幕間

「もう一度、呪いを解くチャンスが欲しいって?」


 バカじゃないの、あなた。

 と、痛烈な批判を浴びせるのは妖精チェルト。


 彼女は女王の間の中心で、片膝を折る人間に軽蔑けいべつの視線を投げる。同様に、その人間のとなりに並ぶ同族である妖精ウェンディをも横目でにらんだ。


「千年樹に突き刺さった遺物は引き抜けなかった」


 ほかの妖精達が見守るなか、ひとり場に出たチェルトは話を続けた。


「自らの身をもって、呪いを解くことが叶わないということをあなたは証明したじゃない。これ以上、どうしようと言うのよ――そうですよね、女王様」


 チェルトは振り向いて、ワタクシの顔を見てたずねる。


「…………」

「女王様?」


 ワタクシはじっと、二人を見つめていた。

 場に集った妖精たちの視線も、人間とワタクシの交互にゆれ動いているようであった。

 

 妖精族の長として……いついかなる時も平静な面持ちを崩さずに、生き残った数少ない小さな妖精たちを導く。

 それがワタクシの務めであり、与えられた役割。


 だが、さすがにこの時ばかりは、いつもの穏やかな表情を作ることをワタクシは忘れてしまった。

 眉を悩ましげに寄せて、瞳は大きく、口を半分ばかし開ける――これでもまだマシなほうだ。我が心内の激しい動揺を、いったい誰が知れたであろう。


 額のティアラの宝石が光った。


(……ッ!)


 何度も二人の心を読み取った――何度も。

 そのたびに思い知らされる。人間とウェンディ、この二人の決意の強さを。


(妖精が、人間と――)


