたといて、あなたの気持ちが本物の愛だと知りました。時間はかかりましたが、やっと人間の姿に生まれ変わる事が出来ました。これからずっと、あなたと一緒に人間として暮らしたいと考えてやってきました」と若い男性は短刀直入に話しを切り出した。

「ハイ、わかりました。私は前と気持ちは全く変わっていません。あなたの事が好きです」と洋子は2つ返事で男性の申し出を承諾した。何の迷いも、ためらいもなかった。洋子は素直な気持ちで、一緒に暮らしたい、一緒になりたいと願った。

親は洋子の言葉を大切にした。いじめられて悲しんだ毎日。谷底に車ごと落ちて本来ならば死んでいてもおかしくないところを奇跡的に、無傷で助かり。たとえ生きていたとしても、一家は先行きどうなるかわからないほどの貧乏のどん底にいた。それが今こうして命があり、生活ができ、幸せを感じられるまでになっている。こうしたことが全て、ヘビ事件がきっかけのようにも思えていた。あの事件以来、山中はヘビに毎日感謝していた。

他人からすれば、不可解な点は多いのではないかと思えるが、お互い拾った命のようなところもあってか、こだわっても仕方ないという割り切った考えが、先行したようだった。結局、その武田と名乗る男性は山中の家で暮すことになった。そして店の手伝いをした。

彼のアイデアで「ヘビそば」が出来上がった。ヘビのエキスが入ったそばだったが、物珍しがって一度食べてみようという客が、押し寄せてきた。こうしたヘビ集落で、ヘビ姫様神社まであり、ヘビにまつわる話が多くあった村に来るお客さんだったからこそ。「ヘビそば」が人気になったのかもしれない。いろんな傷が良く治るとか、元気が出るとか、イジメが無くなるなど世間ではもっぱらの噂になっていた。科学的な根拠はなかったが、どうやら伝説に基づき、勝手に人間はそうだと信じたかったのかもしれない。

その後、ほどなく洋子には女の子が生まれた。生まれた直後、泣きもしない、大人しい静かな子だった。背中を見るとうろこのようなものがあるという。そして、べろが細くて長いとも言われていた。

澄んだ瞳、しなやかな身のこなしが特徴で、何よりもヘビ好きという事だった。河原や山の土手などを散歩すると、ヘビが寄ってきたりする。たとえマムシであってもその少女をかむことはなかった。それどころか、どんなヘビともすぐに友達のように仲良くなれたという。今その子も29歳になっている。

その娘は成長し、東京の方面で美術の学校を卒業した後、しばらく都内でOLとして働いていたが、最近はコロナの問題もあって都内を離れて実家のある関東北部のやや大きな町で働きながら、趣味程度の絵をかいて暮らしているという。色の白い、目の大きな物静かな人だと言われている。誰から見ても、かなりの美人だという事が目印のように言われている。













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ヘビを愛した少女の軌跡 @edagawa31sizu

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