最終話 ずっと一緒に


 ……そわそわするな。


 わたしは自分の部屋でベッドに横になり、ペンギンを抱きながら心ここにあらずで天井を眺める。


 どうしてこんなにも落ち着かないかと言うと、理由は単純で――


真白ましろ。お風呂、ありがとう」


 部屋の扉が開かれると、お風呂上がりの凛莉が現れる。


「あ、うんっ」


 わたしはベッドから飛び起きる。


 夏祭りの会場から、そのままわたしの家に来た。


 わたしから先にお風呂に入り、凛莉りりはその後に入ってもらったのだ。


「パジャマ、サイズ大丈夫?」


「うん、全然オッケー」


 当然、服がない凛莉にはわたしのパジャマを貸すことに。


 ラベンダー色の半袖とショートパンツのパジャマは、凛莉が着ると華やかだった。


「ていうか意外、真白こんなの着るんだ?」


「いや、わたしは着たことない……」


 それはきっと雨月涼奈あまつきすずなの趣味で、わたしが着る勇気はない。


 わたしは紺色の長袖フルレングスのパジャマを着用している。


「ええ、勿体ない。かわいいのに」


「そんなに肌露出するのムリ」


「パジャマでも?」


「すーすーして、何か慣れない」


 ――ギシッ


 ベッドの軋む音。


 凛莉がわたしの隣に座る。


「そんな自分で着るのも恥ずかしいパジャマをあたしに着せるって、どういう意味?」


 凛莉は口元に手を当て、わざとらしくニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべている。


 わたしに、どんなことを言わせたいのかはだいたい想像がつく。


「どういう意味だと思う?」


 でもその手に乗るのは癪だから、質問を質問で返した。


「興奮しちゃってんじゃないの?」


 凛莉は努めて明るく、冗談ぽい口調で言う。


 どっちに転んでも大丈夫な対応は、コミュニケーション能力の高い凛莉らしい。


 でも、その言葉はわたしの芯を突いている。


 凛莉の赤く火照った肢体は艶めかしい。


 その体が、わたしの空間で剥き出しに晒されている。


 ベッドの隣で、わたしのパジャマを着て、無防備な笑顔を浮かべて。


 そういう感情にならないわけがない。


「そうだって言ったら、どうする?」


 わたしは凛莉とは違うから、冗談めかした口調で話したりはできない。


 嫌なら嫌、良いなら良いと極端な人間だから。


 だから、思ったことを口にする。


 ありのままの言葉に、凛莉の笑顔は急に固くなった。


「いやぁ……どうするって逆に聞かれると、困るなぁ」


 この空間にはわたししかいないのに、凛莉は頬をかいて視線を彷徨わせる。


「どうして欲しい?」


「そ、それ言わせる……?もっとこう空気を読んで、流れってあるじゃん……?」


 空気とか流れとか、そういう曖昧なものはわたしには掴みにくい。


 もっと明確にしないと分からない。


「抱いて欲しいんでしょ?」


「……お、おう。めっちゃはっきり言うじゃん」


「凛莉、わたしの時はけっこう言わせてたよね」


「ああ……そうだけど、言わされる方ってこんなに恥ずかしいのね……」


 言葉にしないと分からないと教えてくれたのは凛莉のくせに。


 こういう時は言葉にするのがダメみたいな空気を出す。


 本当に空気というのは読み難い。


「嫌なの?嫌ならしない」


「……嫌なわけなくない?」


 わたしは抱いていたペンギンを二羽とも床に下ろす。


 今は凛莉との壁ではなく、ちょっとだけ見てみぬフリをしていて欲しい。


「いいのね?」


「……お願いします」


 そっと、凛莉の肩に触れる。


 お風呂から上がったばかりで、その体は熱い。


 もしかしたら、そのせいだけじゃないかもしれないけど。


 唇を重ね、深いキスをする。


 お互いを求めるように舌を絡めて、貪り合う。


 唇を離すと、凛莉の瞳は夢現のように潤んでいる。


 その表情が艶めかしくて、わたしの感情は彼女に支配されていく。


 両肩をそっと押して、凛莉をベッドに仰向けに寝かせる。


 さらさらな髪は放射状にベッドの上に広がり、ふわっと甘い香りがする。


 黙ってわたしに見下ろされる凛莉への征服感が、興奮を高めていく。


「脱がすよ」


 パジャマのボタンに手を掛ける。


「……電気は?」


「消したら、見えないでしょ?」


「いや、丸見えすぎだから。消してよ」


 ただでさえ不慣れなのに、手元すら怪しくなってちゃんと出来るわけがない。


「却下」


「……うそでしょ」


 問答無用でわたしは凛莉を脱がす。


 一糸纏わぬ姿になった凛莉は、とても綺麗だった。


「ねえ、見すぎだから」


「いつかの凛莉もこうしてきたよ」


「でもこんな電気ばっちり点いてなかったから」


 頬を染めて、恥ずかしそうに悶える凛莉が可愛らしい。


 わたしはその胸に触れる。


 ぴくんと跳ねるその仕草で、感じていることを確かめる。


 凛莉の胸はわたしの手には収まりきらない。


 出来るだけ丁寧に触れていく。


 次第に、乱れていく呼吸が聞こえて来る。


「……どう?」


「いやっ……最中の顔ガン見すんな。さすがにヤバすぎ」


「見なきゃ分からないから」


