110 二人の夏祭り


「おお……」


 凛莉りりに浴衣を着つけてもらい、姿見鏡を見るよう促される。


 そこには浴衣を着せられた黒髪の少女が一人。


「どうだ、いいでしょっ」


 えっへんと凛莉は胸を張る。


 どうやらわたしの浴衣姿の感想が聞きたいらしい。


「……違和感しかないね」


「なんで、かわいいじゃん」


 ……まあ、浴衣は可愛いけど。


 わたしが可愛いかと問われれば、何とも言えない。


「馬子にも衣裳、てきな?」


「うわっ、意味わかんないけど、いつもの捻くれたこと言ってるんでしょ」


「おお、さすが」


 凛莉のわたしに対する理解度がどんどん上がってきている。


「否定しなさいよ」


「ほんとだし」


「もうっ」


 すると凛莉は両手の平でわたしの両頬を挟み込んでくる。


 顔をサンドイッチされて、唇が飛び出てる気がする。


「……はにふんの」


 顔を挟まれて上手く話せない。


真白ましろはかわいいってずっと言ってるんだから、もっと自信持ちなよ」


「ほへって、ふぁふぁふひぃ」


「え?なに?」


「……」


 自分で喋りづらくしといて、あんまりだ。


 わたしは凛莉の手を振り払う。


「……それって、雨月涼奈あまつきすずなの話でしょ」


 だから結局、わたしの話じゃない。


「かぁーっ。ほんとに真白は分かってないなあ」


「なにが?」


 おじさんみたいな口調で凛莉が嘆く。


「あたしと出会った時にはもう真白だったんでしょ?」


「それは……そうだけど」


「だったらそんなの関係ないから。あたしと出会ってから真白はどんどんかわいくなっていったんだから。それって真白がかわいいってことじゃん」


「……そっか」


 思いのほか力説されて返す言葉を失った。


 少なくとも、凛莉にとってそれが真実なら否定する必要もないのかもしれない。


 他の人にどう思われようとも、凛莉に可愛いと思ってもらえるならそれでいいのかな。


「凛莉が圧倒的に可愛いからね。“可愛い”のハードルが上がってるんだよ」


 だから、わたしにとっての真実も話す。


 確かにわたしは自分自身に対する自信はないけれど、それでも可愛いという言葉は凛莉にこそ当てはまる。


 彼女にこそふさわしい褒め言葉を、自分に対して使おうとは思えないから。


「きゅ……急に褒めてもダメだから」


「褒めてない」


「え、なっ……」


「思ってること言っただけ」


「あっ……もう……」


 凛莉がわたしの手を握る。


 その手はいつもより熱い。


「ほら、行くよ。家の中で浴衣とか勿体ないから」


「……そうだね」



        ◇◇◇



 夏祭り。


 夜の暗闇を、立ち並ぶ屋台の光と街灯が照らしていく。


 にぎわう人々の中、わたしと凛莉は一緒に歩く。


「……いや、歩きづらいんだけど」


 カランと乾いた音のする足音になかなか慣れない。


「ん、下駄で歩くの初めて?」


 凛莉に貸してもらった下駄という日本伝統の履物は、どうやらわたしには難しいらしい。


「初めて。ていうか、浴衣も着たことない」


 たどたどしく歩くわたしに比べて、凛莉は慣れた足取りで綺麗に先を歩く。


 淡く光る屋台を背に振り返る凛莉の姿は、とても綺麗だと思う。 


「えっへへ、真白の初めていただきぃ」


 そんなどうでもいいことを、凛莉は嬉しそうに微笑む。


「凛莉は慣れてそうだね」


 浴衣の着付けも出来るくらいだし、昔からお祭りには行っていたのだろう。


「でも、あたしも初めてだよ」


「……んなわけ」


 さすがにそれは無理がある。


「恋人と一緒にお祭りにくるのは、初めて」


「……」


 それは綺麗な不意打ちだった。


 そうくることは予想していない。


「えへへ、ねえねえ。真白は何したい?」


 そう言って凛莉はわたしの腕に抱き着いて、屋台に目を移す。


 何がそんなに楽しいのか、いつも以上に凛莉の笑顔が絶えない。


「何でもいいけど」


「あ、じゃあ射的とかは?」


 凛莉が近場の屋台を指差す。


 そこには棚に並べられた景品と、オモチャの銃が手前に据えられている。


「やったことある?」


「ない」


「じゃあやってみなよ」


 凛莉は喜々としてわたしを射的に連れて行く。


 返事はしてないのに、グイグイと引っ張られていく。


 わたしは仕方なく、銃を手に取る。


 棚にはゲーム機や玩具からお菓子まで。


 大小様々な景品が並ぶが、どうせ大きいのなんて倒れない。


 わたしはお菓子の小さな箱を狙う事にした。


 ――パンッ


 放たれたコルクは狙ったお菓子に命中するが、微動だにしない。


