バレンタイン当日。真っ赤な頬のその理由は

ツネキチ

ハッピーバレンタイン

 彼のことが好きだ。


 好きで好きでたまらない。その気持ちを伝える勇気がなくて、胸に秘めたままの思いが溢れ出しそうでもどかしい。


 それくらい彼が好きだ。


 高校受験まであと数週間。


 彼とは志望校が同じため、中学生活の間隠し通してきたこの思いを伝えるのは同じ高校に入学してからにしようと思っていた。


 でも、それはやめた。


 もしどちらかが合格できずに離れ離れになったら?


 また今度にしよう。次の機会がある。そんな調子で想いを伝えることを後伸ばしにして、結局彼が私以外の人と付き合ってしまったら?


 そんな最悪の事態にならないよう、勇気を振り絞る。


 そして何より、溢れ出しそうなこの思いがもう限界なのだ。


 決戦は2月14日のバレンタイン。


 正真正銘、中学生のうちに思いを伝えるには最後のチャンスだろう。


 渡すチョコの準備はできた。


 告白のセリフは何度も練習した。


 覚悟もできた。


 そしてバレンタイン当日を迎えた。





「ーーなのにおたふく風邪ってなんなのぉ!!」

「あははは!」


 布団の中で熱と頬の痛みに苦しみながら嘆く私を見て、お見舞いに来た親友のトモちゃんが大声をあげて笑った。


「なんで! なんでよりによって今日なの! 一世一代の勝負の日だって言うのに! ていうかトモちゃんなんで笑うの!? え、何そのスマホ? なんで私の写真なんか撮るの!?」


 トモちゃんは笑いながら私に向かって何度もシャッターを切る。


「だって、ブフッ! これ見てよ、あんたの顔。下膨れで、ほっぺた真っ赤で、顔パンパンの赤ちゃんみたい。あははは!」

「笑わないでよ!」


 トモちゃんの言うとおり、スマホで見せられた写真にはぷっくり腫れ上がった頬が真っ赤になっていて、新生児そのものといった顔が映っていた。

 

 あどけなさのない赤ちゃん顔はとても愉快だ……映っているのが私でなければ。


「ひどいよ! なんでこんな日に限っておたふく風邪なんてかかるの!? 1年で一番大切な日にピンポイントで!」

「……普通は、間近に迫った受験当日じゃなくてよかったって思うところだけど」

「そんなのどうだっていいよ!」

「おい受験生」

「こちとら将来がかかっているんだい!」

「将来に影響するのは間違いなく受験だと思うけど」


 この辺りは意見の相違である。


「まあ、最悪今日無理やり渡しに行ったら? 彼おたふくかかった事あるって言ってたから多分移んないでしょ。あんま褒められたことじゃないけどさ」

「……だめだよ。おたふくって2度目はかからないって言われてるけど絶対じゃないんだから。というかトモちゃんも一応気をつけてよ」

「はいはい」

「それに、こんな顔で告白したくないし」

「あー。今のあんた、ブフッ。アンパンマンみたいだもんね」

「さっきからなんで笑うの!?」


 それでも私の親友か?


「じゃあおたふく治ってから渡したら?」

「それもだめ。私が作ったチョコってチョコケーキだからあんま日持ちしないんだ。本当は今日のうちに食べてもらうのがベストだったんだから」


 だからこそ、今の私の状況はこの上ない不幸としか言いようがない。


「へー、よくそんなの作ったね。じゃあ食べちゃおうか、そのケーキ」

「へ?」


 トモちゃんの言葉に呆気に取られる。


「だって、日持ちしないんでしょ? だったら今日食べるしかないでしょ」

「い、いやそうだけど。彼のために作ったチョコなのに……」

「渡せないって自分で言ってたじゃん。ただ腐らせるよりも、未練を断ち切るために私たちで食べちゃおうよ」

「うー、わかったよう」


 トモちゃんの言ってることはどこまでも正論であるため、渋々であるが頷く。


「やりぃ! あんたの作ったチョコケーキ食べてみたかったんだよね。取ってくるよ、どこにある?」

「冷蔵庫の中。箱に入ってるからすぐにわかると思う」


 場所を教えるやいなや、トモちゃんはすぐさま私の部屋を飛び出した。


 私の家には昔から何度も来ているため冷蔵庫の場所は知っているはず。案の定すぐにチョコケーキを持って戻ってきた。


 しかし不思議なことに、トモちゃんの表情は怪訝な様子を浮かべていた。


「……ねえ、これしかなかったから一応持ってきたけど、これじゃないよね?」

「え? 何言ってるの? それだよ」


 トモちゃんが持っているピンク色のカラフルな箱に入っているのは、正真正銘私が作ったチョコケーキだ。


「何この馬鹿でかいケーキ!? ホールじゃん! チョコケーキが1ホールまるまる入ってんだけどこれ!」

 

 私の自信作。


 チョコを練り込んだスポンジ生地にチョコクリームを塗り、さまざまなフルーツで彩った渾身のバレンタインチョコだ。


「嘘でしょ? これをそのまま渡すつもりだったの?」

「そうだよ。えへへ、すごいでしょ。頑張ったんだよ」

「すごいけど違う! バレンタインのチョコでこれは重たすぎる!」

 

