限りの月、愛おしき

Yura。

限りの月、愛おしき


 限りの月。――十二月の異称。一年最後の月。師走。


 つむぎははーっと白い息を吐き出し、水色がかった灰の空を見上げた。雪の粒が、ふわふわと舞い降りてくる。一年中雪で閉ざされたこのあたりではまだましな方だが、これからもっと降雪が激しくなることは、毎年のことなので分かっている。


 一年最後の月を“限りの月”と呼ぶのならば、今日は“限りの日”と呼ぶにふさわしい。年末最後の一日である。


 狐守こもりを始めて、そろそろ五年が経とうとしている。もうお決まりの豪雪に、慌てふためいたりはしない。


 きゅん、という高い声に呼びかけられ、紬は足元を見下ろした。雪で覆われた静寂の大地。そこには、別の白があふれている。真白の狐たちが、紬に寄り添うように群れていた。


「どうしたの、椿」


 紬は自分を呼んだ狐へと笑みを向けた。


 肩までの黒髪を素っ気なく下ろし、吊り目がちの目は氷を映し取ったかのような冷たい色をしている。十五の少女にしては華やかさも明るさもなかったが、狐を見下ろす瞳にはほのかにぬくもりがにじんでいた。


 紬を呼んだ狐は、本当にすぐ隣にいた。ふっかりとした雪覆う地面にお行儀よく腰を下ろし、またきゅん、と鳴く。


「よそ見なんてしてないよ」


 無邪気な鳴き声に、笑ったまま首をふった。


「ただ狐森こもりのことを考えていただけ」


 そうして眼下にどこまでも広がる雪の森を見つめる。雪で閉ざされた土地には他に人の気配もなく、ただ、凍てつく空気と静寂が満ちているだけ。


 真白き狐たちが住むこの地を、狐森、と言う。彼らの導きを受け、森を守る役割にある者を、狐守、と言う。字こそ違うが、音は同じ。この地にお仕えする為、名を同じにして、地と人とを結ぶ。


 狐守にのみ許された装束は、真白の着物に、氷色で複雑な文様が縫いつけられている。首をまもるあたたかな毛皮は、亡くなった狐たちからいただいたものだ。そうした格好に、弓矢を背負っている姿は、異民族の狩人に見えるだろう。


 紬はもう一度、凍てつく空を見上げた。


 まだまだ、やることはある。これから一年を巡らせる為に、この静寂の土地でやるべきことが、たくさん。


 水引を編んで来年を寿ぐ準備をせねばならないし、この限りの月にだけ現れる白銀(しろがね)の鹿を射て、天上に帰さなくてはならない。まだ二頭残っているはずだ。日乃鷹ひのだかが来る前に狐たちがそれぞれの巣に戻るのを見届けて、夜の帷で狐森を覆わなくては。あぁ、湖の水面が凍てつく音も、瓶に閉じ込めないといけないんだった。後回しにしていたせいで、手元に音があまり残っていない。


 そんなことを慌ただしく考え始めた紬の耳に、また、きゅん、と抗議の声が上がった。紬ははっと、我に返る。


 足元には、まだ椿がいた。またよそ見をしてる、と彼は言う。


「……そうだね」


 紬はふっと、表情を緩めた。


 焦る必要なんてない。一日は、紬が終わりと告げるまで、終わらない。まだ人として暮らしていた頃の考え方が、残っていたらしい。


「私にはお前たちだけだよ」


 冷たい雪に膝をつき――もう、寒いという感覚が随分と馴染んだ――椿の顔を、両手で撫でまわす。椿は満足げに目をきゅっと閉じた。周囲の狐たちが、わらわらとこちらに寄ってくる。


 しばらくして、紬は立ち上がった。どうしようもなく愛おしい、この雪と静寂の大地。狐たちのぬくもりに触れた身体は、確かに紬の活力だ。


「お前たちの為に、がんばるよ」


 そうしてまた狐森を見下ろした。今度はそちらにも、笑みを浮かべて。

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限りの月、愛おしき Yura。 @aoiro-hotaru

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