立ち読み幽霊女子と、書店員の僕
秋雨千尋
立ち読みは許せる? 許せない?
本屋のバイトを初めて一ヶ月。
毎週金曜日にやってくる存在に悩まされている。
「いらっしゃいま──」
夜九時を過ぎると、誰もいないのに自動ドアが勝手に開く。赤い足跡がヒタヒタと床に浮かび上がり、右側手前に配置された「女性向けコーナー」に向かっていく。
「またか……」
白いシャツに赤いベスト、紺色のプリーツスカートを着た髪の長い女性が、少年愛を描いた小説を手に取り、体を小刻みに震わせながら髪の毛をタコみたいに動かしている。
「普通に営業妨害なんだよな……」
幽霊が居る間は異様に気温が下がるから、エアコンを効かせすぎだとクレームがつく。女性向けコーナーに他の客が近寄らなくなる。
いちばん酷いのは、幽霊のテンションが最高潮になると地震が起きて本が床に落ちてしまう事だ。
金曜日シフトを代わってもらう事も考えたけど、やめた。霊感が強くて事情が分かる僕が担当した方が平和だと思うから。
右側手前の棚が「異世界転生コーナー」に変貌した。女性向け作品の売上が激減したから入れ替えになったらしい。返品待ちのBL本がダンボールに詰められている。
夜九時。
いつものように誰もいないのに自動ドアが勝手に開き、赤い足跡がヒタヒタと床に浮かび上がる。いつもの場所に行った彼女がうめいている。絶望が地震を起こす。
「こちらです!」
声をかけて、手のひらサイズの棚を見せる。
バイト代で買い揃えたBL本たちだ。
全部は無理だから、彼女の好みである騎士×王子モノを厳選して陳列してある。
レジ奥に棚を置くと、立ち読みが始まった。いつもみたいに体を小刻みに震わせながら、髪の毛をタコみたいに動かしていく。
バイト代は少なくなるし、業務中に上着が必須になるけど、幽霊だって好きな本を読む権利があってもいいんじゃないかと思う。BLは図書館に置いてくれないんだから。
仕事中、チラッと横を見る。
幸せそうな横顔が可愛く見えた。
立ち読み幽霊女子と、書店員の僕 秋雨千尋 @akisamechihiro
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