「……なにこれ」


「真白ざんねーん」


 ずっとテンションの高い凛莉が後ろで笑っている。


 それが何となく気に入らなくて、残りも何度か命中させる。


 だけど、お菓子が倒れることはなかった。


「真白、ダメダメだなぁ」


「……うるさいな」


 そりゃお祭りに慣れてる凛莉からすれば、これくらいは簡単な遊びなのかもしれない。


 でもわたしにとっては初めてで、むしろ何度か当てただけで凄いと思うのだが。


「そこまで言うなら、凛莉やってよ」


「えー?いいの、あたしがやっちゃって?」


 そう言いながら、凛莉は袖をまくって銃を構える。


 ――パンッ


「……は?」


「あらら」


 放たれたコルクは、どの的にも当たらず宙を彷徨って地面に落ちた。


 ――パンッ、パンッ、パンッ


 以下同文。


 結局、収穫は共にゼロだった。


「あはははっ、当たんなっ」


 凛莉はお腹を抱えて自分の不出来さを笑っていた。


「よくそれでわたしのこと煽ったね?」


 全然わたしの方がマシだった。


 凛莉の態度が信じられない。


「出来るなんて言ってないし?」


「それにしても、わたしの方が上手じゃんっ」


「倒れなきゃ一緒でしょ」


「……その結論の持って行き方はずるくない?」


「あたしと真白は下手同士で仲良しだ」


 凛莉は上機嫌にわたしの手を引く。


 びっくりすぎるくらい意味わかんないし、強引だけど。


 まあ、お祭りだし。いいか。


「次、なにしたい?」


「まかせるよ」


 取り立てて、特別珍しいこともない。


 大していいものが当たらないくじを引いてみたり。


 今日しか使わないであろうお面を買ってつけてみたり。


 甘すぎるりんご飴や、口が少しベタベタになる綿あめを食べてみたり。


 本当に、くだらないと言えばそれでおしまいのような出来事の連続。


 なのに、こんなに輝いて見えるのは凛莉が隣にいてくれるからだ。


「真白、楽しい?」


 そんなシンプルな質問。


「うん、楽しいよ」


 迷うことなく答えられるくらいに、わたしは凛莉との日々を楽しんでいる。







「いやー、疲れたねぇ」


 歩き疲れて、少し離れた公園のベンチに隣同士で腰を下ろす。


 人だかりから離れた静けさも相まって、ほっと一息つく。


「夜なのに暑いし、人多いし、歩き慣れてないから余計だね」


「それがいいんだよ」


 数時間前のわたしなら全否定するところだったけど。


 今はちょっとだけ肯定してもいいような気分にはなっている。


「そうかもね」


「お、ようやく認めたな?」


「凛莉がいること限定の話だけどね」


「……ふふっ」


 わたしの返事に凛莉は目を細める。


「こうやってさ……」


 そして、凛莉のさっきまでの浮かれた声音にほんの少しの重み。


「うん?」


「また来年も再来年もずっとこうしていたいよね」


 凛莉はずっと一緒にいることを強調することが多い。


 付き合う前にそうなる理由は分かる気はするけど、付き合ってまで不安になるものなんだろうか。


「わたしがこの世界の人間じゃないから。いつか消えるかもって思ってる?」


「……ううん。そうじゃなくて、ほら。あたしの家族って皆バラバラだからさ、いつか真白も消えちゃうのかなって、不安になる時があるんだよね」


 虚空を見つめる凛莉の横顔、その瞳は今までにないくらい空っぽに見えた。


 そんな悲しそうな瞳、わたしがいるのに見せないで欲しい。


 横に置かれていた凛莉の手に、わたしの手を重ねる。


「凛莉、わたしはずっと一緒にいるよ」


「……ほんと?」


 わたしを見つめる凛莉の瞳に感情の色が灯る。


「うん、永遠に一緒」


 そして、わたしの方から凛莉に唇を重ねる。


 ほんの少しでもわたしの温度を伝えて、一緒にいることを感じて欲しかった。


 薄暗かった公園に光が零れる。


 夜空には七色の花火が打ち上がって行く。


「……もっと、確かな証明が欲しい」


 揺れる凛莉の瞳。


 その揺らぎを消せるのはきっと、この世界にわたし一人だけだ。


「今日、わたしの家泊まりなよ」


 夜空に花を咲かせる音は止まない。


 その音にわたしの声が掻き消されただろうかと不安になる一瞬の空白。


「うん」


 でも、それは杞憂だったと凛莉の声が聞こえて安堵する。







【お知らせ】


 いつも読んで頂いてありがとうございます。


 次で最終話になると思います。


 よろしくお願いします。

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