月が綺麗だからって死んでたまるか!
天野維人
前編
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拝啓
あナタヲ ゼッタいニ 殺しマス
警察ニハ 決シて 言ウナ
いッタラ 末代まデ 呪イ 殺す
敬具
追伸 お固いのは、いらない。感じない。
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この脅迫状が入った封筒を机の中に見つけたのが、昼休みのことだった。
普通なら誰かのイタズラかと思ってすぐに破り捨てるところだが、それは止した。
なぜなら差出人は、俺の先輩で文芸部部長の【龍崎 夏目】だったからだ。
成績優秀、容姿端麗、品行方正の三拍子を揃え、全校生徒が一目置く完璧美女。
普段から冗談だって言わない真面目な人が、こんなイタズラめいた手紙を寄越すなんて思えなかった。
尚のこと彼女を
『放課後、屋上に来てちょうだい』
手紙を読んだ直後、そんなメッセージが先輩から送られたからだ。
脅迫状を破り捨てる前に、直接本人に確認することにしたのだ。
そして、指定された放課後。
屋上を訪れた俺は、待っていた先輩からこう告げられた。
「あなたのことが好き――だから殺すわ」
怒涛の衝撃発言二連続によって、俺の脳はシェイクされた。
だが気力で平静を取り戻す。
「……すみません、龍崎先輩。今なんて言いました?」
「あなたのことが好きって言ったのよ。芥尾君」
先輩は堂々とした態度で立ち、不敵な笑みで俺に向けた好意を淡々と紡ぐ。
普段から俺のことをなにかと気にかけてくれていたので、「俺のことが好きなのでは?」という淡い期待は抱いていた。
「先輩が俺の事を好きなのは、わかりました。それはすごく嬉しいです」
先輩の好意が俺の勘違いでなかったことは、とても嬉しい。嬉しいのだが――。
「それで、聞きたいのはその後の言葉なんですけど……なんて言いました?」
「『殺す』って言ったのよ。あなたを」
晩春だというのに、寒風が全身を吹き抜けた気がした。
「なぜぇ……?」
「あなたのことが好きだからよ。芥尾君。あなた、【片恋】って作品を知ってるかしら?」
「片恋……確か、ツルゲーネフのアーシャを二葉亭四迷が翻訳したものでしたっけ」
「ええ。二葉亭四迷はこの作品において『愛している』に相当する言葉を『死んでもいいわ』と訳したわ。私には翻訳の意図が分からなかったけど、私はこれを再翻訳して『好きな相手になら殺されてもいい』という意味を持っていると確信したの」
「超訳ですが、理屈はなんとなく理解出来ますよ。理屈は」
「でも相手が死んでしまったら、二度と愛を紡ぐことはできない。そうでしょう?」
「……そうですね」
「だから私、あなたを殺すわ」
「飛んだ! 論理が!」
どうしてそうなった。
そこからなぜ、意中の相手である俺を殺すことになるのだ。
「あら、分からないかしら?」
「すみません。犯罪心理学については不勉強なもので」
「そんなもの必要ないわ。いい? 意中の相手に殺されることは、これ以上相手に好意を示すことが出来ないということ。これ以上ないということは、すなわち『最上級』ということ」
「……つまり?」
「相手を殺すことは、好意を表現する最上級の手段と言えるわ」
「言えませんよ! どうなってんですか!? 先輩の思考回路!」
先輩の思考を肯定するわけにはいかない。
肯定すると、全ての殺人が愛ゆえの行動になってしまうからだ。
「可愛さ余って憎さ百倍」なんて言葉もあるが、これはそういうことじゃない。
先輩は、俺が憎いから殺すのではない。
好きだから殺すのだ。
全く理解できない。
「……ちなみに、あの手紙はやっぱり先輩が?」
「本当は今すぐにでも殺したいのだけど、清いお付き合いは文通から。そうでしょう?」
「古風かっ!」
どうやら、いきなり殺されるわけではないらしい。
にしても文通とは古風だ。明治か。
