第六話 元々のコンセプトは「会いに行けるVtuber」

 話は、事務所での会話まで巻き戻る。


 俺が推しの羅美院らびんふぉんとちゃんと暮らすことになると聞いた直後の事だ———。


「ちょちょっと待て! どういうことだ? 聞いてないぞ⁉」


 推しのVtuberの羅美院らびんふぉんとちゃんと一つ屋根の下で今度から暮らす⁉ 

 話があまりに突飛すぎて脳が理解を拒む。

 俺は何か担がれているんじゃないのか?

 葵ひまわりはすみれを仰ぎ見、


「言ってないの?」

「言ってない」

呑気のんきか!」


 というか何も説明を貰っていない。


「どういうことだよ姉ちゃん! いい加減説明してくれよ! どうして俺がばちゃますに入ることになったんだよ⁉」

「姉ちゃんじゃない。〝社長〟。親戚関係と言っても仕事ではちゃんと分別を付けましょう、ね?」


 にっこりとした笑みだったが、かなりの圧を感じた。

 隣にいるひまわりが首をかしげている。


「あ……すんません社長」


 すみれは俺を女の子と認識していた。姉ちゃんの親戚だと。


 だから、下手なことを喋って俺が男とわかるとまずいのだ。多分、姉ちゃんは何か企んでいる。そのたくらみがご破算になってしまうのだ。


 ———だったら、ここに連れてくる前にある程度説明をしててくれよ。


「ひまわり、説明してあげて」

「え? なんであたし?」

「〝当事者〟のあんたの方が私よりわかりやすく説明できるから」

「そんなもんかね……まぁいいけど」


 と、ひまわりは座っていた椅子をぐるっと一回転させ、自分の真正面に背もたれが来るようにして腰掛け、それを抱くような姿勢になる。


「じゃ、話すね? あたしたち〝ばちゃます〟が君を頼らなければならなくなった理由」


 背もたれに顎を乗せて、上目遣いでほんのりと微笑む。


「……お願いします」

「さっき君言ったよね? あたしの顔が葵ひまわりそっくりだって」

「ええ、姉ちゃ……社長も〝ばちゃます〟のアイドルは皆リアルの顔をモデルにデザインされたキャラクターだって言ってましたけど……」

「それのリスクって考えなくてもわかるよね?」

「まぁ……ものすごくリアルバレしやすいですね……」


 人気のアイドルがそのままの顔をして歩いていたら声をかけられるように、例えアニメキャラだとしても、そっくりだったら、あのVtuberのリアルの人間かもと短絡的に人間は思ってしまう。

 下手に注目を集めるのはリスクでしかない。


「それを、社長は考えてなかったんだよ」

「へぇ~……え⁉」


 バッとすみれを仰ぎ見るが、悪びれる様子もなく「何か?」と腕を組んでふんぞり返っている。

 ウチの姉のせいなのか⁉

 その様子に呆れた様にひまわりはため息を吐き、


「ばちゃますの始めた当初のコンセプトとして「会いに行けるVtuber」っていうどっかの秋葉原を中心に活動しているアイドル達のパクリでやり始めてね。リアルでもファンに会うイベントを開催しようとしてたのよ。そのために顔はVtuberモデルと同じ必要があって、ステージで歌って踊る企画があったんだけど、コロナが流行っておじゃんになってね。仕方がないから、代わりにオンラインサロンをつかったり、SNSのツブヤイッタ―だけじゃなくてWINEも使って気軽にファンといつでも交流できる「いつでも会えるVtuber」っていう方向性にシフトしたら、そっちの方向が上手くいってね。今があるっていうわけ」


「そうだったんですか……」


 それは、知ってた。

 ばちゃますはVtuberが流行り始めた時期にデビューが始まったアイドル達で、その頃配信者にハマってRoutubeを見まくっていた時期だったので、ばちゃますは企画発表段階から注目していた。

 その最初のキャッチコピーとして確かに「会いに行けるVtuber」とあったがいつの間にか「いつでも会えるVtuber」と変わっていた。似たようなフレーズだったので、勘違いだったのかな、と思っていたが……やはり、最初は全く別のコンセプトだったようだ。


「まぁそうなったから、一期生のあたしは当然〝葵ひまわり〟と同じ顔なんだけど……二期生、三期生はリアルと同じ顔にする必要はなかったのよ。それでも配信業をやってるとちょっとしたミスでリアルの顔がバレたりするじゃない? 可愛い女の子キャラだったのが、実は中身はおっさんでした! とか」


 ああ……確かにまとめサイトでいくつか見たことがある。大人気Vtuberの中身はブサイクな中年のおっさんだった。声すら加工できる現代、中身は関係なく偽りの自分を見せ続けていくのは可能なのだ。


「でも、そういう人も中身なんて関係ないって言ってファンになってくれる人はいますよね?」

「バ美肉って奴ね。あれ……あれ、何の略だったっけ?」

「バーチャル美少女受肉です。バーチャルな美少女の肉体を受ける……って意味らしいです」


 受肉なんて妙に仰々しい言葉だ。


「そう……まぁ、そのバ美肉でファンになってくれる可能性もあるけど、熱狂的でお金を落としてくれるファンっていうのはどうしても少なくなる。皆、美少女を応援する理由なんていつかその美少女と恋愛できるかもしれないっていうわずかな望みがあるからお金を払って応援する。もしも中身が外身と全く違ったら、どうしても人気は下がるでしょ?」

「そういうもんですかね……」

「そうは思いたくないけど、それが現実。熱狂的なファンほど離れる速度は速い」


 葵ひまわりは意外とリアリストだ。配信上では誰にでも優しい言葉をかけてくれるオタクの理想のギャルキャラだったが、そのキャラで振舞い続けているのも、リアリストゆえかもしれない。


「———で! うちの社長はそれを逆手に取ろうと思ったわけよ」

「逆手に?」

「もしもミスでバレたとしても、リアルでVtuberモデルとそっくりの顔の美少女が画面の向こうに現れたら、逆に興奮すると思わない? 「どうせあまり可愛くないと思っていたあののリアルが、モデルと同じぐらい! いや、それ以上カワイイ!」ってなったら熱狂的なファンが更に食いつくって」

「まぁ……」 


 わからんでもない話だが……いろんなリスクを払ってまでやることじゃないだろう。

 その俺の感情が伝わったのか、ひまわりも肩をすくめて。


「ま、わざと自分からミスをしてリアルを晒せってわけじゃなくて、「リアルバレした時のファン離れ回避」「あとワンチャンバズる可能性があるから」って理由で、〝ばちゃます〟のVtuberモデルはリアルの顔を元にデザインされ続けてきたってわけ。そしてそれが最悪の形で裏目に出たの……」


 ひまわりの声が沈む。


羅美院らびんふぉんとの兄上突撃事件って知ってるわね?」

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