第21話

 だが、その瞬間信じられない悪寒が襲い掛かってきて、俺はとっさにカーラとヌエを抱きかかえてその場を離れる判断をした。

 なぜこんな行動をとってしまったのか、自分でもわからないほどのこの状況は俺の奥底に眠る本能がとてつもない危機を察知したからとしか言いようがなかった。


 そうして、その場を離れた瞬間、背後ですさまじい熱と炎が吹きあがったのが見て取れた。そして、それは悪魔図鑑の触手を狙い撃ちしたかのようなものであり、その炎を浴びた悪魔図鑑はすぐさま触手を引っ込めた。


「悪魔図鑑っ」


 俺はカーラとヌエを優しく安全な場所に置き、力なく地面に落っこちた悪魔図鑑を抱きかかえると、声が聞こえてきた。


「私は大丈夫です、このような事でどうにかなる代物ではありませんので」

「いや、本に火は効果抜群だろう」

「大丈夫です、それよりもこの悪寒は計り知れません」


 そう、そうだ悪寒だ。俺がなぜかその場から逃亡することをしてしまう程に強力な悪寒、その正体を確かめるべく視線を上にあげると、そこには黒いローブの者達が皆跪いており、その中で一人だけスッと立っている人物がいた。それは血色の悪い肌と黒い長髪をした、気味の悪い女だった。

 その女を見た途端、背筋が凍る感覚を覚え、こいつが悪寒の原因だとすぐに判断した。


「なんだお前は」


 たまらず口にすると、気味の悪い女はぼそぼそとつぶやいた。


「こちらのセリフだ、邪魔者は排除するのみ」


 わけのわからない状況の中、気味の悪い女は右手をスッと差し出すと、そばにいたミーコが苦しみ始めた。そして、俺を見つけると、すぐさま襲い掛かってきた。


「うがぁっ」


 乱暴な唸り声と共に、すさまじい蹴りを放ってくるミーコに俺はただ避ける事しかできなかった。そして、この子があの気味の悪い女によって操られているかもしれないという事実と、この状況をどうすればよいのか画策していると、背後からヌエの声が聞こえてきた。


「カオナッ」

「なんだ、俺は今超忙しいんだぞ」


「あの黒髪の女、あいつが少女を操っているんだ」

「そんなことは、言われなくてもア大体わかるが、この状況をどうしたらいいってんだ」

「それは・・・・・・」


 ヌエも役に立たない状況の中、俺はミーコによる攻撃をよけることで精いっぱいであり、しかもそれでいて、気味の悪い女が魔法を用いて俺に幾度も攻撃を仕掛けてきていた。


「おいヌエ、ここに魔法を使える女がいるんだがどうなってるんだ」

「わ、わからない」


「せめてお前の魔法で対抗してくれ、これじゃ分が悪い」

「それが」


 歯切れの悪い返答に嫌な予感がよぎった。


「そ、それがなんだヌエ」

「実はさっきカオナを蘇生させるときに力を使い果たしちゃったみたいで」


「なぁにぃっ」

「本当にすまぬぅ」


 とことん状況は悪化していく中、徐々にミーコの攻撃も気味の悪い女からの魔法も避けられなくなってきて俺は、もうこの際ミーコを傷つけてでも押さえつけるしかないのかもしれない。そんな愚かな決断をしそうになっていた。

 本当はそんなことしたくはない、絶体絶命のピンチの中、突如として背後から風を感じた。


 すると、目の前のミーコが突然動きを止めた。脱力した様子のミーコはしばらくぼーっと立ち尽くしていると、急に目を覚ましたかのように顔を上げて俺を見つめてきた。

 その様子はどこかすっきりとしたさわやかな様子であり、彼女の目は先ほどまでのどす黒い黒ではなくキラキラと輝いているように見えた。


 つぎつぎと変わる展開の速さに頭が混乱しそうになってはいるが、それでも再びめぐってきたチャンスを何とかしようと持っていると、気味の悪い女はその場で立ち尽くしていた。

 それどころか、その周囲にいる黒ローブの者達も全員立ち尽くし、静まり返っていた。


 何がおこったのかわからない状況の中、目の前のミーコに声を掛けようと思っていると、彼女はその瞬間気を失って俺に倒れ掛かってきた。

 小さな体を受け止めてやると、彼女は俺の胸の中でスースーと寝息の様なものを立てていた。

 そうしていると、このおかしな状況の中で俺ははふとカーラという存在が頭をよぎった。もしやこの状況はカーラによってもたらされたものかもしれない。そう思いカーラを目でとらえると、彼女はつまらなさそうな顔をして俺を見つめていた。


「ねぇカオナ、早く帰ろうよ、図鑑ちゃんもさぁ」

「え、いや、その」

「それに、その女の子もボロボロでかわいそうだし、ここもジメジメしてて居心地悪いよ、早くおうちに帰ろ?」


 一人だけ緊迫感のない発言をした彼女だったが、この場を支配している存在は間違いなく彼女だった。その証拠に黒ローブの奴らも気味の悪い女も、全員何もすることなくその場で立ち尽くしており、俺たちはこのおかしな状況の中、孤児院を抜け出すことにした。

 薄暗い階段を上り、きらめく孤児院を出て外に出ると、あたりはすでに真っ暗になっていた。カーラは外に出るとすかさず深呼吸を始めて、気持ちよさそうにしていた。

 とにもかくにも俺は自宅へと帰ってきていた。


 自宅に戻り、ミーコをソファに寝かせた。そして一人元気な様子のカーラは俺に抱き着きながら満足気に鼻歌を歌っていた。そして、自然と自宅に招くことになっていたヌエもまた、俺と同じく状況尻がうまくいっていないのか呆然とした様子だった。

 何もかもが急展開で何の説明も起承転結もなく過ぎていく出来事に時間という概念が、いや、時間そのものが切り取られたかのような感覚に陥っていた。


 だが、時期にそんなフラフラとした感覚が収まってくると、俺は徐々に自分自身を取り戻していくような感覚を覚え始めた。


「なんだったんだ一体」

「え、何が?」


「何がじゃない、そもそもだなカーラ、お前が行方不明になったのが原因なんだぞ」

「え、だって黒いローブを着た人がおいしいもの上げるからおいでって言うからついてったら、いつの間にか真っ暗になってたんだもん」


「いいかカーラ、知らない人について行ってはいけません、おいしいものなら俺が作ってやる、わかったか」

「うん、わかった」


「そもそも、パンのフルーツもたくさん用意していただろう、お前全部食ったのか?」

「・・・・・・食べちゃった」


 恥ずかしいのかわからないが、カーラは照れた様子でそう言った。しかし、あの量をこどもひとりがたべきったとは末恐ろしい存在だ。

 そんなことを思っていると、ようやくヌエが我に返ったのか、ビクンと体を跳ね上げるとあたりを見渡し、そして俺を見つめてきた。


「おぉ、ヌエ大丈夫か」

「うむ、ようやく現実味が帯びてきたのじゃ」


「そうかそりゃよかったよ、まるで夢の世界にいるような気分だったもんな」

「うむ」
















 
















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首無紳士と悪魔図鑑のハーレ夢想 @momonokaki

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