絶対零度の第一王子フリードリヒと時の賢人カイロスとの邂逅


 ルイスの病は予想通りペストであった為、小夜は慣れた手付きで治療を施す。ミハエルとルイスは初めて見る医療器具や薬を興味深そうに眺めていたのが小夜には何だか可笑しく感じた。

 小夜の献身の甲斐も有りルイスの病状は大分落ち着いてきていた。峠は乗り越え、今後は快方に向かうだろう。


 忙しい日々を過ごす内に小夜が首都ディアマントにある離宮に来てから2週間程が立った。

 小夜は用意された煌びやかなドレスに袖を通す事無く、相変わらず白衣のままだ。分厚く重いスカートではいざという時動けない為、この世界にはミスマッチとは思いつつも頑なに元いた世界の格好を貫き通していた。(それ以外にも気恥ずかしいのと万が一汚れた時に弁償出来ないという理由も有る)


 そんなある日、遂に王様やミハエルの兄が生活する宮殿へ行く機会が出来た。

 何でも、月に一度だけ家族揃っての食事会を開くらしい。良い機会だから宮殿を案内するというミハエルに付いて離宮とは比べ物にならない程豪奢な建物内に足を踏み入れる。


「昔読んだ絵本の中の世界みたい! ⋯⋯一体幾らくらい掛かってるのかしら」

「サヨは元気だな。オレは晩餐会の事を考えると今から憂鬱だというのに⋯⋯」


 舞い上がる小夜に対して、青い顔をして口元を抑えるミハエル。その瞳には薄らと涙が滲んでいる。


(そういえば、ミハエルは家族仲が上手くいってないんだっけ⋯⋯)


「それって絶対参加しないといけないものなの?」

「此れも務めなんだ、放棄する訳にはいかない」

「⋯⋯そう。あっ、あれは何かしら!?」


 少しでもミハエルの気を紛らわせようと、咄嗟に目についた絵画についての話題を振る。

 金色の額縁に入ったその絵には4人の男性が描かれていた。神々しいオーラを放つ3人の男達はキトンの上にヒマティオンを纏い、その内の1人が月桂冠を掲げている。その前には跪く半裸姿の男がおり、察するにその男が月桂冠を戴くシーンを表現しているようだ。


「宗教画、かしら?」


 何故かその絵画に強く興味を惹かれた小夜は引き寄せられるように歩を進める。

 そして、余りに夢中になっていた小夜は前方から歩いて来る人物に気付かなかった。


「きゃっ!?」

「⋯⋯!」


 ドンっと強い衝撃を感じ、足を捻った小夜はそのまま前に倒れ込む。

 打つかったのは肩程の長さの金髪を青いリボンで緩く結んだ男性。男性越しに前を見れば彼に付き従うようにして控える優しい顔付きをした黒髪の男性が居た。


「サヨ、大丈夫か!」

「う、うん」


 心配そうな顔で駆け寄るミハエルに返事をしてから、目の前の男性に向き直る。


(此れはまた御伽話に登場するようなイケメンだわ⋯⋯。癖のない艶やかな金髪に吸い込まれそうな青い瞳、ツンと高い鼻と涼しげな印象の目元。神経質そうで少し怖いけれど⋯⋯この人、誰かに似ているような——)


 小夜は男に寄りかかった事を忘れ考えにふける。

 すると、突進した小夜を受け止めるようにして身体を支える男は凍える様な青い瞳を向け、口を開いた。恐らく、無言のまま惚ける小夜に痺れを切らしての事だろう。


「⋯⋯そろそろ良いだろうか」


 頭上から冷たい声が降ってくる。背筋に走る悪寒にぶるりと身体を震わせた小夜は我に返り、直ぐにその男性から離れた。


「すっ、すみません!!」


 飛び退いた小夜が改めて金髪の男性を見ると、彼は青をその身に纏っていた。

 この国では高貴な者のみに許されるとされる青を、だ。



(ジャケットやスラックス、胸元の宝石にピアスまで⋯⋯きっと、それなりに位の高い人なんだわ)


