ヘビを愛した少女の軌跡

@edagawa31sizu

第1話 ヘビの婿入り

山奥の人寂しい村に、ヘビの集落と呼ばれる地区があった。関東の北部の村で、ふもとの大きな町からだと、スギ林に囲まれた薄暗い山道を2つ山を越えるような辺鄙な場所だったため、車で行こうとしても2時間近くもかかった。

なぜヘビ集落と言われたかと言えば、昔から、いくつものヘビ伝説があったためだ。

戦国時代には敵に追われた兵士たちが、その村に落ち延びて山の中腹あたりに洞窟を掘って住んでいたという。その兵士たちは毎日、ヘビの生き血をのみ、生肉を食べて暮らした。火を燃やすと敵に発見されてしまうため、生肉を食う以外にはなかったようだ。イノシシ、イタチなどの肉も食べたようだが、なかなか大物はつかまえることが難しかったため、簡単に捕まるヘビが大きな食糧源となっていた。その武士たちは穴の中で暮らしてヘビの生肉を食べるうちにいつしかヘビになってしまったとも言われている。

また、他の話しでは、若い娘が大きな白いヘビと恋に落ちて、ヘビと一緒に暮らしていたという話しもあった。生まれた子供は体中がうろこでおおわれ、舌が細くとがっていたという。その集落に入った多くの人が目撃したとも言われていた。

さらに敵に追われて逃げてきたお姫様が、ヘビに守られながら生き延びたという話しもあった。これがのちにヘビ姫様神社の由来となったとも言われている。

そうした話しがふもとの町で広まり、ヘビ集落と地元では密かに言われるようになったものだ。あまり大々的には言えなかった。人種差別のようになってしまうからだ。

そのヘビ集落で、今から30年ほど前に大きな事件が発生した。一部、地元の新聞でも大きく報道されたようだが、子供を乗せた車が操作を誤って、谷底に転落してしまったという事件があった。


車の谷底転落、ここまでなら良くある話だが、実は大変な問題が発覚した。

大事件の始まりはこうである。

集落は、かなり前からヘビの販売が大きな収入源となっていた。山の斜面が厳しく開墾は困難を極め田んぼはほんの少ししかない集落だった。そこで熊、鹿、イノシシ、サルなどを捕獲して皮を売ったり、肉を販売したりする村人が多かった。それだけでは生活はできないため、いつしかヘビを捕まえて繁殖させて、ヘビの販売に力を入れて安定した暮らしを考える人が多くなった。

ヘビはシマヘビを食用と皮製品に加工し、マムシを滋養強壮剤の原料として販売した。とはいっても、そうした生産販売もそこそこの稼ぎにしかならなかったため、集落全体はかなり貧乏な暮らしを強いられていた。

その事件は暑い夏の夜の出来事だった。

村でも一番貧乏と言われた夫婦がいた。名前は山中と言った。このあたりは名前が山中ばかりだった。たぶん一族のつながりがあるのだろう。逃げ伸びた戦国武士の子孫が細々と続いている集落とも見られていた。

その山中家には、14歳になる中学生の娘がいた。毎日、集落の何人かとふもとの街の中学校までスクールバスで2時間かけて通っていた。

少女は学校から帰ってくると、すぐに可愛がっていたヘビに水とえさを与えることが日課だった。

14歳になる少女の名前は洋子と言った。

洋子は生まれた時から体が弱かった。夫婦は心配して体が強くなるようにと、生きたマムシから取った心臓を洋子に飲ませたり、マムシのエキスを飲ませたりしていた。体はそうしたかいもあってか、ほどほどに健康になったが、途中から体がかゆくなり、かゆいかゆいと言っては背中や胸をいつも爪でかきむしったりしていた。そのうちに、白くて柔らかでツルツルの肌がボロボロと皮が剥げ落ち、その下からは、なんと、うろこのようなものが現れた。親は心配し、町の大きな病院で医者に見せようかとも思った。ところが医者にかかるだけのお金がなかった。そのためいかないとならないとは考えながらも、つい我慢を続けてしまっていた。

「気持ち悪いんだよ。お前なんか、学校に来るんじゃない」

「くせえんだよ。生ぐせえよ」

「おまえ、うろこ生えてんだってな」

学校では、イジメにあっていた。ひどい言葉をなんどもかけられて、14歳の洋子は苦しんだ。いっそのこと山にでも入ってもう家には帰らないという事まで考え初めていた。家に帰るやすぐに押し入れにこもり、その中で泣くこともあったという。暗い押し入れで泣き濡れたために、目も頬も腫れてしまいまるで別人のような、あたかもヘビのような顔になったとも言われていた。

