猿蟹合戦
芥川龍之介/カクヨム近代文学館
いや、話していないどころか、あたかも蟹は穴の中に、臼は台所の土間の隅に、蜂は軒先の蜂の巣に、卵は
しかしそれは偽りである。彼らは仇を取った後、警官の捕縛するところとなり、ことごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵らの共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者はこういう彼らの運命に、
蟹は蟹自身の言によれば、握り飯と柿と交換した。が、猿は
その上新聞雑誌の
かつまた蟹の仇打ちはいわゆる識者の間にも、いっこう好評を博さなかった。大学教授某
お伽噺しか知らない読者は、悲しい蟹の運命に同情の涙を落とすかも知れない。しかし蟹の死は当然である。それをきのどくに思いなどするのは、婦女童幼のセンティメンタリズムに過ぎない。天下は蟹の死を是なりとした。現に死刑の行なわれた
ついでに蟹の死んだのち、蟹の家庭はどうしたか、それも少し書いておきたい。蟹の妻は
とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君たちもたいてい蟹なんですよ。
(大正十二年二月)
猿蟹合戦 芥川龍之介/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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