時空超常奇譚4其ノ三. 超短戯話/白亜の救世主

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚4其ノ三. 超短戯話/白亜の救世主

超短戯話/白亜の救世主ノア

 かつて、カナダの古生物学者が中生代白亜紀後期に生息していた獣脚類トロオドンの脳容量の比大さから恐竜人類ダイナソーロイドを提唱したように、太古の地球を支配者として闊歩していた恐竜が知的生命体へと進化した可能性は否定出来ない。それにも拘らず、現在恐竜人類の可能性を学術的に肯定する者はいない。

 何故なら、6600万年前小惑星の衝突によって地球環境は激変し生物の大量絶滅を経た地層を含めて恐竜の化石以外何も発見されていない。恐竜人類の文明の痕跡など欠片も発見されないのだ。

 だがそれでも尚、恐竜は人類へと進化し高度な文明を構築していたが6600万年の時の流れにその痕跡が消え去ったのだ、としても決して不思議ではない。そもそも、文明の痕跡など6600万年の時の流れに抗える筈はなく、地層の中に残る化石で年代を知ろうとする相対的年代測定に限らず、炭素14法、カリウム-アルゴン法、ウラン-鉛法の絶対的年代測定でさえも遥かな過去を確実に知る事など出来ない。地球の至る所に恐竜人類の街があり、あの広大な南極大陸にも高度な異人類文明があったと考える方が現実的ではないだろうか。

