限りの月、愛おしき
Yura。
限りの月、愛おしき
限りの月。――十二月の異称。一年最後の月。師走。
一年最後の月を“限りの月”と呼ぶのならば、今日は“限りの日”と呼ぶにふさわしい。年末最後の一日である。
きゅん、という高い声に呼びかけられ、紬は足元を見下ろした。雪で覆われた静寂の大地。そこには、別の白があふれている。真白の狐たちが、紬に寄り添うように群れていた。
「どうしたの、椿」
紬は自分を呼んだ狐へと笑みを向けた。
肩までの黒髪を素っ気なく下ろし、吊り目がちの目は氷を映し取ったかのような冷たい色をしている。十五の少女にしては華やかさも明るさもなかったが、狐を見下ろす瞳にはほのかにぬくもりがにじんでいた。
紬を呼んだ狐は、本当にすぐ隣にいた。ふっかりとした雪覆う地面にお行儀よく腰を下ろし、またきゅん、と鳴く。
「よそ見なんてしてないよ」
無邪気な鳴き声に、笑ったまま首をふった。
「ただ
そうして眼下にどこまでも広がる雪の森を見つめる。雪で閉ざされた土地には他に人の気配もなく、ただ、凍てつく空気と静寂が満ちているだけ。
真白き狐たちが住むこの地を、狐森、と言う。彼らの導きを受け、森を守る役割にある者を、狐守、と言う。字こそ違うが、音は同じ。この地にお仕えする為、名を同じにして、地と人とを結ぶ。
狐守にのみ許された装束は、真白の着物に、氷色で複雑な文様が縫いつけられている。首をまもるあたたかな毛皮は、亡くなった狐たちからいただいたものだ。そうした格好に、弓矢を背負っている姿は、異民族の狩人に見えるだろう。
紬はもう一度、凍てつく空を見上げた。
まだまだ、やることはある。これから一年を巡らせる為に、この静寂の土地でやるべきことが、たくさん。
水引を編んで来年を寿ぐ準備をせねばならないし、この限りの月にだけ現れる白銀(しろがね)の鹿を射て、天上に帰さなくてはならない。まだ二頭残っているはずだ。
そんなことを慌ただしく考え始めた紬の耳に、また、きゅん、と抗議の声が上がった。紬ははっと、我に返る。
足元には、まだ椿がいた。またよそ見をしてる、と彼は言う。
「……そうだね」
紬はふっと、表情を緩めた。
焦る必要なんてない。一日は、紬が終わりと告げるまで、終わらない。まだ人として暮らしていた頃の考え方が、残っていたらしい。
「私にはお前たちだけだよ」
冷たい雪に膝をつき――もう、寒いという感覚が随分と馴染んだ――椿の顔を、両手で撫でまわす。椿は満足げに目をきゅっと閉じた。周囲の狐たちが、わらわらとこちらに寄ってくる。
しばらくして、紬は立ち上がった。どうしようもなく愛おしい、この雪と静寂の大地。狐たちのぬくもりに触れた身体は、確かに紬の活力だ。
「お前たちの為に、がんばるよ」
そうしてまた狐森を見下ろした。今度はそちらにも、笑みを浮かべて。
限りの月、愛おしき Yura。 @aoiro-hotaru
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