第4話 魔術師の新婚旅行
両親の集めた情報を元に師匠の協力を得て、ある程度の目星は付けていた。
最初に目指したのは、広大な面積を持つ森林だった。
「メイベル、木登り好きだっただろ? ここなら登りたい放題だぞ」
「結婚してまで、子供の頃の話なんてしないでよ! いーだ!」
「その仕草こそ、子供のまんまだろ……」
俺達はまとわつく虫を追い払いながら進んだ。自然の中で好き勝手成長した木々達だけあって、どれも驚くほど高い。さすがのメイベルでも難しいと思っていたが――。
「よくあんなデカい木に登れたな」
「そりゃ草むらの中から動物出てきたら、驚いて木ぐらい登るわよっ! 木登りなんて、あー懐かしいっ!」
「現役のように、木に登り慣れていた気がするが」
「ムカシノキオクガシゲキサレタノネ」
危険な動物ではなく有名な草食動物だったが、いきなり大人の俺達より大きな動物が横切ったら当然の反応かもしれない。思わぬ形で、子供時代に木登り女王と呼ばれた彼女の片鱗を見てしまった。
幸いにも狂暴な動物は生息していなかったが、動物達と同じ臭いが出るように簡単な魔術を施した。余計なことをしなければ襲われる心配はないだろう。
森林の奥に到着し、浅い水の張った池の中心で細長い棒が遥か高くまで伸びていた。
「どうやら、あの一番上にあるらしい」
「ちょっと、どうするつもり? あんな所から落ちたら大怪我じゃすまないわ」
「魔術で肉体を保護させる。目的の物を入手後は落ちても骨折程度で済むはずだ」
「はあ……相変わらず無茶ばっかり……」
がっくりと肩を落とすメイベルに申し訳ないが、やらなければいけなことがある。こんな木登り程度で足をすくませているつもりはない。
「ねえ、あの棒を登る前にご飯にしない? 町でサンドイッチ作ってきたの。あっちの方に陽当たりのいい場所があったからそこで食べよっ」
伝説が真実かどうかを確認する為にも木登りに挑戦したかったが、これは彼女と俺の新婚旅行も兼ねていることを思い出す。
少し思案した後、彼女と食事をとることにした。
※
お手洗いに行くと言ったきり、いつまで経ってもメイベルが帰ってこない。不安になり探しに向かう、例の棒がある池の前に座り込むメイベルを発見した。
「どうし――」
近づくとメイベルは顔を歪ませていることが分かった。慌てて駆け寄ると、両足が青紫色に変色し腫れている。
「失敗したなぁ。あと少しで地面だったのにいたた」
脂汗を顔に滲ませるメイベルに言葉を失っていた。
捻挫でもしたのか、いや折れているかもしれない。魔術を使えば傷の治療は可能だが、どうしてこうなった。
怒っていいのか心配した方がいいのか、発言すべき言葉を悩んでいると、メイベルが小さな木箱を手にしていた。
「メイベルだけで取りに行ったのか!?」
「はははーそのまさかさー」
気丈に振る舞おうとしているのに、その表情に余裕はない。
恐る恐る木箱を受け取り開封する。――そこにはミイラ化した人間の耳が入っていた。一見しただけで、そこに強大な魔力な内包されていることが分かった。
すぐに木箱を閉じ、メイベルを抱きかかえた。
「わぁい、お姫様の抱っこだ~」
「言ってる場合か、すぐに治療する」
「どうしてこんな無茶を私がやったか聞かないの」
「言わなくても分かるさ、幼馴染で恋人を飛び越した夫婦だからな」
痛いのだろう、激痛を堪えつつメイベルははにかみながら笑った。
※
次の遺体は海中だった。
広い砂浜、幽霊が出ると噂されるだけあって人も皆無で、愛妻と一緒に海水浴でも楽しめればいいのだが目的は別にある。
「辛気臭いことしてないで、泳いでから探そうよー」
「駄目だ、夜はゴーストの類も出る。たぶん、魔術王の遺体が原因だ。遊ぶのは回収してからだ」
「ぶぅぶぅ! ……まあ仕方ないか。前に競争した時は引き分けだったけど今度は勝つよ」
「ああ、昔ニックさんに連れて行ってもらったな。村に海なんてなかったし、下手したらまた引き分けじゃないか」
