後編


「――それで、今日はどうしたのかしら、芥尾君。それに……石之川さんも」


 放課後の屋上。


 柵の側に立ち、茜色に照らされるグラウンドを眺めながら、夏目先輩は俺達に尋ねた。

 込み入った話になることは目に見えていたので、他の生徒の迷惑にならないよう屋上で話すことにしたのだ。


「龍崎センパイ。これ、どーゆーことか教えてくんない?」


 紅葉は例の脅迫状を翳して見せる。

 それを目にした先輩は大きく目を見開いた。


「それ、は……芥尾君、彼女に見せたの?」


「すみません、夏目先輩。手紙を勝手に見せたことは謝ります」


 脅迫状とはいえ、他人に見せたことは許せないはずだ。

 あとで償おう。

 命以外で。


「センパイ。手紙はアタシが見せてって頼んだ。だから漱介は悪くないし」


「そう……なら不問にするわ。で、あなたは私に何を聞きたいの? 石之川さん」


「この手紙のこと。なんで、こんな書き方したの?」


 そう紅葉が尋ねると、夏目先輩は怪しく微笑んだ。


「芥尾君にも言ったけれど、私は想い人を殺すことが、最上級の愛情表現だと思っているの。だから私はその宣言を手紙に書いて、芥尾君に送った。それだけのことよ」


 どうして、先輩の恋愛観はそこまで歪んでしまったのだろうか。俺には理解できない。

 すると紅葉は首を傾げた。


「それ、本当? センパイ、本当に漱介をコロシタイって思ってんの?」


「……どういう意味かしら?」


「センパイが言ってる『殺す』ってさぁ……ただの照れ隠しなんじゃない?」


「――」


「え、照れ隠し?」


「アタシ、気付いちゃったんだよね~」


「気付いたって、何を?」


「この手紙、もう一度よく読んでみて」


 紅葉にそう言われて俺は今一度、脅迫状に目を通す。




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 拝啓 


  あナタヲ ゼッタいニ 殺しマス

  警察ニハ 決シて 言ウナ

  いッタラ 末代まデ 呪イ 殺す


 敬具


 追伸  お固いのは、いらない。感じない。



 龍崎 夏目 より 


 芥尾 漱介 様 


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 改めて読んでみると、文章はひらがなとカタカナと漢字が乱雑に混ざっていることが分かる。

 だが、穏やかではない文面ということ以外に分かることはないが……。


「分かんない? 追伸に『お固いのは、いらない』って書いてあるじゃん? おカタい……つまり文章から『カタカナ』を取り除くの」


「な、なるほど……?」


「それから『感じない』は『かんじない』、つまり『漢字無い』ってことだから、カタカナと漢字を抜いたひらがなの文章だけを読むと……」


 紅葉は手紙に書かれたひらがなを順に指差す。

 それを俺が辿って読んでいく。



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  あ◯◯◯ ◯◯◯い◯ ◯し◯◯

  ◯◯◯◯ ◯◯て ◯◯◯

  い◯◯◯ ◯◯ま◯ ◯◯ ◯す


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「あ、い、し、て、い、ま、す……『愛しています』……あ、あぁっ!?」


 なんと、超ストレートな短文の愛の告白が出てきたではないか!

 あれ? 先輩はもしかして本当に照れ隠しを……あ、顔逸らした。


「な、ななな、なぁんのことっ、かっ、かかかしら……?」


 この動揺具合は間違いない。クロだ。

 紅葉が小さくため息を吐く。


「認めなって、龍崎センパイ。素直に想いを伝えられないから、こんな手紙書いたんだってさ」


「わ……私は、芥尾君に好きって言ったわ! だ、だから、想いを伝えられないなんて――」


「いや、『好き』と『愛してる』じゃ全然違うっしょ、重さが。でも認めないなら、漱介をコロそうとしてる危険な人として、センセにチクるから。いい?」


 紅葉の言葉に先輩は顔を赤くし、俯いて押し黙ってしまった。


 なんということだ。

 あれほど俺の頭を悩ませた先輩の問題発言が、まさかただの照れ隠しだったなんて。

 怒りを通り越して呆れてさえ来る。


 しかしそう考えると、途端に先輩のことが可愛く見えてきた。

 勿論、照れ隠しだとしても酷い言い訳だが、もう許してしまっている自分がいる。


「……どうして」


「え?」


「どうして、あなたが突っかかって来るのよ! あなたには関係ないでしょう!? 石之川さん!」


 突如、夏目先輩が激昂した。

 自分の気持ちを暴露された羞恥に耐えられず、暴走気味の様だ。


「ど、どうしてって……アタシは、漱介の幼馴染だし? 幼馴染として心配っていうか――」


「あなたも芥尾君のことが好きなんじゃないの!? だから突っかかって来るんでしょう!? ねえそうなんでしょう!?」


 先輩の思考がだいぶ支離滅裂になっているらしい。

 反撃のつもりで言ったのだろうが、先輩のその考えは的外れだ。


 紅葉はただの幼馴染みであって、俺のことなんて好きなはずが――。


「は、はぁ!? ななななななに言ってんだし! アタ、アタシが漱介を、すっ、すきなわけないし!」


「紅葉?」


 今の反応は先輩と全く一緒だ。

 

 え、紅葉も俺のことが好き?

 いやいや、まさかそんな……。


「な、なんだし」


「どうしてこっちを見てくれないんだ?」


 紅葉は俺から顔を背けている。耳が真っ赤だ。

 俺は確信を得るため、紅葉の肩を掴んで振り向かせようとする。


「……なし」


「ん?」


「こっち見んなし! バカァー!!」


 次の瞬間、俺の頭部左側面に非常に鋭くて重たい衝撃が走った。


 それが紅葉の『上段回し蹴り』によるものだと理解したのは、床に撃沈した後だった。


 そういえば紅葉のやつ、中学まで空手やってたっけ……あっこれヤバイ。死ぬかも。


「そ、漱介!? ご、ごめん! 大丈夫!?」


「ふふふ……紅葉さん。本当はあなたもそう思ってたのね。殺すことが最上の愛だと」


「バカなこと言ってないで早く先生呼んできて! 漱介! これ、何に見える!?」


 紅葉が何か言ってる。


 俺に見えるのは、夕空に浮かぶ黄昏月……大きくて綺麗な満月だ。


「月が……綺麗だなぁ……」


 そこで、俺の意識は完全に途切れたのだった。




 この日を境に夏目先輩と紅葉による血で血を洗う大戦争が始まり、俺は幾度も死にそうな目に遭うわけだが、それはまた別のお話—―。

 





 完

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月が綺麗だからって死んでたまるか! 天野維人 @herbert_a3

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