偽物聖女と冤罪王子の結託



「ルイス無事か!?」


 話も一区切りというところで息を荒げたミハエルが戻ってきた。泣き腫らした眼は顔を洗ったおかげで幾分かマシになっている。


「偽聖女よ、ルイスに可笑しな事はしていないだろうな!?」

「する訳無いじゃないの⋯⋯」


(あの話を聴いた後だと、此のくらい如何って事無いわね。まあ、多少は憎らしくはあるけれど。⋯⋯でも、それでも真実だけは伝えてあげたい)


 小夜はお節介とは分かっていても言わずにはいれなかった。彼を呪いの子たらしめる要因を、小夜は一目見た時から見抜いていたのだ。


「ねぇ、一つだけ教えてあげる。ヘタレ王子のそれ、呪いなんかじゃないわよ」

「それ、とは?」

「あんたの噂の原因になってる髪と瞳の色よ」

「なんだと⋯⋯?」


 ミハエルは一瞬ぽかんとして、ハッと我に返る。まさに青天の霹靂へきれきといった様子だ。

 自分では否定していても、心の奥底では不安を拭いきれなかったのだろう。戸惑いを隠すようにミハエルは掴みかからんばかりの勢いで小夜に詰め寄る。


「呪いじゃないというなら一体何だというんだ! オレ以外に此のような見目の者は居ないのだぞ!?」

「私の居た世界には偶にいたわよ。貴方一人じゃないわ」

「!?」


 ミハエルの表情は更に驚きに満ちる。


「色々な呼び方は有るけれど⋯⋯先天性色素欠乏症——つまりはアルビノね」

「⋯⋯ある、びの?」

「先天的なメラニン色素の欠乏によって起こる症状よ。17,000人に1人くらいの割合で存在する筈だわ」


 小夜は此れに関しては『病気』という言葉を使いたく無かった。あえてそのワードは出さずに話を進める。

 しかし一通り説明を終えても、小夜の予想に反してミハエルの表情が晴れる事は無かった。


「⋯⋯例えオレがお前の言う通りアルビノ、というものだったとしてもオレの此の外見が気味悪いのは変わらないだろう」

「気味が悪いですって? アンタ⋯⋯何言ってンのよ」

「は⋯⋯?」


 小夜が眼光鋭く睨みを効かせると、ミハエルは本日何度目かの呆気に取られた表情になる。


「先ずはアンタのその白い髪! ふわっふわでよく手入れされていて絹糸みたいで綺麗じゃない。それに人の髪は元々白いらしいわ。そこにメラニン色素が入って色がつく。つまり、貴方の白は真っ直ぐで曇り一つ無い純粋な色よ!」

「⋯⋯!」

「それに、未だ何色にも染まって無いという事は、無限の可能性を秘めているって事じゃない?」


 小夜が真っ直ぐにミハエルの瞳を見据えながらそう言うと、彼の目尻にはじわりと涙が滲む。

 すっかり熱が入った小夜はミハエルの胸倉を掴み、強引に引き寄せる。


「次に赤い瞳! 赤と言えば情熱、そして炎の色! まるでその瞳には貴方のルイスさんを想う強い心が現れているようだわ。それに、キラキラと輝いていて貴方の胸に付いている宝石みたいで素敵ね」


 そう言いながらミハエルの胸元で光るルビーがめ込まれたダブルピンブローチに目をやる。

 些かこじつけが過ぎる部分もあったが、ミハエルには効果的面だったらしい。彼は耐え切れず、遂にポロポロと涙を流した。

 それを見た小夜はここぞとばかりに畳み掛ける。


「貴方のそれは呪いじゃなく個性よ。恥じる事なんて何も無いわ。貴方は他人には持ち得ない美しいものを持っている。寧ろ恥ずかしいのは何も知らずその美しさに嫉妬してる奴らだわ」

「し、しかし⋯⋯」


 不安げにゆらゆらと揺れる瞳を逸らさせまいと小夜は更に距離を縮める。


「だってもしかしも無いッ! アンタがもし呪われているのだとすれば、その陰気臭い心根だわ! 自分にとって取るに足らない奴の言葉なんて気にしなければ良いじゃない。アンタはアンタを信じてくれる人の言葉だけをひたすらに信じれば良いじゃない!」