「むぅ、まあ夫婦仲良くてのも悪くないか」
納得したらしいメイベルを横目に、俺は空気を含んだ球体を魔術で作り出し口元に装着した。この空気を含んだ球体が無くならない限り、短時間だが水中での呼吸も可能になる。
早速、海に潜ろうとする俺の手をメイベルが引いた。まだ遊びたいのかと思ったが、その目は真剣そのものだった。
「魔術を使ったら、また何か失うの? この間、私の怪我を治療した日の夜に苦しんでいたよね」
「魔術は代償を必要とする。あの怪我を治療した代償に、お前が完治するまでに感じるはずだった激痛を全て受けいれた」
「もし、アリスタが辛い目に合うなら無理して魔術なんて――」
「――大丈夫だ、今回の魔術は髪の毛を数本代償にするだけだ」
「違う! 私が言いたいのは、そういうことじゃなくて――」
メイベルの手を強引に振り払い、海に飛び込んだ。
今思うと、深夜に苦しむ姿をみせたのは良くなかった。一部の記憶を消去する魔術も無い訳ではないが、妻にそんな魔術は使いたくない。
心の中で何度も謝りつつ、魔術的な力により海流に動じることなく海底に眠る木箱を発見した。
中身は、魔術王の舌だった。
※
最近、メイベルが咳き込む姿を見かける。
隠しているつもりだがメイベルが苦しんでいることを知りつつ、俺達は楽しい新婚旅行を過ごしていた。
それこそ、一生分の幸福を満喫するように。
「ここで最後だ」
その街で一番大きな時計塔の最上階、巨大な鐘が決まった時間に鳴り響く仕掛けになっていた。
「こんなところに入っていいのかな」
「大丈夫だ、俺の師匠が話をつけてある。それより、この時計塔の名前知っているか」
「アリスタが教えてくれないと、私は知らないよ」
「はは、そうだな。この塔は、見守りの塔と呼ばれている。どれだけ遠く離れても、ここから愛する人を見守ることができるように建てられた」
「……だから、この塔の下は墓地だったんだね」
「そうさ、でもみんな幸せそうに祈っていただろ」
うん、と頷いたメイベルに微笑みかける。
「メイベル、もうすぐ鐘が鳴る。耳を塞げ」
慌てて耳を塞ぐメイベル、この瞬間を俺は待っていた。
一日の内、この時間だけ三回なるはずの鐘が一回多く鐘が鳴る。その時、鐘の下に魔力の流れが生まれることで、鐘の音が耳の中に反響する間だけ木箱が出現する。
タイミングさえ合えば簡単に木箱を手に入れた。箱の中には、目が入っていた。
耳から手を離したメイベルは、こちらに近付き木箱の中を覗き込むと顔を顰めた。
「うえぇ、人間の目玉だぁ」
「嫌なら見なきゃいいいのに」
「つい、見ちゃうんだよ! それで、これからどうすんの?」
「この街に教会があっただろ。魔術王にも縁がある場所だから、そこで魔術王を復活させようと思う」
「いつ?」
「今夜だよ、神父様に話は通してある。師匠の名前を出したら、すぐに許可を貰えたよ」
「今夜! きゅ、急な話だね」
「急じゃない、旅に出た日から決まっていたことだ」
メイベルの手を引いて、この場からさっさと離れようとするが、彼女が足に力を入れて踏ん張っていた。
「……ねえ、危険はないの?」
「当たり前だ、メイベルに危害が加わるようなことは絶対に――」
「――アリスタのことだよ! アリスタが私を傷付けないことは知ってる! でも自分のことは違うよね!?」
メイベルは必死に泣きつくような顔をしていた。
優しい彼女には代償を支払う俺の姿を見せるべきではなかった。むしろ好奇心の強い彼女は、よく我慢したほうだ。
そっと俺は彼女を抱きしめる。あっ、と驚いたような声を発した。
「大好きだ、メイベル。……眠れ」
魔術を発動させ、浅い眠りにメイベルが落ち両腕がぐっと重たくなった。
他者を眠らせることで、代償として多少の眠気に襲われる。
「俺は大丈夫、これから好きなだけ眠れるからな」
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