 因みに、今から6000万年後の地層にヒト人類の文明の痕跡など残らないと言われている。

 6600万年前のある日、二匹のティラノザウルスが鬱蒼とするジャングルを物憂げに歩いていた。

「あぁ、今日も良く食ったな」

「そうだな。俺もちょっと食い過ぎた」

「食い過ぎにはシダの葉っぱを舐めるといらしいぜ。俺も舐めておこう。

でもよ、誰が考えたか知らねえけど「共同喰いシステム」は画期的だよなぁ」

「そうだよな、どこかで誰かが捕った食い物を皆で分けて食うんだからな。食いぱぐれる事がないもんな」

 昔、俺達の親くらいの時代までは、毎日喰うのも中々大変だったらしいぜ。食える日と食えない日が極端になれば、そりゃ大変だよなぁ」

「そうだな。俺達は「共同喰いシステム」のお陰で毎日喰うには困らないもんな」

「あれ?おい、また聞こえるぜ」

「あぁ、誰かが捕ったんだろうな」

 ギャーギャ・ギャ・と遠く遥かに声がした、捕食を知らせる合図だ。

「どうする?」

「俺はもういい」

「俺ももう食えねえけど、行かないとヤバくね?」

「いんじゃねえか、もう帰ろうぜ」

 暮れる夕陽が山の向こうに消え掛けている。天空に無数の星々が輝き始めていた。

「今日は星が綺麗だな」

「あぁ。そう言えば、この間長老が言ってたけど、あの空に光る星全てが太陽と同じ星なんだとさ。遠くにあるから小さく見えるらしいぜ」

「何だそりゃ?訳がわからねぇな」

「確かに訳がわからねぇけど、もしそうだとしたら、その星に強いヤツがいるのかも知れないぜ。オレ達より強いのかな?」

「馬鹿言うなよ。俺達に敵う奴等なんかいねぇよ」

「そうだよな。隣村のヤツ等が戦争ふっかけてきやがるが、この星で俺達に勝てる奴等なんか存在しないし、他の星のヤツだってオレ達に敵う訳ねえよな」

「当ったり前ぇだぜ」

「でも、長老が「生物は進化している」とも言ってたな。これから未来に向かって俺達ティラノも進化していくんだろうな」

「未来、俺達ティラノはどんなふうに進化しているんだろうな?」

「もしかしたら、俺達じゃなくて別の生物がこの地球を支配しているなんて事もあるのかな?」

「そんな事ある訳ないさ。この星に俺達以上の生物なんか存在しないんだから。まさか、そこにいるネズミがこの星の支配者になるとでも言うのかよ?」

「いや、それはないだろうけど。最近妙なヤツが「我等の時代の終焉は近い。我こそは神の使い」って叫んでいるらしいぜ」

「あっ、オレも聞いた。ドロオ族のノアとか言う名前で、やたらと小せえヤツで尻尾がないけど、神の力があるらしいんだよな」

「あぁ。ドロオ族には他にも小せえのが何匹もいて、皆神の力があるらしいんだけどよ、そんなモン嘘っぱちに決まってんぜ」

「そうだよな。大体よ、グダグダ煩えそんなヤツなんざ喰っちまえばいいんだよ。ん、何だあれ?」

 前方から複数の小型恐竜の集団が整然と歩いて来るのが見える。その集団は二匹の前まで来ると立ち止まった。先頭の恐竜が言った。

「道を開けろ。こちらに居られるは、恐竜世界に変革を齎す神の遣いノア様だ。道を開けろ」

 いきなり見下すような横柄な物言いに、ティラノの一匹が反発した。

「何を言ってやがる。ここは天下の獣道だ、通りたけりゃ、手前ぇ等が退きやがれ」

「そうだ。ノアだか何だか知らないが、オレ達にケンカ売ろうってんなら、いつでも買うぜ」

「何だとキサマ等、我等に勝てるとでも思っているのか?」

 大型恐竜の二匹は、小型恐竜の一団の恐竜達と対峙し、今にも一触即発の事態となった。ティラノサウルスは押靡おしなべて、短気でケンカ好きだ。集団の真ん中にから声がした。

「君達、ケンカなどしている場合ではない。悪魔の来襲は近い」

 小型恐竜を掻き分け前へ出た一際小柄な獣脚類恐竜が言った。

「コイツ、何を言って言やがんだ?」

「?」

「喰っちまおうぜ」

「あぁ、コイツ等全部デザートだ」

 二匹は勢いをつけて突進した。

「ノア様、危ない」

「大丈夫です。この愚かな者達には天の痛みを与えます」

 小柄な二足歩行の恐竜は、呪文を唱えながら右手を高々と挙げ、小さな白光の玉を二匹に投げた。光の玉はまるで雷の如く二匹を包み込んだ。二匹の体が硬直した。

「体が動かねぇ……」

「これが・神の力なのか……」

「愚かな者達よ、良く聞きなさい。私達を滅する為、天より赤く輝く悪魔がやって来るだろう。我等恐竜は一丸となってこの難局を乗り切らねばならないのだ」

 小型獣脚類恐竜、神の遣いドロオ族ノアは各地に群れを成す恐竜達に、地球の未来予言と支配者たる恐竜の為すべき使命を説いた。

 ある日、天から真っ赤に燃える神の怒りが出現した。空を横切り、燃え滾る火の玉は海に落下した。爆音は天空を轟かし、爆風に地上が激しく揺れた。

 各地の長老達は、天の怒りを予言したドロオ族のノア達に驚愕し心酔していった。天より来襲した悪魔たる地球外から彗星は、幸にも山を吹き飛ばし地上に巨大の穴を開けただけだった。地震によって村は壊滅し数万匹の犠牲はあったものの、幸いにも恐怖した以上の被害はなかった。

「皆、良く聞いてくれ。私達を滅する為、天より悪魔は再び来るだろう。私達恐竜は一丸となってこの難局を乗り切らねばならないのだ」

「ノア様、どうすれば良いのですか?」

「ノア様、我等を御救いください」

「慌ててはならない。まだ時間はある、私が神より啓示を受けた天空へ飛ぶ事の出来る天翔之船あまかけるふねを造るのだ」

 予言者ノアの神言に従い天翔之船を造ろうとする者達に、西43村の恐竜世界を統べる大長老シルドが強く反対した。予言者ノアと大長老シルドの論争が始まり、恐竜世界の帰趨きすうを帰趨を知るべく賢獣けんじゅう評議会が開かれた。

