4話 再会

 夜間は移動し、陽が入らないところで日中を過ごすこと3日。


 その3日目の夜、意識の浮上と暖かさを感じ、眠気はありながらもティティは目を覚ました。

 次第に鮮明になる意識、ティティは正面から誰かに抱きしめられていることに気が付いた。

 驚いてその誰かを突き放せば、月明りに照らされたのはリオネルだった。


「え、リオ?」

「驚かせてしまってすみません。すでにお休みになられていたので。ですが寒そうだったので何も言わず抱きしめさせていただきました」


 突き放されたリオネルは申し訳なさそうに言った。

 彼のティティに対しての態度は3日前と何も変わっていなかった。


 ただ、変わっていることもあった。

 寝ずにティティを探したようで、身だしなみが整っておらず服装が少し乱れていたり、ヒゲも伸ばしっぱなしだった。さらには目元に濃い隈ができていた。


「見つけられて良かったです。迷ってしまったんですよね? 迎えに上がるのが遅くなってしまって申し訳ありません」


 リオネルはティティの前に跪き、嬉しそうに彼女を見つめた後、申し訳なさそうに謝罪をした。


「喉は渇いていませんか? 手伝えることはありますか? 何でも言ってください」


 跪いたまま、指示を待つようにティティをじっと見る。ティティもまた、リオネルの顔を見つめ返した。

 敵意は感じられず、好意や不安、そして焦燥が見て取れた。


 不安と焦燥に関しては、ティティが黙っているとさらに強くなった。


「あと4時間もすれば夜明けです。2時間ほど前の空模様や気温から推測するに少なくとも夜の間、雨は降らないと考えられます」


 それを誤魔化すように、リオネルは1人であれこれと話している。


「リオネル」


 ティティが呼び掛けるとリオネルはビクッと小さく体を震わせた。


「……申し訳ありません。何かしてしまったのであれば謝ります。もうしません、直します。何でもします」


 リオネルは捨てられるかもしれないと恐怖を感じて必死に訴えた。


「だからお願いです。捨てないでくださいっ……」


 悲痛な表情を浮かべ声を震わせながらリオネルは懇願する。


「家族にしてくださると言ってくれたではありませんか。凄く嬉しかったです。私は、ティーと家族になりたいです」


 押し黙るティティを涙で潤んだ目で見つめながら返答を待った。


「不安にさせてごめんね」


 ティティはそう言ってリオネルを優しく抱きしめた。


「僕が間違ってた。冒険者よりも貴族に雇われる方がリオにとって幸せなことだと思ったんだ。でも、その場合は一緒にいることはできないから姿を消した」


 抱きしめながら背中を摩ると、リオネルもティティを抱きしめ返した。


「私の幸せはティーと共にあります。あなたに捨てられたかもしれないと感じたこの3日間、気が狂いそうでした」


 誇張でも何でもなく、本心からの言葉だった。


 自分の命でさえも捨てたリオネル。そんな彼に与えられた大切なもの。

 それが魅了によって作られた偽りのものであったとしても、彼にとってそれが唯一すがれるものであり絶対に失うことができないものとなった。

 故に、彼はいっそ異常とも言えるほどティティに執着した。

 本当は、少しでもティティから離れることが嫌だった。


「ごめん。リオがこんなに苦しむなんて思わなかったんだ」


 しかし、そんなリオネルの心境をティティが知る術はない。


 魅了が解けたことによる副作用で復讐心による執着であれば考慮していた。姿を消したのもそのためだ。

 態度が変わらないリオネルを見て、本当に魅了は解けているのだろうかという疑問も残っていた。

 まずはそれを確かめることにした。


「リオ、血をもらっていい?」

「もちろんです。私の全てはティーのものです。……だからもし私が要らないのであれば、捨てたりせずに食い尽くしてください。あなたの血肉になれるのであれば本望ですから」


 返答に困ったティティは何も答えずにリオネルの首筋に噛みついた。溢れる血を啜れば良質な魔力を多量に含んでいることが分かる。その魔力は純粋にリオネルのもので、魅了するために注いだティティの魔力は一切残っていなかった。


 つまり、ティティがかけた魅了はすでに解けている。リオネルは正気だ。

 だが、それはそれで疑問が残る。魅了が解けているなら、なぜ彼の態度は変わらないのか。

 何か企んでいることがあるかもしれない。


「リオ」


 吸血を止め牙を抜くとティティは彼を見つめた。

 彼は返事をして嬉しそうに微笑み、ティティを見つめ返した。


「大好きだよ」


 ティティは笑顔を浮かべて彼の額に口付けた。

 不安なことはあったとしても、ティティは彼のことを信じることにした。


 リオネルは目を丸くした直後、そのまま涙を流し始めた。

 突然に涙を流し始めたリオネルにティティも驚いた。


「っ、私もです。愛しています」


 そんなティティを強く抱きしめ、リオネルは自身の想いを伝えた。


 ティティがどういう意味で好きだと言ったのか、リオネルには分からない。愛情ではなく友情かもしれない。

 けれど、リオネルは彼女のことを愛していた。だから伝えずにはいられなかった。


 その後、2人はしばらく抱き合っていた。

 だが、ティティの言葉に安心したことで緊張が解けたこともあり、リオネルは強烈な眠気に襲われた。


「眠いなら無理せずに休んで。僕は居なくなったりしないから」


 リオネルの体から力が抜け、呼吸がゆっくりになっている。そのことに気が付いたティティは優しく彼の背中を撫でた。

 その直後、リオネルは寝落ちてしまった。




「大丈夫?」


 柔らかいベッドの上、温かい布団の中でリオネルは目を覚ました。目の前には心配そうな顔をしたティティが居て、手を握ってくれていた。

 リオネルの頬は濡れており、夢を見て泣いてしまっていたようだった。


「ティーが私を置いて居なくなって、必死に探している時の夢を見た」

「何とかっていう貴族から雇用したいって言われた時のこと?」

「そう。あの時は本当にどうにかなりそうだった」


 見つけられたから良かったものの、もし見つからなかったら気が狂っていただろう。


「あの時は魅了してたこともあって、こんなに想われてたなんて知らなかったから」

「地獄のような状況から救い出してくれて、自分ですら大切にできなかった私のことを大切にしてくれた。そんなティーを想わないでいられるはずがない」


 リオネルは優しくティティの手を引いて腕の中に閉じ込めた。


「ティー」

「うん」


 甘く名を呼ばれ、熱のこもった目で見つめられたティティは頷き目を閉じた。

 目を閉じたリオネルがティティの唇に口付けを落とした。


「愛してる、ティー」

「僕も愛してるよ、リオ」


 まだ起きるには早い時間だ。

 2人は心地良い微睡まどろみに身をゆだね、再び眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

上司に無能と言われた死にたがり社畜魔術師、底辺吸血鬼に拾われる 赤月 朔夜 @tukiyogarasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