最終話 魔術師達は嘘をつく

 大規模な魔術を行う際に必要になる魔術陣を布に描き、教会の奥の女神を模したステンドガラスの前に敷いた。

 布に描かれた円形の魔術陣の中央に魔術王の遺体を三個並べ、眠らせていた彼女をその布の上に寝かせた。

 メイベルが目覚めたら、計画は台無しになる。最後の別れを言えない事は残念だが、素早く魔術王を召喚する為の呪文を詠唱した。


 『――冥府より私を呼んだのは、お前か』


 強烈な発光後、魔術王は姿を現した。体の部位が少なく不完全なせいか、煙状の物体が辛うじて人の形をしているような状態だった。


 「初めまして、魔術王。叶えてほしい願いがあります」


 『我が存在を顕現させた者全てに権利はある、代償は分かっておるな』


 「はい、集めた部位の生身の肉体を代償にすることです」


 『願いを言え』


 「この女は俺の妻です。妻は不治の病により、もう長くは生きられない。お願いします、彼女の病を取り除くことは可能ですか」


 『天命を延ばすことは望まぬのか』


 「いいえ、彼女は人の生を全うすることしか望んでいません」


 『魔術師には理解できぬな。痛覚だけは感じさせないようにしてやろう』


 僅かに人間らしいことを呟いた魔術王は魔術を発動させた。


 「あ」


 舌が消えた。

 これでは味覚を感じられない、もう料理の苦手なメイベルの料理を味わえない。


 「ひっ」


 右耳が消えた。

 愛している人の鈴のような声を耳にすることはできない。


 次は視力だ、最後にメイベルの姿を必死に焼き付ける。


 (大丈夫だ、この想いがあれば冥府の世界でも幸福だ)


 予告もなく視界は完全に闇一色に変わった。

 味覚、聴覚、視覚を奪われ俺は両膝をついた。


 全て奪われたが、全て救われた。


 最後に、全身を砂に変える自死の魔法を施した。これで、彼女の重荷になることはない。生き永らえてしまえば、責任を感じたメイベルは俺の世話をしながら人生を過ごすことになる。

 君を悲しませるなら、砂になって世界に消えたい。


 最後は教会の外まで行って、砂になった肉体を風に流すだけだ。


 よろめきつつ前進する。

 幸せな思い出をありがとう、温かな時間をありがとう、君一人に愛される人生は幸福過ぎた。


 ようやく教会の扉の取手に触れた。その時――。


 「――手を貸すよ、アリスタ」


 え、と言って顔を上げると、そこにはメイベルの顔があった。そして、失っていたはずの視力、聴力、味覚が猛烈な早さで肉体に戻ってきた。


 「魔術師は嘘をつく」


 その一言で、俺は全てを察した。


 「お前、魔術師だったのか」


 「忘れた? 元々は魔術師の家系だよ。アリスタの魔術にはかからないように旦那様特化の魔術結界を施してたの。代償は私の残りの寿命」


 メイベルは、少し誇らしそうな顔をしていた。

 教会の外は、心地よい夜風が吹いていた。空には大きな月が照らし、夜とは思えないほどの月明かりが俺達を照らしていた。


 「俺が無事だなんて、望んじゃいない」


 「駄目だよ、私が魔術王にアリスタの肉体を返してくださいってお願いしたんだもん」


 これで全部水の泡だ。

 メイベルの事を怒鳴りたい気持ちになるが、妻に内緒で自分を犠牲にしようとした俺には怒る資格なんてない。

 肩を落とす俺をメイベルは強く抱きしめた。


 「ありがとう、私の為に全てを犠牲にしてくれた」


 「救えなかった」


 「ありがとう、最後の瞬間まで愛した記憶を与えてくれた」


 「消えるな」


 「ありがとう、一生分の愛を――」


 声が途切れ、俺はメイベルの顔を見つめた。幸せそうな顔で、肩にもたれかかりながら眠っていた。


 「嘘つきだな……」


 妻の体を抱きしめながら、俺はいつまでも泣き続けた――。




 彼女の遺体は師匠に預けた。

 魔術により遺体の腐敗の進行を停止させた。


 三個の遺体の一部で病気の治療が可能なら、もっとたくさんの遺体を集めたら、メイベルを蘇らせることもできるかもしれない。


 旅に出た時は軽かったがすっかり重たくなった鞄を担ぎ、次の遺体を探して旅立つ。


 「さあ、新婚旅行の続きを始めようか」

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魔術師は嘘をつく 構部季士 @ki-mio

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