「⋯⋯!!」


 ミハエルは何かに気付いたように目を見張る。大きく見開かれた瞳からはぽろりと一筋の涙が溢れ、赤く染まった頬を濡らした。

 殆ど息継ぎも無しに言い切った小夜は、息を切らしながら掴んでいた上着から手を離す。


「私も貧乏で可哀想だと散々言われてきたけれど、努力して努力して⋯⋯それはもう、血反吐を吐く思いで努力してそいつらを捻じ伏せてやったわ! その時の彼奴らの顔といったら⋯⋯思い出すだけでも笑えてくる」


 小夜はその時の光景を思い出し、嘲笑ちょうしょうを浮かべる。



「⋯⋯お前、性格悪いな」


 小夜の悪人顔を見たミハエルは思わずといった様子で吹き出した。


「それくらいしないと生き残れなかったのよ」

「流石は聖女を騙る度胸を持ち合わせているだけの事はある」

「仕方ないじゃないの。でも、今私が言った事は嘘偽り無い本心よ。何なら心を読んだって良いわ」


 小夜は自分の言う事が真実であると証明する為に、胸を張り真っ直ぐにミハエルを見つめる。


「⋯⋯」


 すると、不意にミハエルが顔を背ける。

 見るとその顔は真っ赤に染まっており、白い肌の為に尚の事目立つそれは隠し切れていなかった。


「心読んだの?」

「⋯⋯読まなくても分かる」


 チラリと窺うように小夜に目を向けてからふいっと逸らすミハエル。


「ふーん、そうなの。何だかそうしてると兎みたいで可愛らしいわね」

「なっ! 馬鹿にしているのか⋯⋯!?」

「あら、心外だわ。褒めているのに」


 小夜がそう言って笑うとミハエルは顔を両手で覆ってしまう。暫しの沈黙の後、恐る恐る顔を上げた彼は口を開いた。


「⋯⋯ルイスの治療をする代わりにお前の出す条件を呑んでも良い」


 それはそれは油断すれば聴き逃してしまう程のか細い声だった。


「⋯⋯! 私の味方になってくれるって事?」

「だっ、だからそう言っているだろう。しかし、一つだけ条件がある」


 首を傾げる小夜に、涙を拭ったミハエルは言い放つ。


「オレには或る野望がある」

「野望?」


 いやに真剣な瞳をしたミハエルに、小夜はごくりと息を呑んだ。


「オレの野望⋯⋯それは此の国——エーデルシュタイン王国を転覆する事だ。お前にはそれに協力して貰う」

「は、はぁ!?」


(転覆ですって⋯⋯!? 噂は間違いではなかったの!?)


 先程までの頼りない小動物の様な姿から一転して、肉食獣のように赤い瞳をギラリと煌めかせたミハエルは後退る小夜を壁際まで追い詰める。


「ちょっと、退いてよ!」

「黙って聴け」


 ミハエルは逃れようとする小夜の退路を断つように、壁に手を突いて囲い込む。


「お前も目にしただろう? この国の現状を。荒れ果てた土地に貧困に喘ぐ者、満足な教育も治療も受けられなければ明日の生活も知れない。首都から離れる程それは顕著けんちょに現れる。この国では生まれが全てだ。民はどれだけ奮励ふんれい努力しても報われず、僅か数%の人間の享楽の為に搾取されいずれは死んでいく」


 ミハエルの瞳には静かだが激しい怒りが滲んでいた。


「対してこの国の貴族共は如何だ? そんな事は露知らず⋯⋯否、仮に知っていたとしても変わらないだろうな。自分自身は何も成し遂げて居ないというのに、運良く特権階級に生まれたというだけで我が物顔で奢侈しゃし贅沢を享受している」