「確信犯だよね、絶対分かってるよね」


 どうやら、悪くはないらしい。


 しばらくそうしていると、凛莉の両足がぎゅっと閉まる動きをした。


 何となく察して、わたしは凛莉の胸から足の方へと体を移す。


「え、あ、ちょっ……」


 凛莉の奥に触れると、濡れていた。


 わたしはそのまま舌先を這わせる。


「……はうっ……」


 激しさを増す呼吸音と、荒々しさを増す胸の上下。


 お風呂上りなのに、どんどん汗ばんでいく体。


 わたしは唇と舌で凛莉に触れていく。


 溢れてくる凛莉の水分を全て飲み干すように。


「真白、それ……やばい、かも……」


 凛莉の手がわたしの頭に触れ、足がぎゅっと閉まって顔を挟まれる。


 でもそれは拒絶じゃなくて、受け入れた先にある快楽だと知っている。


「もう、ほんとにっ……」


「いいよ」


「――っ」


 わたしのその言葉が合図のように、凛莉の体が跳ねる。


 全身に力が入って、ベッドの上で体を反らす。


 漏れていく凛莉の絶頂を聞きながら、ゆっくりと体に力が抜けていくのを待ち続けた。







「どうだった?」


 呼吸を荒くして、体を投げ出している凛莉の顔を覗く。


 凛莉の眼球がじろりとわたしを見ると、その瞳がさっきとは違う感情を孕んでいることに気付く。


「……真白、余裕そうだね」


「まあ、なんとか」


「感想、聞きたい?」


「うん」


 どんな恥ずかしい顔で言うのか見たくて待っていると、凛莉は跨っているわたしの腕を掴んでくる。


「え?」


 ぐるりと体を反転されて、今度はわたしがベッドに横たわって凛莉が上に跨る。


「いいよ、教えてあげる」


「あ、あの……」


 急に悪い予感。


「体でね」


「今日はわたしそっちは考えてなくて――」


 そんなわたしの躊躇いをよそに、凛莉の手はわたしのボタンに掛かっている。


「問答無用っ」


 今度はわたしが脱がされる番だった。







 いつまで、そうしていただろう。


 気付けば、わたしたちは抱き合っていた。


 体はすっかり疲れたけれど、意識だけはまだはっきりとしている。


 恍惚とした幸福感を感じながら、二人の体温が互いを暖める。


「ねえ、真白」


「なに、凛莉」


 見つめ合って、互いの名前を呼ぶ。


「真白ってさ、元々はゲームの外の世界の人だったんでしょ?」


 凛莉は突然、その話を持ち出してくる。


「……信じてくれるなら、そうだよ」


「信じるかどうかは別として」


 でも、やっぱりそこはまだ不明瞭な境界らしい。

 

「とにかくさ、主人公は進藤なんだよね?」


「うん、わたしたちがヒロイン」


「それで真白は、進藤とヒロインであるわたしたちがお互いに惚れないように色々動いてたんでしょ?」


「まあ、大雑把に言えばそういうこと」


「思ったんだけどさ、それっておかしくない?」


「……なにが?」


「主人公が進藤なのに誰とも結ばれてないし。しかもヒロイン同士のあたしたちが付き合うって変じゃない?」


 それは、その通りで。


 でもそれは雪月真白わたしというイレギュラーのせいで起きたバグだと思ってたんだけど……。


「だから、ここは恋愛ゲームの世界じゃないって否定したいってこと?」


 そう言われるとグーの音も出ませんけどね。


「ううん、そうじゃなくて。前提がまちがってるんじゃないかと思ってさ」


「間違い?」


「うん、ゲームってキャラクターもそうかもしれないけど、プレイヤーも主人公なんじゃないの?」


 凛莉はわたしを真っすぐに見る。


「だから、真白こそゲームをプレイしていた主人公なんだから。あたしが真白に惚れるのは当然ってこと」


「……なるほど」


 そういう解釈もあるのかもしれない。


 そんな仮定の一つ。


「だから真白は、自分の意思であたしというヒロインを選んだわけだ」


「それは……そうだね」


 抱き合って、こつんとお互いの額が合わさる。


 二人の距離はゼロに近づく。


「なら、最後まで愛してよ。あたしの主人公」


 その問いに対する答えなんて、決まっている。


「うん、最後まで愛するよ。わたしのヒロイン」


 そんな、本当かどうかも分からない馬鹿げた話だけど。


 どんな関係であっても、きっと最後には結ばれていたんだと思う。


 そう思えるくらいに、二人の幸せは一つになっている。


 





【あとがき】


 これにて完結です。

 

 個人的な話になりますが、ここまでキャラクターの内面や恋愛について掘り下げて書いたことがなくて、恥ずかしさに悶えつつ悪戦苦闘してました。


 それでも読んで頂いた皆様のおかげで書き上げることが出来ました。


 感謝しております。


 次回作は久々に男主人公のラブコメかなぁと思って設定考えてたんですが、結局百合になりそうな気配がしています。


 それでは、機会がありましたらまたどこかで。

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幼馴染のわたしはモブでいたいのに、なぜかヒロインの恋愛対象になっている。 白藍まこと @oyamoya

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