洋梨少女

吉高 楊人

第1話  

 ナイフのような鋭い冷気が漂う中、裸体をむき出しにした彼女がこちらを睨みつけている。全身の骨骨が隆起しており、乳房も限界までしぼんでいた。食べ物もろくに食べていないのだろう。自分自身でひっかいたのであろうか。彼女の肌には多数の傷跡があり、その多くからはすでに腐敗がはじまっていた。その傷が僕の目に映った瞬間、彼女はもう人間としての生活が不可能であることを僕は悟った。もはや主体性を持っていない彼女の周りには、人間としての生活の痕跡が一切なく、冷たくて暗い部屋の中で不幸に縛られている彼女だけが存在していた。声をかけても反応もない。おそらく彼女は自分が何者なのかわかっていないであろう。しかし、私は彼女が誰なのか一目見た時からわかっていた。彼女は長谷川葉子だ。


 葉子と初めて出会ったのが僕が十七歳のころだった。十七歳の葉子の肌は手に触れると溶けてしまいそうなくらい白く、当時から彼女のスタイルは西洋人のようだった。葉子の父親はその地域一番の外科医で、幼少期からピアノや華道などの英才教育を受けており、カトリック系の私立の女子高に通っていた。当時の僕は葉子と親しい瑞希という女と仲が良かったため、僕たちはたびたび三人で食事をしたり買い物に出かけたりしていた。週に二回ほど葉子と瑞希の通っている女子校の近くにある喫茶店でお茶をし、月に一回ほど週末に買い物にでかけるというのが僕たち三人のルーティーンだった。瑞希は僕に僕の通っている高校の男の子を一人連れてきてほしいというお願いを合う度されていたのだが、僕は高校には友達が一人もいなかったので、「みんな部活で忙しいんだよ」といつも雑な言い訳をしていた。以前は瑞希と二人で会うこともあったのだが、葉子と親しくなってからはめっきり減っていった。葉子がアルバイトで来れないときは僕と瑞希とで葉子がアルバイトをしている喫茶店へ行ったこともあった。葉子は僕たちを見つけると、優しく微笑んだ。僕は二人とお茶をしているときはとても平和な気分になった。二人いるとあっという間に時間が過ぎていき、学校で話し相手がいないことなど忘れることができるのだ。

 ある時、瑞希が女の子の事情で家から出られないというので二人で会うことになった。僕は悩んだ。僕はそれまで葉子と二人きりであったことがなかったため何の話をすればいいのかわからなかったのだ。しかし、僕が葉子と二人きりで会うことを避けると幸せだった三人の関係が終わってしまうのではないかと思った。それに僕は葉子のことを全く知らない。休みの日は何をしているのか、どんな本を読むのか、将来どのような大人になりたいのか。僕はとても不安だった。いつもの喫茶店にあらかじめ瑞希の決めていた集合時間につくように僕は向かった。行く道の途中も僕の脳内は葉子のことばっかりだった。なぜ瑞希は僕と葉子を合わせたのだろうか。もし僕が葉子と会わなかったらこんな不安な気持ちにならなかったのに。僕は一瞬瑞希を責めた。しかし、三人でいつもに喫茶店でお茶をするあの幸せな時間を僕に運んできたのは瑞希なので、僕はそっと心の中で瑞希の生理を労わった。そんなこんなしているうちに約束の時間が迫ってきている。僕は彼女と二人で会話するイメージができないことにいまだ焦りを感じていた。もしかしたら彼女と僕とは住んでる国が違うのかもしれない。西洋人から見ると僕と葉子は同じ東洋人に見えるが、日本人が僕たち二人を見ると、僕と葉子は違う国の人間に見えたかもしれない。そのくらい僕と葉子は住む世界が違っていた。そんなことを考えながら僕は約束の喫茶店についた。

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洋梨少女 吉高 楊人 @tukiyou

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