その日は暑くて寝苦しい夜だった。

体の調子が悪かったこともあり、14歳の洋子は早めに布団に入った。暑かったので夏用の薄い掛け布団は、剥がれてしまっていた。

山中の家では、ヘビの養殖をしていた。山でヘビを捕まえるのは危険を伴ったうえに、とれたり捕れなかったり収穫量が不安定で生活は一向に良くならなかった。そこで少しでも収入を安定させる狙いから家で繫殖していたわけである。この日山中は育てているヘビに寝る前に、ネズミやカエル、昆虫と言ったえさを与えた。ところがそのあとカギを閉め忘れてしまった。通常であれば、木箱の蓋はある程度の重みがあったために、仮にカギかかかっていなくても、そこからヘビが這い出ることはなかった。山中は、この日は集落の集まりがあって夕方、食事をしたり、お酒を飲んでいた。いつになく楽しい宴会で、少しお酒を飲み過ぎていた。

ヘビを入れていた箱のふたをきちんと閉めるところを忘れて、少しずれてしまっていたようだった。

大事件がこの後起こると知っていたなら、お酒は絶対に呑まなかっただろう。

夜の1時を過ぎたあたりで、14歳の少女は異変に気付いた。

『なんか、下の方がムズムズしだした。なんだろう』少女は夢の中で、異変に気が付いた。

すると、次の瞬間に、激痛が走った。

「ぎゃー、なによーっ。ぎゃーーあー」と狂ったような叫び声をあげた。

暗闇の中で、少女は無意識のうちに何かをつかんだ。ひんやりとしていて妙に長いものだった。

「へびだー、ヘビーっ、ぎゃあー、ヤダよ。やだよー」少女は闇をつんざくような大声を上げ続けていた。そして懸命にヘビをどかそうともがき苦しんでいた。

「ぎゃーっ、いやだよー」

隣の部屋で寝ていた夫婦は何があったのかと驚いて飛び起きた。

「なんだ、なんだ、どうした」父親は暗闇で怒鳴り声を張り上げた。もし泥棒なら、この大声で逃げ出すのではないかと考えたのである。

「ぎゃー、おとう、ぎゃーー、やだあ」少女は同じ言葉を何度も繰り返し叫んでいた。

母親は蛍光灯をつけ、父親は急いで娘の部屋に飛び込んでいった。娘の部屋の中は暗くてよく見えない。父親はのたうちまわる娘をつかまえて、強く抱きしめた。

だが少女は羽交い絞めのかっこうとなってしまいかえって身動きが取れなくなり、このすきにヘビはスルリと手から抜け出てしまった。

母親が電気のライトをつけた時には、かすかにしっぽが見えるかどうかの瞬間だった。両親は驚いた。少女は疲れ果てて、ぐったりとして、体はガタガタと大きく震え、唇は紫色に染まり、目は天井を見つめ焦点を完全に失ってしまっていた。

その光景を見て、父親は

「救急車を呼べ、早く」と母親にどなった。

「でも、あんた、救急車を呼んでも来るまでに2時間以上かかるから、あんたが街の大きな病院に連れて行った方が早いんじゃないの」と妻は言ったという。

「そうか、そうだよな。俺が連れて行った方が早いよな」夫は何かためらっているようでもあった。

「そうよ。早く連れて行ってよ。洋子にもしものことがあったらどうするの」もう妻は、容赦しないといった催促をした。

「わかったよ。したくするから」

「したくなんていいから、早くいってよ」

「わかった、わかったよ」夫は娘を抱きかかえようとした。

山中は娘が思ったよりも重いと感じたという。そこで、背中におぶった。娘は放心状態で、ただ、体をガタガタと震わせて、何も話さなかったという。

急いで軽トラックの車の助手席に乗せて、シートベルトを母親が掛けようとした。

すると、娘が

「お腹が痛いよ、痛い」と苦しんだことから、シートベルトははずしてしまった。

そのまま、

「あんた、早くいきなよ。いそいでよ」と妻は夫をせかせた。

その時には小雨が降っていたが、運転に支障が出るほどの雨ではなかった。

父親は、アクセルをふかして細くて暗い山道をスピードを上げて運転した。大きなカーブは何ともなくスムーズに曲がれた。でも鋭いカーブは車の足が取られるような感じがした。横に少し滑るように思えた。

でも、ゆっくり走ってはいられない。スピードは緩めなかった。

運悪く雨が強まってきた。

そこからがいちばん、深い谷間に差しかかる危険な場所だった。

それでも山中はアクセルを踏み込み走り続けた。

と、急なカーブで横に滑った。車は後輪が道路の外に出たようだ。

その瞬間全体が横転した。谷間に向かって斜めに落ちていった。もう一度横転してまっさかさまに落ちて行った。フロントガラスが大きく割れた。車は谷底の少し手前で大きな木に引っ掛かって止まった。山中は頭を強く打って意識がもうろうとしていた。隣に座っているはずの娘はいなかった。衝撃でどこかに飛ばされてしまったのだろうかと思った。意識が遠のく中で、夕方お酒を飲まなければよかったと山中は悔やんだという。