 彼の衣服や装飾品に至るまで青色がふんだんに使われており、小夜は思わずまじまじと見つめてしまう。それに装飾品には全て貴重なブルーダイヤモンドがあしらわれていた。赤を纏うミハエルとは対極的なまでの青に目を奪われる——。

 しかし、それに気付いた男性はあからさまに顔をしかめた。


「何か?」

「いえ、何でも⋯⋯っ」


(不味いわ、私ってばつい知らない人の顔をジロジロと⋯⋯!)


 小夜が狼狽えていると、それを庇う様にミハエルが前に出る。


「⋯⋯兄上、申し訳ございません」

「!!」


(あ、兄上!? ⋯⋯ってお兄さんって事よね? 通りで顔の造りが似ている筈だわ)


 衝撃の事実に一頻り驚いた後、既視感の正体に合点がいった小夜はすっきりとした心持ちで2人を見やる。

 ミハエルの本性を知っていると正反対とも思える2人だったが目鼻立ちや骨格が似ており、やはり王族というだけあってどこか近付き難い雰囲気を放っていた。


「お前か。⋯⋯形ばかりとはいえ家族のよしみで一つだけ忠告してやろう。客人は選ぶ事だ、お前の品位までも落とす事になるぞ」


 感情の窺えない表情でミハエルの顔を一瞥いちべつし、そう言い放った兄王子。彼は何処からか現れたメイドから新しい手袋を受け取り付け替えると此方を振り返る事なくその場を後にする。


(え? それだけなの? 久しぶりに会った弟なのに?)


 2人の会話や流れる空気が余りに他人行儀で、黒宮家とはまるで違う事に小夜は戸惑いを隠せなかった。



「⋯⋯」

「⋯⋯」


 兄王子が去った後はその場に重苦しい沈黙が流れる。

 残されたのは小夜とミハエル、そしてこんな状況でも笑みを絶やさない謎の男。



「やあやあ、久しぶりだねえ」


 沈黙を破ったのはそんな声だった。


「フ~くんがごめんねえ? アイツ、潔癖症の人見知りだからさあ」


 砂糖菓子のように甘ったるく独特の間延びした声には聴き覚えがあった。しかしそれよりも——


「フ~くん?」

「フリードリヒ殿下の事だよ」


 間髪入れずに男は答える。


(あんなに怖そうな人をそんな子どもみたいに呼ぶだなんて⋯⋯この人一体何者なの?)


 男は腰までの長い濡羽ぬれば色の髪を真ん中分けにし、惹きつけられるような深い紫の瞳に色気すら感じさせる左目下の黒子ほくろ、美とは此の事かと納得してしまう程の中性的な顔立ちをしていた。

 このような印象的な美青年を忘れる筈が無い。しかし、もう喉まで出掛かっているもののあと少しのところで思い出せない。


 うんうんと唸る小夜を見た男はクスリと笑みを洩らし、着ていたローブのフードを被って見せた。


「これで僕の事、思い出してくれた?」

「あっ⋯⋯!」


 何故直ぐに気付かなかったのだろう。此の男こそが小夜が探していた人物だという事を——。



「もう逃がさないわよ!!」


 理解した瞬間、身体が反射的に動いていた。次こそは逃してなるものかと、小夜はラガーマンよろしくタックルを繰り出す。勢いを伴ったそれは小夜諸共床に転がり幾度か回転を繰り返すまで衰える事は無かった。