一旦胸を撫で下ろすが、俺はさらっと言われた「お付き合い」を聞き逃していなかった。
「っていうか、あの、龍崎先輩? 俺、先輩と付き合うなんて一言も……」
「今日は告白と文通したい旨を伝えるのが目的だったから、もう帰るわ。それとこれからは夏目って呼んでちょうだい。また明日ね、芥尾君」
「ちょっ! 先輩! 待っ、話を――行っちゃったよ」
先輩はそのままこちらを振り返ることなく、一目散に屋上を後にした。
警察に相談……いや、殺害予告をされただけでまだその段階ではない……はずだ。
*
あれから三日、今のところ先輩から殺される気配はない。
だが以前よりも先輩との距離が近くなった気がする。物理的に。
当然文芸部の部室などで顔を合わせるのだが、常に俺のすぐ隣に座るようになったのだ。
しかも肩と肩がくっつくぐらい。
変化はそれだけではない。
まず直接の会話は減り、手紙でやりとりすることが増えた。
文通したいと言っていたから、それはまあいい。
ただ、手紙の内容が「理想とする死因はなに?」とか「何歳までに死にたい?」とか、とにかく物騒。
俺が想像していた文通と違う。
ただ、殺すと言っていた割に対面だとその気配がない。
それなのに文面は間違いなく
先輩の思考が分からないよ俺は。
どうしたらいいんだ? 何が正解なんだ?
言われえぬ恐怖と緊張が俺の心を徐々に苛んでいく。
このままだとストレスで死にそう。
かといって、いくら考えたところで答えなど出るはずもない。まるで霞を掴むようだ。
俺はため息を吐きながら机に突っ伏す。
「おっす、漱介!」
「
ふと、明るい雰囲気の女子が話しかけてきた。
姿を見て確認するまでもなく、幼馴染の【
顔を上げれば、やはり目の前には笑顔がまぶしい金髪ギャルがいた。
「ここ数日元気ないじゃん。どったの?」
「まぁ、ちょっとな……」
「え、ガチのやつ? 大丈夫? アタシ、相談乗るけど」
それまでとは打って変わり、心配そうな顔でぐいっと覗き込んでくる。
白シャツの開いた胸元から深い谷間が覗き、俺は思わず視線を逸らした。
幼馴染ということもあり、クラスで一番仲がいい女子は紅葉だ。面倒見もいい。
しかし、先輩との件を正直に話すわけにもいかない。
――と思っていたのだが、さすがに相談相手がいない状態で現状を打破するのは厳しい。
結局、俺は紅葉に他言無用を約束してもらい、龍崎先輩から告白されたことと同時に殺害予告されたことを打ち明けた。
それらに対して紅葉は真顔で答える。
「フツーに犯罪じゃん。キョーハクザイ……だっけ? っていうかアタマおかしいって」
「やっぱり、そうなるよな……」
「絶対そうだって! 漱介、ノンキすぎ! そういう優しいところは漱介の良いところだと思うけどサ……っていうか漱介、あのセンパイに告白されたの? 返事は?」
「してない。嬉しいとは言ったけど、オーケーはしてない」
「ちゃんと断った、ってこと?」
「いや、結局ちゃんと断れなくて……その後も何度か言おうとしたんだけど、中々言えなくて」
「それ、ゼッタイ付き合ってるって思ってるじゃん! えー、あの完璧美女が相手かぁ」
「相手? なんの?」
「な、なんでもないし! でも、好きだからコロスって言ったのに、なんもやって来ないの?」
「そういう気配はないな。手紙の内容だけは、どれもそれっぽい内容だけど」
「ふーん……ちょっとその手紙、見して」
俺はバッグに入れっぱなしだった最初の
手紙に目を通した紅葉は引き気味の苦笑いを浮かべるが、少しすると険しい表情へと変わった。
そして何を思ったのか紅葉は俺の腕を掴み、そのまま教室の外へと連れ出した。
「お、おい紅葉! 急にどうしたんだよ! いったいどこに――」
「龍崎センパイのとこ! 直接本人に確かめる!」
俺は紅葉の怪力に引きずられるようにして、三年の教室がある下の階へと向かった。
後編へ続く
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