妻は、夫からの電話連絡をひたすら待っていた。朝も5時半になっていた。あれからもう3時間以上も経っている。とっくに町の大きな病院に着いて治療が始まっているのだろうと思っていた。

しかし夫からの連絡は、朝9時になってもなかった。

『たよりのないのは、良い知らせ』と妻は考えて、いい方に考えて待っていた。

夕方になっても、連絡はないし、帰っても来ない。さすがに心配して隣の家、と言っても2㌔メートル以上離れているが、隣の人に相談してみた。

「一日かかっても帰ってこないなんておかしい。谷に落ちたのかもしれない」大変だという事になって、病院に連絡したが、そんな人は診察に来てもいないという返事だった。町の警察に連絡を取ると、大掛かりな捜索が始まった。でもすぐに、暗くなったために、明日の朝早くから捜索活動を再開するという事で、引き上げることになった。だが、親せきの人などは、警察や消防が引き上げても、夜通し懐中電灯を使って探しまくった。それでも、手がかりは全くなかった。

次の日も手掛かりはなく、次の日の朝になって夫は捜索隊によってやっと救助された。3日後の朝だった。

そして、14歳の少女もその日の午後に川の下流域を歩いているところを発見されて、救助された。

少女は不思議なことに全くケガをしてなかった。ただ、少しのどのところにケガをしていただけだった。其のケガは救助隊が抱こうとして手を出した時に着けた擦り傷で、それ以外は全くの無傷だった。意識もしっかりしていて、救助隊の質問に正確に返答した。

「君は山中洋子さん、14歳だね」

「はい間違いありません。お父さんとお母さんは無事ですか」

「良かった。みんなで探していたんだよ。よかった」

無事に娘は救助された。一方、谷底で木にひっかかて車の中で意識を失っていた父親は、病院に運ばれて精密検査された。車は跡形もないような大破だった。即死であっても全くおかしくないひどい状況だった、。

ところが精密検査をしたが全く異常はでてこなかった。それどころか急に目覚めて、娘が心配で、歩いて病院の中を出口を探して歩き出した。妻が医師の診断結果を聞いて病室に戻る途中歩いている夫を見つけた。

「あんた、もういいの。大丈夫なの」

「おれはどこもなんともないよ。ほら」と言って、両手を振り回して元気ぶりを見せた。

「あんた、よかったね。よかった。洋子もなんともなく元気だった。元気で救助されて、今親戚の家に預かってもらってるよ。奇跡的だって。ケガもなかったんだよ」

「そうか、それは良かった。俺はもうダメかと思ってたんだよ。すごく血が出ていたから」

「誰のこと言ってるの。何言ってるの。あんたもケガが全くなかったのよ。悪いとこなにもないって。奇跡だってさ。今までお医者さんと面談してたら、もう家に帰っても大丈夫といってた」

妻も夫も一緒になって喜んだ。ところが集落のみんなは収まらない。テレビ局も来て、しずかな集落はとんでもなく、ひっくり返したような大騒ぎになっていた。

「娘がヘビに入られたみたいだって聞いたよ」

「何言ってるの、へんなこと言ってるんじゃないよ。スケベが、余計なこと言ってんじゃないよ。知りもしないで。だったらなんで、無傷なのよ」夫婦で言い争う人もいた。

「あんな大きな事故で、無傷なんてことあるかよ。死んだっておかしくないぞ。車がバラバラで大破したっていうのに、娘も旦那も二人とも無傷ってあるかよ。奇跡もいいとこだろうよ。」

「そんな不思議なこと、聞いたことないよ」

「なんか、事故のあったあの日、事故現場近くで白いヘビのかたまり数十匹見かけたという人がいるそうだよ。車で通りかかってみたんであわてて車を止めて、降りてみた時には、もういなかったっていう話しだ。どこかに飛んで言ったみたいだということらしいぞ。戦国武士の生き残りだと思ったそうだ」

「ヘビが空飛ぶわけないだろう。戦国武士が今頃出てくるわけないだろう」

「ヘビ姫神社の鐘が夜中に鳴りだして、あの夜たいまつが行列作っていたということだよ。ヘビの婿入りじゃないかと言ってた。雨降ってるのにそこだけ晴れてたっていうんだ。」

ヘビ姫神社は村のはずれにあって、小高い山の頂上付近にあり、そこまで登るのはかなり大辺だった。特に雨が降った日は、泥だらけで人は登るのは相当厳しい急こう配だった。

「キツネの嫁入りだったんかな」

「何言ってるんだ、キツネの嫁入りは晴れてるのに雨が降るんだよ。雨がどんどん降ってるのにそこだけ晴れてるっていうのは、『ヘビの婿入り』というんだよ」

『ヘビの婿入り』という言葉は、聞きなれない言葉だったが、面白好きな人たちの間を、町の中でぐるぐる廻った。そんな奇々怪々な話までどんどん飛び出し騒ぎはますます大きくなるばかりだった。

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