第22話

「邪眼使いに不死者。随分運よく面白いカードが揃ったものだ。やはり、日頃の行いってのは、大事だな」

 俺は誰もいない事務所の椅子に腰掛けながら、呟いた。

「神様に感謝感謝……」

 言いながら、随分前に冷めたコーヒーを啜る。

「この世で最も神の存在を信じていない人間が言うとなかなかシュールなギャグに聞こえるわね」

 突然、艶っぽい女性の声が部屋に響く。

 この声には、聞き覚えがある。

「部屋はノックしてから入るものだと学院で教わらなかったのか?フレイア」

 一本だけ灯していた魔除けのキャンドルの炎が一瞬だけ大きく燃え上がった。

 そしてそれは、すぐに人の形になる。

「あなたは教わったのかしら? ジャナンハイム?」

 赤い炎は毛先から消えて艶やかな茶色の髪になる。

 体中から水が乾くように火が消えると、赤いタイトスカートに白シャツ姿の女性が現れた。

 顔は驚くほどの美人で、その大きく鋭い瞳は、彼女の攻撃的な性格を体現しているように見えた。

「今の俺は『柊千亮』だよ」

「あら、それを言うなら、私だって『赤峰稲穂』よ」

「鼻が少しばかり低くなったんじゃないか?」

「これが日本人の限界よ。これでも『人避け』の魔法をしてないと、ナンパされまくって大変なのよ?」

 そう言って、胸を強調するように寄せてみせる。

「そんな格好してるからだろ?」

「あら? かつての恋人に欲情しちゃった?」

「俺と君がいつ恋人だった?」

「えっと……第二次魔法戦争の前だから、今から……」

「思い出さなくていい。そんなこともあったな。それで、何の用だ?最近極色に良く会うな」

 ワザとらしく面倒くさそうな口調で言う。

 フレイアが、その妖艶が瞳をじっと俺に向けた。

「魔法協会が動いていることは知っているわよね?」

「ああ。歴史と掟だけを重んじる、魔法もろくすっぽしらない連中が何をしようとしてるか知らんがね」

「協会は最後の極色である私達を疎んでいるわ。しかし、魔法で争っても私達には勝てない。ならばどうするのか?」

 彼女の目に挑戦的な色が宿る。

 なるほど、そういうことか。

 この一連の事件には、他の誰でもない『魔法協会』が最初から関わっているということか。

「『欠落者』だな?」

「ご名答。すでに協会は、秘密裏に欠落者たちを捕獲し、洗脳をしているらしいわ」

「そいつは酷い」

「心の籠もっていない感想をありがとう」

「欠落者の能力の大半は、大したことがないけれど、中には私達の魔法でも防げない能力をもつ個体もいるみたい」

「なるほど、俺たちを過去の遺物にしたいんだな」

「まぁ、実際過去の遺物なんだから仕方ないけどね」

「グローレインあたりが聞いたら、怒りそうだな」

「彼は年寄り扱いが大嫌いですものね」

 俺はそれに肩をすくめるだけで答えた。

「私達は、魔術を極める為に魔法使いをやっている……別に世界の覇権にも協会のあり方にも興味はない」

「まぁ、それはそうだな。俺は魔術を極めることにも興味はないが」

「でも、向こうは私達が嫌いみたい」

「そうみたいだな」

「ならどうするの?」

 ふんっ、と俺は大げさに鼻で笑う。

「ケンカを売られたら、買うまでだ。昔から、俺はそうしてきた」

「久々に、思い切り魔法を使ってみたくない?ババーンって」

「これだから『発火狂(パイロマニア)』は……だが、たまにはいいかもな」

「早ければ数年以内に、遅くても十年の間には、必ず協会は仕掛けてくる。魔法使いではなく、欠落者の集団を組織してね」

「魔法協会ならぬ、欠落者協会だな」

「本当に、今の協会は俗物が多くて困るわ」

「魔術の真髄を忘れた者達、か」

 

「あら、もうこんな時間。それじゃあ、私は行くわね。これでも忙しい身なのよ?」

 彼女はそう言うと、再びキャンドルの炎に吸い込まれるように消えていった。

 赤の極色、マリア・フレイア。

 魔法使いとしては中流階級の家から赤の最高峰まで上り詰めた才女。

 これで少なくとも、青の極色、アレオス・コペンハーゲンと合わせて三人の極色がこの町に集まっている。

 もしかすると、すでに他の極色、もしくは上位の魔法使いがこの地には集まっているのかもしれない。

「よかったなぁ、聡介君、巴月ちゃん……君たちは暫く職には困りそうにないぞ?」

 魔法を忘れた人類。

 それは、願いを忘れるということだ。

 願いなき人間に力はない。

 しかし、願いのない人間が欠落者となり『力』を手にするのなら。

「俺たちがその『力』を願いの力で薙ぎ払ってやろう!俺たちは願う者だ!望む者だ!何かに焦がれ、願い、望み、それを叶えようと手を伸ばす者だ!」

 俺は高らかに宣言する。

「いいか?魔法協会! いいか? 欠落者ども! お前たちが相手にしようとしているのは、『願い』を極限にまで突き詰めた者たちだ! 」

 人の願いは、尊く、強い。

 だから、魔法には限界などないのだと、俺を拾った魔女は言っていた。

 俺は遠い日を思い出していた。

 それは、俺がまだ、ただの人間だった頃。

 アウルストリートのゴミと呼ばれていた、無力な七歳のガキだった頃を。

「嫌な思い出ってのは、いつまでも覚えているものだな」

 もう何百年も前のことなのに、あの日の町の匂いや、喧騒までもが鮮明に蘇るようだ。

「なぁ……ヴィヴィアン……」

「俺はまだ、あんたのように『起源』を見ることは出来そうもないよ」

 俺の目に映っているのは昔も今も同じ。

 ズレて歪んだこの世界だ。

 全ての魔法使いにおける共通の到達点などに興味は無い。

 ただ、俺は……。

 俺は知りたいだけだ。

 あの日、数百年を生きる魔女のあんたが、何故『満足だ』と口にして死んだのか。

 あんたは何に納得して逝ったのか。

 それが、知りたい。

 そして、そんな『納得』が俺にも訪れるのか。

 いや、違うな。

 俺は見てみたいのだ。

 神やら仏やら、そういった世界を運命単位で操っている悪趣味な奴の顔を。

 魔導を極める先には、神秘を突き詰めた先には、そのいけ好かないやつがいると俺は思っている。

 そうしたら、俺は一発殴って憂さを晴らす。

 それだけだ。

 俺もまた、魔法使いなどなるはるか前から『ズレた』人間の一人なのだから――。



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欠落者怪奇譚『DEVIANT』 灰汁須玉響 健午 @venevene

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