第202441話

 いい匂いを嗅ぎつけてユカは目を覚ます。もう朝らしい。ナリタが朝ごはんを作り始めてるということは、かなり寝坊してしまったようだ。


「おはよ〜……」


 寝巻きのままリビングに出る。


「お、今日は遅かったな」


「なんでだろうね……」


 寝ぼけた目のままソファに座り、ニュースを見る。


「ここでお詫びと訂正です。先程の一ペンド硬貨がなる木はエイプリルフールの嘘情報でした。誤解を招くような情報をお伝えしたことに深く謝罪致します」


 と、笑いを堪えたアナウンサーが真剣に頭を下げる中、周りからスタッフらしき人々の笑い声が聞こえる。


「あー……今日エイプリルフールか」


「テレビも嘘をつく時代とはね〜」


「いつもそうでしょ」


 皮肉を吐いてユカは公共放送のチャンネルに変える。流石にここはそんな茶番を行っていないようだ。


「そういえば、今日は何も無い感じ?」


「ユカは昼からコタローさんと話があるだろ?」


「え? 聞いてないけど」


「だろうね。嘘だよ」


「あっ……」


 今自分からエイプリルフールと言ったのに釣られてしまった。ナリタがにやけるのを見て赤面し、視線を逸らす。


 ここで躍起になって反撃しても秒でバレる……どころか、そもそもナリタに嘘は通用しない。ついたところで心を視られるだけだ。


 ナリタにされるがままであったユカはなんとなくそれが腹立たしく思えた。どうにかしてナリタに一矢報いることはできないか……そう熟考していると、一つのアイデアが浮かんだ。


「ねえナリタ」


「ん?」


「ナリタは私のこと好き?」


「……なんだよ急に」


 あからさまにナリタが動揺した。


「嫌いなの? 私は好きだけど」


「……は?」


 ユカはソファに寝転がりながら、まっすぐと曇りなきまなこでナリタを見つめる。ナリタは思考がストップしているようにも、呆れすぎて声も出ないと言ったようにも見える。


 もちろん、ユカが言った「好き」とは「友達として好き」であり、決してLoveの好きではなくLikeの好きである。そもそもエイプリルフールを武器に告白に持ち込むような卑怯者ではなく、ただナリタに仕返ししたいただそれだけの理由でこのような嘘……いや嘘では無いが、捉えようによっては嘘となりうる発言をしているのだ(早口)


 ただそれだけのはずなのに……なぜか自分もドキドキしてくる。ユカは胸の内側が熱くなるような不思議な感覚を覚えた。なんだろう……何故かもどかしい。


 当のナリタも何故か頬を赤く染め、どこかもじもじしているように見える。


 火照った顔のままナリタは意を決したのか。ユカに近づいてきた。そのままユカの顔を上から覗き込んで尋ねる。


「それ……本当に嘘?」


「……えっ?」


「僕が視た限りでは、ユカは嘘をついてないように見えるんだけど……」


 ナリタの心音も、ユカの心音もうるさく響いてくる。「ユカは、どうなの?」


 もしかしなくてもまずいことしてしまった? とユカは混乱した。もちろん嘘はついてないが、ナリタは大きな勘違いを起こしている。私はライクの方の好きだが、どうもナリタはラブの方の好きだと認識し、しかもそれが本当のことではないかと私に詰め寄ってきている。しかもこの反応、恐らくそういうことだ。


 もうネタバラシをするタイミングを失ってしまった。逃げるように雑に白状したところでナリタの気持ちを知ってしまった今、これからはどう接しろというのだ、いや、向こうも接しづらくなるだろう。


「……そ、その……」


 それでも、ユカは恐る恐るナリタの目を見て真実を伝えようとした。しかしその表情に、ユカは目を奪われた。


 先程の照れたような表情が消え、真剣にユカの返答を待っている。やや頬は赤いままであるが、瞳は元通りで、今なら全部見透かされてしまいそうだった。


 その表情に心を奪われていたことに気づく。


「……仮にさ」


 ユカが少し紅潮しながら聞く。「私が本当にナリタのことが好きだったらどうするの……?」


「……それは――」










 ※











 「ユカー?」


 白い何も無い空間で仰向けに倒れたユカ。その横でナリタが何度も頬を叩く。


「あ……そんな」


 と、ユカは寝言を呟く。何故だか熱っぽそうだが、それでも目覚めそうには無い。


「ダメか……」


 諦めたナリタは立ち上がり、辺りを見渡す。やはり地平線まで真っ白だ。空間認識能力も距離感も、とりあえず目と脳がバグりそうだ。


 ナリタが起きたときには、もうこの空間に連れ込まれていた。横にはユカが居たが、依然として眠ったままだ。頬を叩いても起きないということは、何かしらの魔術でも施されているのだろう。


 帥二人が察知もできずに相手の術中にハマるとは……


「中々、危険な奴がちょっかい出しに来たな」


 苦笑しながらナリタはある方向を凝視した。「いるんだろ? 本体なのかは知らんけど」


 反応がないと思いきや、突如として声が降ってくる。


「んー? 君は効きが悪いようだな? こんなに早く目を覚ますなんて思わなかった」


 揶揄っているような、楽観的な声だ。「ま、隣の子は眠ってるみたいだし、一応効果アリってことにしておこう」


「その辺りはどうでもいい。お前が僕たちを連れ込んだ張本人なんだろ?」


 声のつぶやきをよそにナリタは率直に問いかけた。「何をした?」


「何って、夢を見せただけだよ。君も覚えてるだろ?」


 どうだっけな、とナリタは思い出す。確か四人で遠方の任務に出て、ハイジャック犯と手に汗握る戦いを……


 待て、こんなに鮮明に思い出せるものなのか?


