第6話 日向の想い



 俺達は並んで、ブランコに腰を下ろした。


 夕方の公園に人の姿はなく、僅かに照す茜色の光が何ともノスタルジックな気持ちを想起させる。


 そして、思う。

 ブランコはこんなにも小さく、座りにくかっただろうかと。


 昔はどこまでも高く漕げる気がしたのに、今はぐらぐらと揺れるアンバランスさが何とも落ち着かない。

 俺は知らない内にこんなにも大きくなってしまったんだな。


「懐かしいよね。昔は毎日三人で遊んだんだっけ」


「あぁ、帰るときは泣き虫の葵を引っ張って家まで送り届けてな」


「そうそう、『はると離れたくないー!』って言って、可愛かったよね」


「まぁ、その話したら葵に怒られそうだけどな」


「ふふふ。間違いないね」


 日向は昔からしっかりしてたけど、葵は本当に泣き虫で甘えん坊だったんだよな。

 今でこそ澄まし顔でクールに見える葵も、昔は俺と日向にべったりで、よく二人で世話を焼いたものだ。


「私たち、大人になったね」


「まだ、高校生だろ? 全然子供だって」


「ううん、もう大人だよ」


 そう呟いた日向は、ゆっくりと地面に視線を落とす。

 日向は自身の両手を絡めるように合わせ──その手先は微かに震えていた。


 そんな躊躇った素振りを見せる日向に俺は声をかける。


「それで、何か大事な話があるんだろ?」


「はるくんにはお見通しなんだね......」


「伊達に幼馴染みやってないって」


 ずっと一緒にいたからな。

 お互いの癖や仕草はきっと筒抜けなのだろう。


「ねぇ、はるくん。私はね、欲張りなんだ」


「日向が欲張り......?」


「うん。今のままでも幸せなのにその上を求めちゃうの」


「それは人間として普通の事だろ? それに、俺は日向が欲張りだなんて一回も思ったことがない」


 小さい頃から日向は我慢してばかりだったはずだ。

 欲しいものを我慢して、何をやるにも葵を優先して、確かケーキのイチゴだって葵にあげてたよな?

 それを嫌な顔せずに笑顔でやってみせて、欲張りだなんて到底思えない。


「勿論、大抵の事は我慢できるよ? でもね、どうしても譲れない──譲りたくないことがあるの」


「日向の譲れないもの?」


「うん」


 そんな日向に譲れないものなんてあるのか?

 優しくて、他人思いで、我慢強い日向に──


「それって──」




「それはね──はるくんの事だよ」




「俺............?」


 日向の言葉に俺の時間が止まった。

 日向の言葉ははっきりと聞き取れたはずなのに、どうにも理解が追いつかない。


「今までは隣に居れれば良いって思ってた。でも、高校生になって、大きくなって気づいたの」


 少しずつ頭が理解してきたと思ったら、今度は心臓がドクドクと騒ぎ出す。

 瞬きも忘れて、少し頬を赤く染めた日向に釘付けになる。


「はるくんが遠くに行っちゃう、私の前から居なくなるかもって」


「そんなはず──」


「ううん。そう思ったら、我慢出来なかった、大切なものを傷つけてでも想いを伝えたいって思った」


「日向......」


 最初は夢かと思った。

 だってこんな事、現実的じゃないから。

 でも日向の言葉を聞いて、日向の顔を見て、これはどう考えても現実だと俺は納得せざるを得ない。


「私はね、はるくんの事が好きだよ」


 あぁ、心臓が嘘みたいに高鳴っている。


「誰にもはるくんを渡したくなくて、はるくんの為ならって──そう思っちゃうくらいはるくんが好きだよ」


 日向の長いまつげが、潤んだ瞳が、唇が、全て鮮明に見える。



「──はるくん、私と付き合ってください」



 そして、とうとう俺は周りが見えなくなった。

 視界の全てが『日向』で埋め尽くされる。

 ブランコに座っていたはずの日向が身を乗り出して、もうすぐ目の前にいる。


 なのに。それなのに。こんな時にふと思い出したのは別の少女の顔。


『──はる』


 あぁ、俺って本当に最低だな。

 日向が勇気を出して、こんな俺に告白してくれたって言うのに。

 視界は全て日向なのに、どうしてもそこに葵がいるんだ。


 だけど──


『私は──二人を応援する』


 ふと、脳裏に過ったのは昨日の言葉。


 俺と葵は幼馴染みでただの友達。

 そんなどうしようもない現実を何度も俺に突きつけてくる。


「はるくんにはこれからもずっと一緒にいて欲しい」


 それでも日向は俺を見ていた。

 こんなバカでどうしようもない俺を。

 そして、そんな日向の言葉で遠い昔の記憶を思い出す。


『大きくなってもさ、私とずっと一緒にいてよ』


 思い出したのは遠いあの日、この公園で聞いたあの言葉。

 俺の心に住み着いて、離れなかった一つの誓い。


『──私、ずっと、ずっーと覚えてるからね』


 あぁ、そうか。そうだったのか。

 あの言葉は日向のものだったんだな。


 俺はずっと『葵が言った言葉』だと勘違いして──葵ももしかしたら俺の事を想っているんじゃないかと勘違いして──本当にバカだよな。


「俺は......」


 このまま一生叶わない恋を追い続けるのか?

 葵は俺の事なんて何とも思っていないのに。

 もしかしたら、俺の気持ちが葵にばれて、それで嫌われるかもしれない。

 そしたらその時、葵にとって俺は友達以下だな。

 あぁ、つんでる。


「......はるくん」


 俺の返答を待つ日向を見る。

 本当に美少女だ。


 長いまつげ、大きな瞳、通った鼻筋、艶のある髪の毛。

 白い肌、作り物のような整った顔立ち。こんな美少女他にいるか?


 それに日向は、俺の事をこんなにも好いてくれている。

 俺を見て、俺と一緒に居て、俺を受け入れてくれて──


 俺だって日向の事は『好き』なんだ。大好きだと言ってもいい。

 そう。届かない恋を除けばきっと世界で一番目に。


 あぁ、俺はなんて幸せ者なのだろう。

 こんなにも近くに大切な──運命の相手がいたじゃないか。


 だから俺は──




「日向、俺達付き合おうか」




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幼馴染みで美人な双子姉妹の片方と付き合ったら、修羅場を通り越してドロドロな三角関係になりました 岡田リメイ @Aczel

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