 トモちゃんがなぜか頭を抱えている。


「あっぶねー。あんた今日おたふくかかってよかったわ。こんな誕生日ケーキか、ってサイズのもの渡してたら彼もドン引きだわ」

「そ、そうかな? 色々難しくてやめたけど、私本当は3段くらいのケーキ作ろうとしてたんだけど」

「ウェディングケーキじゃん。それ」


 恐れ慄いた表情のトモちゃんは、箱を開けて中のケーキを取り出してよく観察する。


「見た目も完璧なんだけど? 店売りと遜色ない出来じゃん」

「あ、ありがとう?」

「でも違うんだよー。バレンタインでもらう手作りのチョコって、店売りとは違うチープさがいいんだよ。女の子が頑張って手作りしましたってわかる不器用な見た目がさ、男心をくすぐるんだよ」

「……男の子にチョコなんて渡したことないくせに」

「うっさい」


 そう言ってトモちゃんは部屋から出てまたすぐに戻ってきた。どうやら切り分け用の包丁と、皿とフォークを持ってきたようだ。


「あんたも食べる? 食欲は?」

「……ある」


 正直に言えばあまりないのだが、結局渡せなかったこのチョコケーキの弔いだと思って食べることにした。


「じゃあ切りまーす」


 トモちゃんが包丁をケーキに近づける。


「あ、ああ! せっかく作った私のケーキ!」

「……切りづらいんだけど。黙っててくれる?」

「だ、だって! せっかく作ったのに彼にお披露目できないままだと思うとーー」

「えいっ」

「ああー!!」


 哀れ。私の渾身のケーキはトモちゃんの手によって綺麗に8等分にされた。


「ひどい! 頑張って作ったのに!」

「こうでもしないと食べられないでしょ。なに、どんなに綺麗でも最後は全部胃袋の中だ」


 そんなことを言いながら皿にとりわけたケーキを口に運ぶ。


「うん。見た目通り味も完璧だわ。嫌味か貴様!!」

「なにが!?」

「こういうのは普通か、ちょっと不味いくらいが愛嬌だろうがい!」

「めちゃくちゃ言わないでよ!」


 まさか美味しいという理由で文句を言われる日が来るとは思わなかった。


「あー美味い。うん美味い。もう一個もらうわ」

「うう。彼のためのケーキ……彼だけに食べて欲しかったのに」

「……このサイズの日持ちしないケーキを彼だけに食べて欲しいって、嫌がらせ通り越して拷問じゃない?」


 私も一口食べる。

 

 うん美味しい。我ながら見事な出来栄えだ。チョコレートの甘さとフルーツの酸味のバランスがちょうどいい。


 私は1切れ、トモちゃんは結局3切れも食べたが、それ以上は流石に食べれないと箱に戻した。後は私の家族にでも食べてもらおう。


「ふー美味かった。で、どうすんの?」

「なにが?」

「告白。チョコは渡せなくても告白はできるでしょ」

「……正直。今日のバレンタインが中学でのラストチャンスだと思ってたんだ。受験ももうすぐだから邪魔になるかも」


 はっきり言って、今の大事な時期に告白されても迷惑だったかもしれない。それをバレンタインという免罪符で無理やり決行しようとしたのだ。今日を逃した以上、中学生である間に彼に告白することはもうできないだろう。


「だから私決めたんだ。高校受験頑張って絶対合格して、彼と一緒の高校で告白するって」

「……そっか」


 私の決意が伝わったのか、トモちゃんは優しく微笑んだ。


「じゃあ高校入学初日に告白するってこと?」

「へ?」


 トモちゃんの予想外の言葉に気の抜けた声が出てしまう。


「だってそうでしょ? 高校入ったら告白するって言ったんだから、初日に告白しても問題ないじゃん」

「む、無理無理無理。高校始まってすぐに告白する人なんていないよ! 環境が変わったばっかなんだから少し慎重になるって!」

「じゃあ、5月?」

「ま、まだ早いかな?」

「なら6月? 7月? いつならいいのよ?」

「え、えーと」


 考える。高校に入ってからいつがベストの告白タイミングなのか。


「ら、来年のバレンタイン……かな?」

「お前ふざけんなよ」


 超辛辣な言葉で切って捨てられた。


「結局ヘタレてんじゃん!! さっき覚悟はできた云々の話は大嘘だったの!?」

「う、嘘じゃないよ!」


 本当だ。今日こそ彼に告白するつもりだったのだ。


「で、でもさ。一旦決まった覚悟決まったのに直前でおじゃんになったら、もう一回覚悟するのが難しいっていうか、できれば充電期間が欲しいなーって思ったりして……」

「充電期間まる一年ってどういうことだ!!」


 怒髪天。

 

 煮え切らない私の態度にトモちゃんがキレた。


「あんた高校行ったら絶対告白しろよな! もううんざりなんだから! あんたの告白するしないとか、アホみたいな計画立てて結局実行しないとか! 振り回されるのもいい加減しんどいんだからな!」

「ご、ごめんなさい」

「来年のバレンタインに告白なんてヘタれたこと言ってると……これ」


 そう言ってトモちゃんは私にスマホの画面を見せてくる。


 そこには、さっき撮った頬が真っ赤に腫れ上がってる間抜けな私の顔が写っていた。


「このおたふく顔、彼に見せるから」

「絶対やめてよ!!」


 なんて恐ろしいことを言い出すんだ!!


「それが嫌なら意地でも告白しろ。それもできる限り早く」

「わ、わかったよぅ」


 親友に脅されるなんて思いもしなかった。




「が、頑張って告白します…………次のクリスマスぐらいに」

「もっと早よ告白しろ」



 

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バレンタイン当日。真っ赤な頬のその理由は ツネキチ @tsunekiti

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