「ふふっ⋯⋯キミは情熱的だなあ。そんなに僕に会いたかったの?」


 小夜の突然の暴挙にも怒り出す素振りは無くキョトンと目を丸くした後、男はクスクスと笑い出した。


「どの口が言ってるのよっ! 私を置き去りにした事とスマホを壊した事、絶対許さないんだからッ」


 王宮の廊下に転がる男の上に馬乗りになり、胸倉を掴む小夜を見たミハエルは怯えた目で恐々と口を開いた。


「サ、サヨ⋯⋯いきなり如何したんだ?」

「此奴こそが私の仇なのよ!!」

「か、仇?」

「そうよ! アンタ、勝手に私を連れて来ておいてちゃんと元の世界に帰れるんでしょうねえェ?」


 ビクビクと震えるミハエルを横目に小夜は真下に転がる男を鋭い目付きで見下ろす。


「そもそも、何で私をこんな所に連れて来たのよ」

「何でって⋯⋯此の国を蝕む呪いを解いて欲しいからさ」

「呪いですって? 魔力を持たない私を喚んだって事はそんな物存在しないってアンタも気付いてるんでしょう!?」

「流石は僕の見込んだ女の子だ。キミは持ち前の知識と強い精神力でデュースター村に蔓延はびこる病を食い止めて見せたね」

「お陰で酷い目に遭ったわよ。私の居た所ではペストだなんて滅多に見ない病気なんだから」

「そう。キミの言う通り、現在エーデルシュタイン王国を蝕んでいる呪いの正体は黒死病、またの名をペストだ」


(やっぱり⋯⋯知ってたのね!)


 小夜は怒りからローブを掴む手の力を強める。


「何故自分が選ばれたのかと聞いたね? 聖女は外傷の治癒は可能だが身体の中までは治療出来ない。聖女の力ではこの病を真に根絶することは不可能なんだよ。そこで、君の出番というわけだ」

「そんなの、私である必要なんて無いじゃないの! ペストを止めたいのなら発見者である北里柴三郎きたさとしばさぶろうやアレクサンドル・エルサンを召喚すれば良かったじゃない!」

「誰だい、その人達は。可愛い女の子かな?」

「男よ!!」

「そんなの嫌だよ~! 運命を共にするのは可愛い女の子って決めているんだから!」


(此奴⋯⋯!)


 小夜が蔑んだ視線で見下ろすと男はそれまでのヘラヘラした表情から一転して真面目な顔付きになる。


「それにそんな偉人を喚んだら君の居た世界の歴史が変わってしまう。キミだってそんなの本意じゃないだろう?」

「それ、は⋯⋯」

「キミが役目を終えて、本当にこの世界から帰りたいって言うのなら⋯⋯その時は元の世界に返してあげるよ」

「あ、アンタ、一体何者なのよ⋯⋯私の事を此の世界に連れて来た上にスマホを勝手に改造したりして——」


 得体の知れない男に怒りよりも恐怖心が勝った小夜は思わず胸倉を掴んでいた手を離す。


「僕の名前はカイロス。時の賢者だ。サヨちゃんにプレゼントした魔法は三賢者の1人であるカオくんとの共同開発だよ。上手く使ってくれてるみたいで嬉しいな」

「カイロスって神様の名前? じゃあアンタは神様って事なの⋯⋯?」

「残念ながらこれ以上は教えられない。何故なら僕のルートは未だ解放されていないからね♪」

「はあぁア!?」


(此奴⋯⋯頭大丈夫かしら?)


 小夜が余りの衝撃に呆然としていると、起き上がったカイロスはパチンとウインクを一つ決めて颯爽と去って行った。




(泣き虫ヘタレ王子に冷徹すぎる潔癖王子、女好きの自称神まで——)


「もう、此の国の男は揃いも揃って何なのよ⋯⋯」


 顔は良いものの性格には難ありの男達。食傷気味の小夜からはそんなボヤきが口をついて出た。







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【中間選考残作品】医大生が聖女として異世界に召喚されましたが、魔力はからっきしなので現代医術の力で治癒魔法を偽装します!〜手違いで召喚された悪徳聖女(仮)は不思議なアプリを駆使して異世界を救済する〜 みやこ。@コンテスト3作通過🙇‍♀️ @miya_koo

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