「⋯⋯」


 小夜は二の句が継げなかった。小夜が元居た世界でも感じていたいきどおりをミハエルが代弁してくれた為だ。


「しかし、今ではオレも同じ立場になってしまった。あれだけ憎んでいたというのに皮肉なものだな」


 ミハエルは自嘲の笑みを洩らす。そんな彼を目の当たりにした小夜は、耐え切れずに心の内を明かした。


「⋯⋯無理矢理此処に連れて来られたんでしょ? 仕方ない事じゃない。でも、何故今も王宮に残ってるの? お兄さんが王位を継ぐのでしょう? 泣く程辛いなら逃げ出せば良かったじゃない」

「ルイスから聴いたのか」

「ええ。御免なさい」

「否、良いのだ。オレの野望は側から見れば無謀に等しい。しかし、叶えられない程遠いものでも無い。此処が⋯⋯王族でいる事が一番の近道なのだ」

「そんな覚悟で⋯⋯」


(きっと辛くて悲しくて堪らない時もあった筈なのに、それでも此の人は涙を流しながらも諦めなかったのね⋯⋯それが此の国の人の為になると信じて——)



「漠然とした計画は昔からあった。その為に知識を取り込み剣技を身につけ魔法の腕を磨いて来た。漸くだ⋯⋯お前に出会って漸く道が開けた。今が実行に移す時だ」

「具体的には何するつもりなの?」


 口先だけならば如何とでも言える。小夜は最後にミハエルの覚悟を聴くために尋ねた。


「民は教会がかかげる事実無根の思想を信じ、その結果罪なき尊い命を散らしている。今、何よりも優先すべきなのはその者達を扶ける事だ」

「でも国中の人達が貴方が呪いを運んで来たって噂してるのよ? 扶けようとしている人達でさえも」

「そんな事は関係無い。お前も言っただろう? 他者の言葉は気に留めない。オレは為すべき事を為すだけだ」


 ミハエルは微塵の迷いも無く言い切った。その瞳には確固たる強い意志を宿しており、小夜の胸は大きく高鳴る。


(此れがきっと⋯⋯本来上に立つ人の在るべき姿なんだわ)


「オレは救いたいのだ。昔日の自分の様に苦しみ嘆く者達を。生まれだけでその先の未来を決められ、数ある可能性を潰される者達を——。そして、何れは此の国をひっくり返す」

「その話、乗ったわ!!」


 そんな言葉が考えるよりも先に口をついて出ていた。それだけ小夜の心はミハエルの言葉に激しく打ち震わされたのだ。


「弱きを助け強きをくじく⋯⋯面白そうじゃない。聖女というよりはヒーローみたいだけれど」

「⋯⋯お前ならそう言うのではないかと思っていた、デュースターの聖女よ」


 フッとミハエルが柔らかい笑みを見せる。


「取引成立ね。忘れないでよ?」

「ああ、当然だ。お前こそ忘れるなよ?」

「当たり前じゃない! それはそうとさっきからお前や聖女って⋯⋯私には黒宮小夜っていう名前があるのよ!?」

「そうは言われてもオレは名乗ったと言うのにお前は名乗らなかったではないか」

「名乗ったじゃないの!」

「それはルイスに対してだろう? オレは聴いてない」


 先程までの真剣な表情から途端に子どもの様な表情になったミハエルはふいっとそっぽを向く。


「あんたは子どもかっ! ⋯⋯そうだ、時々あんたはデュースターの聖女って呼ぶけれど如何いう意味なの? まあ、スターって言うくらいだから悪い意味では無いのでしょうけど」

「何を言っているんだお前は。デュースターの意味は『陰鬱』や『暗くて寂しい』って意味だぞ。そんな事も知らないのか?」

「はあ!? 私とは正反対じゃないのっ! 今すぐその呼び方やめなさいよっ!」


 それから小夜とミハエルは見かねたルイスに止められるまでいがみ合い、殴打の応酬を繰り広げた。



 それから如何にか和解を果たし——


「今日から私たちは運命共同体よ」


 小夜が手を差し伸べると、ミハエルはそれを取る。2人はしっかりと目を合わせ、決意を表すように固く握手を交わした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る