 待ち草臥れた大型恐竜属の大長老シルドと弟子の四高賢僧が口火を切った。

「お前がノアとか言う詐欺師か?」

「私は詐欺師ではない」

「お前は「自分こそ神の遣いだ」と、皆をたぶらかしているらしいな」

「事実を告げているだけだ」

「では、お前は自分の何を以て神の遣いだと言うのか?」

「神は天翔之船あまかけるふねに乗り、我が村へ降臨された。そして、神は私達に真理を授けられたのだ」

「答えろ。天より降り立ったと言う神は、そもそも何故お前の村を選んだのか?」

「そうだ。万智の神が大長老シルドでなくお前などを選ぶ理由がない」

「そうだ。我が恐竜の中で最強なるティラノ族を差し置いて、お前のような弱小なる種族を神が選ぶ筈はないのだ」

「簡単な事だ。我等恐竜族は数多の進化を遂げ今やその数は一千種族を超えている。そして更に今尚新しき種目が誕生している。だが、我等恐竜族に一つの大きな変異を見る事が出来る。それは、小型化だ。かつて恐竜族はその身体的な大きさこそが最強なる証であったが、今新しき種目は日に日に小さくなり、逆に脳は異様なる程に肥大化している。それが何を意味するのか、全てを知る事は不可能だが、物事は必ず目的をはらんでいる」

「その目的とは何だと言うのか?」

「種の限界だ」

「種の限界とは何か?」

「絶滅だ。私達恐竜属は地球の覇者として既に限界を迎えている」

「我等が絶滅するだと?」

「その根拠は何だ?」

「全ては神の御言葉だ。神は私に「恐竜属の小型化しているのは二つの真理の故だ」と言われた」

「二つの真理とは?」

「一つは恐竜の限界。もう一つは、私達の地球に赤く光り輝く悪魔が来空し、私達は滅する運命にある」

「ふざけるな。それこそが騙りである証拠ではないか?」

「そうだ。既に赤く光り輝く悪魔は来た。だが我々は絶滅していないではないか?」

「まぁ待て、先ずはその者の言う事を最後まで聞いてみよう」

 賢人と謳われる恐竜界を束ねる大長老シルドは静かに諭した。ノアは続けた。

「ある時、神は天空より私達の村に天翔之船あまかけるふねで降臨された。そして、私は代表として天翔之船に乗り、地上を離れて天空へと旅立った。そこで私は見たのだ。遥かに平坦と思われた地上は球体だったのだ。この世には私達の知っているこの世界とは違う世界がある。それを以て神は私に「天翔之船を造れ」と言われた」

 賢人大長老シルドが話し出した。

「では、始めよう。お前は先程「地上は球体だった」と言ったが、では何故に太陽と星は朝に生まれ夕に消滅していくのか。そして、今日のような曇りの日に天に太陽はなく、太陽になり損ねた雲が天を覆っている。地上が太陽の周りを回っていると言うならば、常に太陽は天に存在しなければならないのではないか?」

「そんな事は子供でも知っているぞ」

「違う。太陽は朝に生まれ夕に消滅していく事はないし、雲は太陽になり損ねたのでもない。地上は球体で、太陽の周りを回っているとともに、球体である地上も回っているのだ。太陽や星が朝に生まれ夕に消滅していくのではなく、反対側へと回転して見えなくなっているだけだ」

「我等が地平と思っているこの地上が玉だと言うのか?」

「地上が太陽の周りを回っているのだ」

 大長老シルドと弟子の四高賢僧がノアにたたみ掛かる。

「愚かなノアよ。反対側へと回転した地上では物は地上に留まる事が出来ないではないか?」

「愚かなノアよ。球体だとするならば、我等以外、東の村も四つの村は地上に留まれない。そもそも玉の下部には留まれないではないか?」

「愚かなノアよ。回転するという事が何を意味するのかを教えてやろう。回転とは遠心の力を有しているのだ。もし地上が球体で回転しているなら、我等は地上に留まる事は出来ず、どこまで飛んで行く事になるのだ」

