第21話
目が覚めると、病院のベッドの上だった。
左腕はギプスと包帯でグルグル巻きにされていて、上手く動かない。
もう少し力を入れると、鋭痛が走った。
それだけじゃない。
体中が痛い。
私が、ぼうっと室内を見渡していると、小さくノックが聞こえ、すぐにドアが開いた。
「巴月、起きたんだね」
聡介だ。
「……聡介……」
聡介が、ベッド脇の椅子に座る。
「聡介!」
私は、思わず抱きついた。
腕には激痛が走り、体は軋んだけど、私はそうせざるを得なかった。
「どうやって?どうして生きてるの?」
しがみ付きながら、私は尋ねる。
「巴月……僕は君に黙っていた事がある」
聡介はゆっくりと私を引き離しながらそう言った。
僅かに視線を落とし、何かに悩むように唾を飲み込む。
「僕は、実は欠落者なんだ」
じっくりと、噛み締めるような言葉だった。
「え?」
私は思わず小首を傾げて聞き返した。
「君と同じ、欠落者なんだよ。欠落は『死』。そして、異能はそのまま『不死』」
聡介の言葉が、えらく緩慢に耳から頭の中に入ってくる。
聡介が、『欠落者』?
「そんな……どうして、言ってくれなかったの?」
「君を……『こっち側』に繋ぎ止めて起きたかったから。僕が欠落者だと知れば、君は何の迷いもなく、境界線を越えて、『欠落者』として生きる事を選ぶと、そう思ってね」
「……随分、自信があるのね」
「違うよ。その逆さ。僕が欠落者だから。たかがそんな理由で、君は道を踏み外してしまう」
聡介は目を細め、私の目を見詰めながら言った。
「それくらい、君は危ういんだ。『存在』そのものを失っている君には、繋ぎ止めるものが必要だった。それは君が、いつか普通の人間に戻る為にも、絶対に必要なものだったんだ。だから、僕は欠落者であることを隠していた。実際、死んでも生き返る以外は、何の能力もないしね」
良く考えれば、思い当たる節がないでもない。
『綺麗な自殺死体』を作っていたあの少女に拉致され、頭を殴られていた時。
真宮寺正次と戦った時の失血量。
どの時も彼は、ヘラヘラ笑って『運が良かった』とやり過ごしていた。
「流石に、今回はネタばらしをする他ないと思ってね。バラバラ死体が生き返ったら、言い訳は出来ない」
そうか。
彼は、いつだって私を守ろうとしてくれていたのだ。
「……辛い想いをさせたね」
「……本当よ」
「ごめん」
「本当に辛かった」
私は声を絞り出すように言った。
「貴方の死体を見て、とても辛かった。悲しいということを、あれほど鮮烈に感じたことはなかったわ」
気がつけば、私の瞳からは、涙が流れていた。
止め処なく、止め処なく。
ただ滔々と、私の涙は流れていく。
「私は、あの時思ったの。私には、まだ失って悲しいものがあるんだって。私には人間らしい部分があるんだって……それに気付けたのに、どうして、あなたは死んでしまったのだろうって……」
聡介は何も言わずにいた。
「私、人間だったよ……」
「当たり前じゃないか」
「ううん、あの少年みたいに、私は一線を越えてなかった。越えたつもりでいたけど、そうじゃなかった」
「そうに決まってるだろう。君の行動には、いつだって自分以外の誰かの思いや願いがあった。巴月は、自分の為だけに、誰かを殺そうとなんてした事がないと僕は思っている」
聡介は少しだけ、語感を強めて言った。
「でも、私もあなたが居なければ、きっと彼みたいになっていた。『存在』の欠落に耐え切れずに、憎しみだけを募らせて……」
「そうならない為に、僕が居たんだし、これからだって、そうする」
聡介の言葉を聞いて、私はふとあることを思い出す。
「あの少年は死んだの?」
「ああ……僕が殺した。あれは、もう戻れない存在だから」
「そう……」
あれだけ命を奪うことを否定していた聡介が、自らあの少年の命を奪った。
それは恐らく、世界の為という大義名分もあるだろうけど、あの状況で大きな要因を締めていたのは、私だ。
私の為に、聡介は彼を殺したのだ。
私は涙を拭う事もせず、聡介を見詰めた。
「そんな顔するなよ。僕はこう見えて、人殺しは初めてじゃないんだよ?」
「え?そうなの?」
「うん……僕も、欠落者だし先生の弟子だからね」
聡介は表情を変えずに言った。
「それに、僕は元来、というか、欠落以来、『死』というものに疎いんだ。それもそのはずだよね?だって、僕には『死』という概念も、現象もないんだから。それは、あまりに能力を多用すると、死だけじゃなくて『生』の概念、つまり、生きているということにも疎くなってしまうって、先生が言っていた。その理由は良く分かるよ。死なないのは、生きていないのとも同じだから」
そうか。
だから聡介は、人一倍『命』に敏感だったのだ。
敏感に扱っていたのだ。
自分が見失わないように。
私が見失わないように。
「聡介……」
「なに?」
「私は、あなたを愛しているわ」
「えっ?」
聡介の顔が、一瞬が赤く染まり、その直後に驚きのそれに変わる。
「ええっ!??」
「なにをそんなに驚いているの?」
「いや、だって、巴月……」
「私は何事も、はっきりものをいう性格よ?今も、欠落前もそれは変わっていないないはずだけど?」
「そうだけど……」
「それで、聡介?私、一応告白をしたつもりなのだけど」
私が言うと、聡介は少しだけ窓の方に視線をそらす。
跋悪そうな顔をして、小さく息を吐くと、私に向き直った。
「僕も……愛してるよ。僕と……付き合って欲しい」
「……よろしい。こちらこそ、」
よろしく、と続けようとした矢先に、私の口は塞がれていた。
唇に唇の感触。
これは、聡介の唇。
驚いたけど、私はそれをそのまま受け入れた。
「……こういう行動力は、私よりあるのよね」
「僕は見た目ほど奥手でもないし、善良な人間でもないよ」
私は聡介に抱き締められながら、久しぶりに歳相応の乙女めいた幸せを噛み締めていた。
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