そして旅立ち Ⅳ

「んきぃ、チェルトのやつ!」


 ほんっとに気に入らない子だわ。と、ウェンディはぶつくさ愚痴ぐちをこぼした。


「女王様の前じゃさ、いい子ぶっちゃっているけど。腹の内じゃ、次の妖精の長の候補を狙っているみたいなのよね、あの子。ちゃっかり自分の取り巻きを増やしているみたいだし」


 こうなったら――。

 手足をばたつかせながら、ウェンディはひときわ大きな声で熱く宣言した。


「絶対に呪いを解いてやる! あの子のギャフンとした顔を見れないかぎりは、絶対に妖精の里には帰れないんだから!」

「ああ、わかった、わかったから! 頼むから耳元で騒がないでくれ!」


 小さなお供を肩に乗っけて、さすらいの冒険者は森のなかを進んでいく。

 空は快晴。昨日、薪木を探す時につけておいた目印を頼りに、俺たちはひとまず木こりの小屋を目指すことにした。


「もう少し急げないの? というか、こんな丸太をトロトロ運んでいる場合じゃないわよ」


 肩の上で、ウェンディが後ろを振り返りながら言う。

 ズッズッと、地面を擦る音を立てながら、俺は一本の倒木を引っぱっていた。昨日、切り倒したあの木である。


「たまたま近くの木にロープ代わりになるツルがあって助かったよ。せっかく森の奥まで来たんだ、こいつだけは木こりのおじいさんの元に持って帰ってやらないとな」


 というか、『こんな丸太』って……。

 たしかこの木は、ウェンディにとって大切な思い出の木とか言っていたはずだ。俺が木を切り倒したことによって、二人は出会い、そして戦いへと発展した。


 もう気にしてないのか? 俺が後ろめたさからたずねると、彼女はあっさりうなずいた。


「切り株の表面がきれいだったから、きっとまたそこから新しい枝が延びてくるわ。あそこ、千年樹のある里の近くだからね。このまま呪いの影響さえ受けなければ、マーナの力でぐんぐん成長するわよ」

「…………」


 何十年かかるだろうか。

 そこは長寿の妖精族ゆえ、気長に待てるのかもしれないが。


「というわけで、あんたはとっとと前進あるのみ。このペースだと日が暮れちゃうわ!」

「……人の肩に乗っかって、いいご身分だこと」


 急かしてくる妖精に、俺は呆れまじりのため息を吐いた。


(しかたがないか。長らく閉鎖的な里から一転して、未知への冒険に出かけるんだ。ちょっと興奮気味なのかも)


 それはまた、自分も同じだ。

 疲労もえないままの体で、昨夜から妖精を追いかけて森に入った。

 目まぐるしいほどの出来事を経て、いまに至るというのに不思議と体と気持ちは軽々としている。


(ましてや、あの力を使ったのに……)

 

 異様に精神が高ぶっている証拠だ。後々に響かないよう、木こりのおじいさんの小屋に着いたら、しっかり休ませてもらおう。


「ちょっと、人の話聞いてる?」

「ああ、聞いているよ」

「ウソ、ぼけーっとしてた」


「頼むよ。あのおじいさん、自分の家のまわりで薪になる木がなくって困っているんだ。ウェンディだって、昨日の晩、世話になっただろ?」

「むっ……、そこまで言うならわかったわよ」


 でも、アタシが自由に動けるのには、期限があることだけは忘れないでちょうだい。

 と、ウェンディは釘を刺した。もちろん、と俺はうなずく。


 ――森のなかは、のどかであった。


 秋風がなびけば、常緑の葉がサラサラと音を鳴らす。時折、鳥がさえずり、俺たちが近くを通れば、翼を羽ばたかせて飛び去っていった。

 またウッドウルフの群れに襲われないかと周囲をよく警戒したが……残りの道もあとわずかだ。すっかり気を許した状態で、ゆるやかな歩みを進めていく。


(よそでは、滅びの危機に陥っているというのにな)


 と俺がぼんやり考えていたところで「ねぇ」と、肩にとまるウェンディが話しかけてきた。


「アタシたち、こんな調子でうまくいくのかしら」

「……手がかりがゼロ、ってわけじゃないだろ?」


「女王様が言っていた――ほかの人間ならば剣を抜けるかもしれない、って話ね?」


 妖精の女王は俺たちに条件を話したあと、新たに呪いを解くヒントなるものをくれた。


『もしかすると、呪いをかけた人間の血を引く者であるならば……剣を抜くことができるかもしれません』と。


「最近、呪いの力が強まったのも、その血を引く者が近くに現れたからだー……って言ってたけれど。どうなのかしら、本当に近くにいると思う? そんな人間」

「俺には、とってつけた説明のように聞こえたけど」


 女王もいい加減だよな。と、俺がぼやけば、ウェンディはふわりと肩から飛んだ。むっとした表情で、正面から俺に抗議する。


「女王様の言うことに間違いはないの! やっぱりあんたみたいな野良の人間じゃダメなのよ、それなりに品格のある人間じゃないと剣は抜けないんだわ」

「野良でけっこう。いいんだよ、見せかけの品格なんてなくたって。だって俺は冒険者なんだからな」


 それに。と、俺はやや声のトーンを落としてウェンディに言った。


「俺は、あの剣が呪われているとは思ってない」

「?」


 俺の言葉に、ウェンディは首を傾げた。


「じゃ、なにが呪いの原因だっていうの?」

「それを含めて、探すんだよ」


 七日間で。

 正面のウェンディをよけて、俺は止めていた歩みを再開させた。ツルのロープを引っ張り、丸太を運ぶ俺はそのまま背中ごしに語りかける。


「手がかりはもう一つあるよ。女王は言っていなかったが――刀身の文字だ」

「文字?」

「大樹に突き刺さった剣に刻まれていたんだ。錆でかろうじて読めたが……カイン、と彫られていた」


 カイン?

 ウェンディは再び俺の肩に乗り、顔を見上げてたずねた。


「それって、どういう意味の言葉なの?」

「人間の名前だよ。おそらくは剣の所有者の――」


 言いかけて、俺は顔を上げた。ようやく、木こりの小屋が見えてきたのだ。

 積もる話は後回し。冒険に高揚する気持ちを力に変えて、俺と妖精は先を急いだ。

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