第七話 |羅美院《らびん》ふぉんとちゃんの兄上突撃事件


 ———それはほんの一週間程度前の配信だった。


 『【カメラ/開封】伝説のBGMブラックゴッドマジシャン原作バージョンに会いたい!』というTCGトレーディングカードゲーム開封配信だった。

『今回は三万円分……これは、ブースターパックというんですか? を、買いました。わらわ、『游策王ゆうさくおう』はアニメと原作マンガが大好きなんですが、カード自体は触ったことがないんですわ。許していただきたいですわ~!』


 ハイテンションな口調で、カメラの向こうで白手袋に包まれた手がぶんぶん振られる。


 よくあるVtuberの開封動画だ。


 手は割と人となりが出る。年齢を重ねれば残酷に皺が刻まれているし、男と女では骨格が全く違う。だからリアルの正体を隠すVtuberは開封動画などは身体的特徴がわからないように手袋などで隠して配信する必要がある。 


 仮にもふぉんとちゃんはお嬢様キャラだ。


 だから白い手袋はぴったりだった。それをはめて大人気TCG『游★策★王』カードを開封し、中古市場で5万の値が付く激レアカードを当てるというこの配信。それは同接3万人の、非常に注目を集めていた配信だった。


『———来た! 来ましたわ! BGMブラックゴッドマジシャン!』


 動画の先で黒い筋骨隆々の男神だんしんの絵が描かれた、キラキラ光るカード。


 ふぉんとちゃんが興奮した様子でブンブンそのカードを振り回し、コメント欄も「キタ——————‼」というものが爆速で流れていく。


『うわぁ! カッコいい! すごくかっこいい……でも原作とカード効果違うんですわよね……原作だと墓地のマジシャンカードの効果を得るなのに……TCG版だと「1ターンに一度、マジシャンカードを除外すると攻撃力を500Pアップ」と似ても似つかない効果に……』


 キラキラ輝くカードをカメラに移したまま、うんちくを語り、


<出たwww

<ふぉんとちゃんの『游★策★王』カード解説の時間だゴラァ‼

<TCG一度もやったことないくせにwikiには入り浸るやつ~www


 興奮した様子で喋り始めるふぉんとちゃんに呼応するように、コメント欄もちゃちゃをいれて楽しんでいる。


 そんな、ようやく当てたBGMブラックゴッドマジシャンの解説をしていると、


 ガチャッ……!


 聞き取れれるか聞き取れないぐらいの音だった。だが、確かに扉が開く音が聞こえた。


『いつまではだかで持ってんの? ちゃんとスリーブに入れてよ』


『え……⁉』


 知らない男の声が流れた。


<え?

<誰? 男?

<彼氏?


 困惑のコメント欄が流れ、無音の時間が———十秒続いた。


『も、もぉ~配信中だよ! 入って来ないでよ兄上ェ!』


 といつもと違う口調で、ふぉんとちゃんが画面に映っていない男に言う。


『いや、湿気で痛むからさ……ちゃ、ちゃんとスリーブに入れてよ……』


『わかってるから! ちゃんと持ってきてるから兄は出て行って……!』

 

<なんだお兄ちゃんか。

<ふぉんとちゃんいつもと口調が違うwww

<素が出ちゃってるよ。ふぉんとちゃんwww


 流れるコメント欄。

 そして再びガチャッと扉が開閉する音が流れる。


『ごめんなさいね~! わらわの兄上が配信見てたみたいで……見るに見かねて突撃してきちゃったぁ……ほら、ちゃんとスリーブに入れたから……これで大丈夫……これで、もう……来ないはず……!』


 白い手袋に包まれた手がBGMブラックゴッドマジシャンを『游★策★王』のアニメキャラが描かれたカードスリーブに入れていく。



 震えた手で———。



 ————以上が「羅美院らびんふぉんとの兄上突撃事件」の顛末である。



 ◆



「知ってます。俺も配信でコメント書き込んでましたから」


 事務所でひまわりからその事件の名前を出されて、当時のことを思い出す。


「確か『兄上突撃事件』でトレンド入って、切り抜き動画もいくつも作られてましたよね?」


 Vtuberの家族の話はなぜかウケがいい。

 普段バーチャルアイドルとして仮面を被っている彼女たちの、素の顔がわかるからだろうか。だから、例にもれず「羅美院らびんふぉんとの兄上突撃事件」もバズリ、イラストレーターが紙芝居風に描く、手描き動画なんかも作られていた。


「そうだねぇ……ライアちゃん。知ってる? 実は私ってふぉんと同じマンションで一つ下の階に住んでんの」

「え? そうだったんですか?」


 気軽に自分の個人情報を漏らすなぁ……でもそれが兄上突撃事件と何の関係があるのか。


「知ってる? 兄上突撃事件の配信の後、ふぉんとから私のところに電話がかかってきたの。すぐに部屋に来てって、チャイムを鳴らしてって……」

「え?」


 あの事件の後も何度かふぉんとちゃんは動画を配信し、兄上突撃事件の事にも触れていたが、ひまわりを呼んだことは一切語ってはいなかった。

 どうして、そんなことを……?


「電話越しにふぉんとは言ったわ『知らない男が家に入って来てる!』って」


 ゾッとした。


「え? 兄上じゃ……」

「ふぉんとに兄妹きょうだいはいない。一人っ子よ。あの子。それに今は一人暮らし中」


 と、いうことは……あの動画に出てきた男は……。


「あいつは何処どこからともなく侵入したただの不審者よ」


「マジか……⁉」


 愕然とする。

 信じ込んでいた。

 ふぉんとちゃんのついた嘘を俺は、俺たちは信じ込んでいた。それは俺たちに心配させまいとついた嘘だったと全く気が付かずに……。

 それからも何後もなかったかのように配信業を続けていたふぉんとちゃん。恐怖を必死に押し殺していたのだ……。


「私がふぉんとに呼ばれてあの子の部屋に着いた頃には誰もいなかったし、部屋も荒らされてなくて、何も盗まれていなかった。本当にあの〝兄上〟がもたらした実害は動画に勝手に出演した。ただそれだけ。だけど、それがどれだけの恐怖を女の子に与えるか、考えなくてもわかるわよね?」

「ええ……あいつを……〝兄上〟をぶっ殺してやりたくなります」

「———そう、その意気よ!」

 ひまわりはフッと笑って俺の肩をポンポンと叩いた。


「だから、君が妹としてあの子を守るのよ。頑張れ、刹那院ライアちゃん!」

「え?」


 そういうこと? 


 段々と話が分かりかけてきたけど……。


 〝兄上〟から彼女を守るために、一つ屋根の下で、護衛として暮らすと言う事か? 


 でも……それなら整形しなくてしなくてよくない?

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底辺配信者の俺が美少女Vtuberとして転生したら、推しのアイドルグループに入ることになった話 あおき りゅうま @hardness10

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