 ぎりっ、とひそかに歯を食いしばる。


「女王様……」


 反応を返さないワタクシを心配してか、チェルトが再度小声で呼びかけてくる。

 その声に、ワタクシははっと、ようやく我に返った。


「え、ああ……ごめんなさい」


 そう言って、ワタクシは慌ててこめかみに手を当てた。

 重い息を吐けば、妖精たちの視線はおのずと集まってくる。心配そうな顔で寄り添ってきた何人かの妖精に、ワタクシは変わらぬ微笑を向けた。


「ありがとう、大丈夫です」


 やんわり制して――まぶたを閉じ、静かに呼吸を整える。


「……そうですね」


 次にまぶたを開いた時には、いつもの妖精の女王の姿がそこにあった。

 椅子に鎮座し直してから、ワタクシは改めて人間とウェンディの双方を見すえる。


「たしかに。チェルトの言うことも、もっともでしょう」

「女王様……!」


 誰にでも優しい、いつもの女王の声である。

 女王の言葉に、チェルトはぱっと表情を明るくする。


 そんなわかりやすく、かわいらしい妖精に、ふふっと笑ってから、ワタクシは人間に語りかけた。


「人間の若者よ。あなたが異種族であるワタクシたちの破滅を、まるで自らのことのように憂い、親身に思ってくださることに大変感謝いたします」


 感謝の気持ちを込めるように、深々とおじぎをする。


「あなたが優しく、そして勇敢な人であることはわたくしも十分に伝わりました」


 ですが……と、大きくかぶりを振った。

 頭を上に向け、光がこぼれる枝葉の天上を見やる。悲しげな表情を一同に見せつけた後、そのまま力なく顔を下へうつむかせた。


「やはり、無理なのです」


 顔に影をつくることで、うまく瞳の色を隠しながら、ワタクシは言葉を続ける。


「妖精族にかけられた呪いは、けして――」

『勘違いしないでもらいたい』


 冷やかな声が、女王の言葉を断ち切った。


「!」


 ばっと、ワタクシは驚いて顔を上げた。

 突然の女王の挙動に、周囲の妖精たちもびくりと小さな身体を震わせる。


 多くの妖精たちがきょとんとするなか、ワタクシの視線は人間だけを捉える。いまだ片膝を地面に、その人間の若者はただ毅然とこちらに向かい合っていた。


 思わず、額のティアラを片手で押さえた。その時、再び頭のなかで声が響く。

 人間の声だ。


『俺はなにも行きずりの親切心だけから、あなたたちを悲惨な運命から救いたいわけじゃない。もはやこいつは、単純に俺のプライドの問題だ』

『プライド……?』


 ワタクシも心のなかで返事をする。お互い口を動かさず、瞳だけをぶつけ合った。


『それはいったい……』

『あなたは、俺の記憶をのぞいた』

『!』


 ワタクシはかすかに顔をこわばらせる。アイスブルーの瞳からどっと押し寄せてきた――記憶の波。

 すべてを奪われた者の、失意と苦痛と……絶望が。

 人間はすっと目を細めた。


『いまもこうして……俺の記憶を見ることができるんだろう? 俺の味わった体験から感情までを。……どの程度かはわからないが、あなたはそれを知った上で、俺にその忌まわしい記憶を消せと勧めた』

『え、ええ……』


『記憶を消したほうが楽だと、言った』

『……そうです』


『それが、救いだと』


 無意識に、こくりとうなずいた

 が。


『……見くびるな』


 彼はとても静かな声で言った。

 アイスブルーの瞳の奥に、怒りをたたえながら。


「俺は自分の記憶を消すつもりなんて、最初から考えてませんよ」


 と、ここでようやく人間が口を開いた。

 黙り込むワタクシの頭に、再び彼の声が響く。


『俺は生き延びてしまった。多くの人々の尽力と命が、俺を生かしてくれた。俺は……その人たちのことを忘れるなんて、絶対にしない』


 まっすぐな視線に射貫かれ、ワタクシも瞳の色を変えた。ごく一瞬であったが、はたして人間に気づかれただろうか。

 

 愚かな……。


 誰にも聞こえぬ言葉をつぶやく。それからワタクシは、すっと椅子から立ち上がった。



 * * *



「…………?」


 目を覚ました。

 頭がぼうっとしている。あたりをキョロキョロ見まわすと、そこはいつもの景色――切り株の壇上の椅子から見える女王の間の内部であった。


(誰もいない……)


 壇上にも、足下の野原にも、ヒイラギの垣根の留まり木にも。裁判であんなに詰めかけていた小さな妖精たちの姿が一人も見えない。

 高く昇った太陽から枝葉の天上を通して、木漏れ日がきらきらと光っているだけだ。


(そういえば、人払いをさせたのでしたね……)


 ワタクシは短いため息を吐いた。頭は重いが、徐々に意識がはっきりして色々と思い出してきた。


 妖精裁判は終わった。

 日の高さを見るに、お開きになってからまだ時間はそれほど長く経っていない。おそらく、いまごろチェルトたちが里の外で人間とウェンディを見送りしているところだろう。


 自身は疲労を理由に、妖精をすべて女王の間から締め出した。それから、ひとり椅子の座って軽くウトウトしていたようだ。


(今日はまったく、とんだ日ですね)

 

 夢のなかにまで、先程のやりとりの内容がくり返されるとは。

 これでは気が休まらないと、うーんと両手をあげて肩まわりをのばした。


 両足も投げだし、椅子に沈みこむよう姿勢を崩す。いまさらだが、念のため右見て左見て……周囲に小さな妖精の姿がいないことを確認する。


 額のティアラを外した。

 手元でクルクル回転させてから、長の証である青い宝石を正面からまじまじと見つめる。


「…………」


 あの人間を見ていると、あの人を思い出す。


「カイン……」


 と、誰にも知れられない名をつぶやいて、ワタクシは再びをまぶたを閉じた。

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わんだりんぐ★アドベンチャーズ 〜呪われし妖精の剣〜 シロヅキ カスム @shiroduki_ksm

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