 姿が見えないので能力の眼カクツケを使えないが、言動と記憶から考えるにこいつは夢を見せて、対象に何かしらの被害を与えると推測する。僕は悪夢じゃないだけ幸いだが、これが悪夢であれば相当なトラウマになりかねない。


「ユカにはどんな夢を見せてやがる?」


「その子にはね、特別な夢を見せてあるよ」


「その内容を答えろよ」


「いいのかい? しょうがないなあ」


 ケタケタと笑いながら声は告げる。「ちょっとした考えのすれ違いで君と一線を超える、そんな夢さ」


「……えぇ」


 それを聞いたナリタは呆れた。どんな悪夢かと思えばそんなくだらない夢か……いや、ユカからしたら男に襲われるなんて、悪夢そのものに違いない。


「その後で強烈なDVを受けて殺されるという……ああ! なんて儚くて残酷で、心に響く夢だろう……」


 ああ、ちゃんと悪夢だった。心の傷が深くなるばかりか、僕への心証まで墜落しかねない。


「で? 何かしら出られる手段はあるんだろう?」


 とカマをかけつつ、内心は多少焦っていた。ここまで一方的に術を行使できる奴がいられると非常に危険だ。五大魔獣でもトップクラスだろうか……そんなことはないと信じたい。


 しばらくして、声が軽く告げる。


「あるよ。一つ目の条件は目覚めること」


 ということは、僕はその条件を満たしている。


「二つ目は、目覚めてからボクの存在に気づくこと。君はあっぱれだね」


 称賛する声が聞こえたかと思うと、数十メートル先に鎌を携えた天使のような生物が現れる。「あとはこいつを倒せば、君は隣の子と共に解放される。ちなみにその子がDVを受け始めるまであと十分程度……頑張ってね」


 無駄な努力と嘲笑うようにして声が言い残し、その気配が薄れた。ということは本体からの干渉は無いと考えていいだろうな。


「あと十分ね……」


 能力の眼カクツケを発動し、そこに現れた天使の実力を測る。飛び抜けて高いわけでは無いが、全体的に安定した強さを持っているようだ。


 ナリタは拳法の構えを取る。


「僕はそんなことしないって、証明してあげる」















 ※

















 いい匂いを嗅ぎつけてユカは目を覚ます。もう朝らしい。ナリタが朝ごはんを作り始めてるということは、かなり寝坊してしまったようだ。


「おはよ〜……」


 寝巻きのままリビングに出る。


「今日は随分寝てたな」


「なんでだろうね……」


 寝ぼけた目のままソファに座り、ニュースを見る。特にいつもと変わらないニュースが流れている。


「なんかいい夢でも見てた?」


 と、ナリタが問いかける。


「夢? いや……思い出せない。ただ爆睡してただけかな」


「……そうか」


 若干の間を置いてナリタが返事をした。


「……ナリタ」


「ん?」


「これ、このニュース!」


 と、切羽詰まった声でユカが言う。思わず振り向いてテレビを見る。


 そこにはなんも変哲もない天気予報と、にやけるユカの姿が見えた。


「何も無いよ。今日はエイプリルフールだからね」


「……はっ」


 ナリタの口元が緩んだ。「これは一発、してやられたな」


「心を読まれないように嘘をつくなら、初動で一気に注目を引くのが手っ取り早いからね」


 やけにテンションの高いユカが無い胸を張った。「ところで、今日の朝食は?」


「唐揚げかな」


「嘘、目玉焼き辺りでしょう」


「なんだ、バレてんのか」


 ナリタは料理をテーブルに運ぶ。ユカは嬉々として椅子に座った。ナリタを騙せたのがよっぽど嬉しかったらしい。


「じゃ、いただきます」


 と、二人は朝食を食べ始めた。


「そうだ、夕飯はユカに頼むよ」


「分かった、何がい……」


 ナリタに聞こうと視線を上げたユカの言葉が止まった。


「……どうした?」


「ナリタ、その手の甲の傷、どうしたの?」


 ナリタの左手の甲に、一筋の切り傷が走っていた。


「ん? これ?」


 しばらくナリタは頭を掻き、真実を話すのをためらっているように見えた。だがしばらくして淡々と話す。


「ちょっとレタスを切るときに、包丁を当てちゃったんだよね」


「なんだ、ナリタでもそんなミスするんだ」


「だから言いたくなかったんだよなあ」


 他愛もない会話を繰り返しながら、二人は食事を続けていた。







※このストーリーは、本編と全く関係無い訳ではありません




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アンダーワールズ・カーズドマジック【読み切り版】 有耶/Uya @Kiwo_Aina4239

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