「ノアよ。四高賢僧が言うように、地上が球体であったとしたら、我等は如何にして地上に留まる事が出来るのかを示せよ」

 残念ながら、救世主ノアには地球と地上の物体に働く重力理論を説明する事は出来ない。唯、己が見たその事実を伝えるしかない。

「神は天駆之船に乗って自在に天空を駆ける事が出来る。私はその船に乗って天上へ駆け昇った。暫く天昇した時、見たのは地上は地平ではなく球体であり、私達はその球体に張り付いて生きる蟻のような存在なのだと、知った」

 救世主ノアの体験談など、大長老シルドと四高賢僧の耳には届きようもない。

「愚かなノアよ。何故、我等は地上に留まっていられるのかを教えてやろう。それは、この地上に満ちる空気に秘密がある。風は何故起こるのか、それはそこに空気という目に見えない物質があるからだ。何故水中では息が出来ないのか、それは我等が喰らう空気が水中にないからだ」

「愚かなノアよ。物が落ちるのは空が押しているからだなのだ。そんな事さえ知らぬ愚か者め。そんなお前如きが大長老シルド様と我等四高賢僧に論争を挑むなど百年早いわ」

「愚かなノアよ。神が「地上に赤く光り輝く悪魔が近づいている」と言うのならば、我等はどうなるのだ?」

「滅するだろう」

「何と、良くもそんな戯れ言を吐けるものだ。仮にそうだとして、我等に何をしろと言うのだ?」

「そうだ。神の遣いのお前に祈れとでも言うのか?馬鹿馬鹿しい。話にならぬわ」

「私に祈ったところで意味はない。神が言われるのだから、再び天から赤く光り輝く悪魔が降って来て、生き物が絶滅するのは間違いない。赤く光り輝く悪魔は今も地上に近づいているのだ」

「では、我等はどうすれば良いのか、お前の考えを言ってみよ」

「長老様、このような愚かで下賤な者の言う事など・」

「構わぬ。言ってみよ」

 ノアは、大長老シルドと四高賢僧の言う天の仕組みに反論出来なかった事など歯牙にも掛けず、神の教えを告げた。

「私達は神から真理を授かると同時に、方舟の造り方を学んだ。私達は方舟を造って天翔之船に乗り、神の御言葉に従って天へと昇るらねばならない」

「方舟とは何か?」

「この世に存在する種のつがいを乗せる船だ」

「下らぬ」

「そうだ、下らぬ」

「馬鹿げている」

 賢獣評議会は数にものを言わせた大長老シルドと四高賢僧に軍配が上がった感を否めなかったが、決してノアがその主張を翻す事はなかった。

「神が私達に言われたのは、「方舟を造り天へ昇る事」だけだ」

 小型恐竜族達とこの世に存在する爬虫類族のつがいを乗せたノアの方舟が天上へと昇って行った。

「赤く光り輝く悪魔なんか、やって来ねえな」

「あぁ、あれから結構経ったのにな」

 恐竜達が忘れ掛けた頃、天空に「赤く光り輝く悪魔」が薄笑いを浮かべながら飛来する姿が見えた。「赤く光り輝く悪魔」の正体である直径10キロメートルを超える秒速20キロの小惑星は、北東方向から最悪の事態を齎す角度60度で地球に衝突し、直径約300キロメートル深さ約25キロメートルのチクシュルーブ・クレーターを形成した。

 広島型核爆弾10億個分超のその衝突エネルギーは、マグニチュード10以上の地震と約300メートルの高さの津波を引き起こし、半径1500キロメートル四方を焼き尽くした。10億トン単位の硫黄、二酸化炭素、水蒸気が大気中に放出され、吹き上がった塵やガスは太陽光を遮って地球全体を急激に冷やした。更に誘発された火山噴火が植物からの食物連鎖を完全に破壊し、敢えなく地球上の生物の約75パーセントが絶滅した。そして、恐竜達が造り上げた文明の痕跡さえも遥かな時間の中に消え去っていった。

 その後、地上へと戻った小型恐竜族達と爬虫類族は、大進化を遂げて鳥類と哺乳類の祖先となった……かどうかは定かではない。



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