第2話 俺だけを見てほしい

「お前、美菜ちゃんに言っただろ。『バレンタインチョコなんて、買ってきたチョコ溶かして固めるだけだろ、どこが手作りなんだよ』って」

「それは……言ったけど、だからもっとちゃんとしたお菓子が欲しいって意味で……」

「それが悪いんだよ」

 俺は、こたつからごそごそ這い出して、小暮の前にあぐらをかいた。そして、小暮がもらったチョコを指差した。

「たとえ市販のチョコを溶かして固めるにしたって、時間も余裕も必要だ。もちろん、気持ちもな。気持ちを読み取ってくれない彼氏には、買ってきたチョコを溶かして固めて、ラッピングして気持ちを込める手間も余裕もいらない、それこそ駄菓子で十分……美菜ちゃんは、そう言いたいんじゃないのか。だいたい、本物の手作りチョコなんて、カカオ豆から育てて加工するんじゃないかぎり、ありえないと思うぞ」

 ぐっと唇をかみしめる小暮。俺は、ふいと横を向いて時計を見た。

「お、もうすぐ朝か。俺、今日はバイト早番なんだよな~。美菜ちゃんと一緒のシフトなんだよな~」

「な……」

「行けよ。俺、取っちまうぜ、美菜ちゃんを」

「渡さん!美菜!」

 小暮は、チョコを握りしめて立ち上がった。そして、俺の方を向いて警告するようにうなった。

「美菜はおれのものだ」

「はいはい、早くお行きなすって、閣下」

「閣下じゃない!」


 玄関というのもおこがましい「出入り口」の方へ、バタバタと走っていく音、ドアがばたんと閉まる音。

 全てを背中で聞きながら、俺はタバコに火をつけて、煙を吐き出した。

「美菜ちゃん……なんで、あんな野郎を」

 俺は、美菜ちゃんに片思いしている。バイト先に彼女が入ってきてから、三年間、ずっとだ。だが、彼女は俺を見てくれない。美菜ちゃんがそのチョコレート色をした瞳で見つめるのは、小暮だけだ。

「さて、起きますか」

 朝の一服を済ませてから、俺はカーテンを開けた。そして、ひび割れた雲の向こうから沁み出す朝の光の中に、報われない恋の終わりを見ていた。


(了)



【あとがき】

 バレンタインの悲恋ものです。片思いしている相手には、恋人がいる。つらいですが、学生時代の恋はどんなものでも美しいと思っています。うつろう青春、はかない若さが、悲恋には似合います。


猫野みずき 拝

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片恋バレンタイン 猫野みずき @nekono-mizuki

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