109 夏休みの過ごし方


 皆が待ちに待った夏休み。


 どんな生徒もこの長期休みを喜ぶ人はいても嫌がる人はいないだろう。


 ちなみにわたしは学校でぼっちでいる精神的ダメージを負う事がなくなるので、それはいいことかなってくらいのイベントなのだけれど。


 でも、今のわたしにとってこの夏休みは特別で――


「ねえ、真白ましろ。こんな夏休みはナシだと思う」


「……」


 わたしに特別をもたらしてくれた少女にとっての夏休みは、どうやらそうでもないらしい。


 残念すぎる。


「ねえってば、無視しないでよ」


「……いや、ちょっと何言ってるのか分からなくて」


 わたしは特別だと感じている夏休みを、凛莉りりはナシだと言う。


 こんな真逆の価値観をすぐに理解できるはずもない。


「いや、分かるでしょ。毎日毎日、家にいるのはさすがにどうかと思うんだけどっ」


「……まだ一週間だよ?」


「一週間もよ!?一週間もお互いの家を行き来するだけって、そんな夏休みあるっ!?」


 凛莉がワーワーと騒ぎ出している。


 わたしはそんな彼女に溜め息しか出ない。


「って言っても凛莉、夏期講習に行ってるからほとんど塾じゃん」


 大学受験を真剣に考えてる彼女は、いよいよこのままではまずいと塾に通い始めた。


 そのおかげで午前だけ空いてたり、夕方からしか空いてなかったりと時間がバラバラで、そこまで長い時間は会えていない。


 むしろ学校の時の方が同じ空間にいる分、会っている時間は長かったかもしれない。


「だから真白も一緒に行こうって誘ったのに。断ったじゃん」


「……いや、わたしは必要ないから」


 一応、今のところは凛莉よりわたしの方が学力は上だ。


 わたしは凛莉が進学する大学を受けようと思っているので、現状維持できるのであれば特別努力する必要はない。

 

 よってわたしは毎日、彼女の帰りを待つことに徹しているわけだ。


「一緒には行かないくせに、毎日出掛ける前に写メ送れって命令してくるしっ」


「え、当たり前でしょ?」


「なんでそれが当たり前なのよっ」


 わたしも多少は大人になったとは言え、凛莉が魅力的な美少女であることには変わりない。


 いつどんな人達が彼女に色目を使うかは分からない。


 だから凛莉には露出する服装を控えてもらい、ちゃんとそれで通っているのか確認するため出掛ける前に写メをわたしに送ることを夏休みから原則とした。


 律儀な凛莉はそれをちゃんと守ってくれている。


「わたしは凛莉を心配してるの」


「っ……そう言われると言い返しづらいけど……。でもこんな暑い中、デニムパンツって拷問なんですけどっ」


 学校の制服ならともかく、私服の凛莉のキラキラ具合はハンパじゃない。


 それで露出なんて合わさったら、皆授業そっちのけで凛莉に視線が向かうに決まっている。


 そんなこと、わたしが許すはずがない。


「いいじゃん、スタイルいいから似合ってるよ」


「……そ、そんなので騙されないからねっ」


 とか言いつつ、あたふたしている。


「まあまあ、そんなに頑張ってるんだから。勉強終わった後くらい休みなよ」


 ちなみに今日は我が家が集合場所で、時刻は夕暮れ時を迎えている。


 わたしはベッドで横になり、凛莉はローテーブルに向かって今日の復習をやっていた。


 そんな彼女に、これ以上の負担をかけるのは良くないと思うのだ。


「別に、午後空いている時もあったし!それでも真白どこにも行こうとしないじゃんっ」


「……外、暑いし」


 こんな灼熱の中、外に出ようとするなんて正気じゃない。


「それに明日は休みだからね、どこにでも行けるよ」


「……山と海は却下ね」


「全滅じゃんっ」


「前も言ったけど、そんな陽気なスポットわたしムリだから」


 陰なわたしに大自然は大きすぎるのだ。


「じゃあ、せめて泊まらせてよ。毎日夜になったら帰るか帰すじゃないっ」


「ええ……だって……」


 確かに夜の時間を一緒にいれば相当な時間を過ごす事が出来るだろう。


 でも、そうなると自然にあの時間が……。


 わたしはペンギンを抱いて、凛莉との間に壁を作る。


「なにそれ、急にかわいい子ぶってもダメだから」


「そういう意味じゃない、身を守ってるの」


「だから、それがそうなんだって」


「……?」


 とにかく、まだその時ではないと思う。


 もっと、こう明確なタイミングがあると思っている。


 なあなあでするのは、良くない気がする。


「分かった、じゃあお祭りは?」


「……うわぁ」


 また、絶妙な所を言い当てられた。


 山と海じゃないし、近くにあるイベントで参加のハードルもない。


「はい決まりー」


「……ええ」


「これ以上あれやだこれやだとか言わないでよ。あたしだって我慢してるんだから」


 それは確かにそうで。


 ここがちょうどいい妥協案なのはよく分かっている。


 祭りは繁華街の大通りで行われているとのことだった。


「じゃあ、1時間後にあたしの家に集合ね」


「え、今日なのっ?」


「祭りは昨日からやってるんだよ?」


 いや、そういう意味じゃないんだけど……。


 今決めて、今動き出すバイタリティがすごくて……。


「……勢いすごいねぇ」


「当たり前じゃん。明日は休みだし、今日を楽しむんだっ」


 そう言って凛莉は意気揚々と笑顔を振りまくと、勉強道具を片付け一度家に帰ることにした。



        ◇◇◇



「……おお」


 凛莉の家に行くと、わたしは思わず声を漏らしてしまった。


「どう、似合う?」


 凛莉は浴衣姿だった。


 ゆるく巻いた後ろ髪をアップで束ね、浴衣は藍を基調とした色に白い花模様が浮かんでいる。


 その姿に目を惹かれた。


「……綺麗」


「あ、ちょっと。そのマジなテンションはちょっと照れる」


「マジだし」


「ああ……ありがとう」


 凛莉は視線を泳がすが、口元は緩んでいる。


 心のどこかでは喜んでいるようだった。


「うん、それじゃ行こうか」


 と、玄関へ向かおうとしたところで凛莉に手を握られる。


 止まれ、というメッセージは伝わった。


「……ん?」


「あたしね、もう一着浴衣用意してるんだ」


 言われて見れば視界の隅に、赤紫を基調とした白い花模様の浴衣があった。


「……凛莉、浴衣好きなんだね」


「これはお祭りデートなんだから、恰好も大事なの。分かる?」


「あ、うん……」


 ちなみにわたしはカーキ色のリネンロングスカートに白Tシャツというお手軽コーデにしていた。


「真白も、浴衣着ようね?」


「……えっと、着方分からないんだけど」


「大丈夫、あたしが着せてあげるから。いいよね?」


 凛莉の目がかなり真剣で、断るのを良しとしてくれる気配がなかった。


「……お願いします」

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