第6話
トタラは夢を見ていた。アンソニーの背中に乗って春の草原を駆ける夢だ。
青々とした草の匂い、風を切る音、アンソニーの温もりを確かに感じた。
春がきたのだ。
突然、ロゼに揺すり起こされて、夢が覚めた。
同時に、今見ていた夢の内容は忘れてしまった。
ロゼは、少し興奮した様子で目を輝かせている。
「春告鳥よ。声が聞こえたの。春がすぐそこまできてるのよ」
トタラは、耳を澄ませてみたが、鳥の声なんて聞こえない。
「夢を見たんだよ」
「夢なんかじゃない。絶対に聞こえたのもの。
春告鳥よ、間違いない」
そう言って窓を開けてみるが、外は真っ暗だ。
こんな時間に鳴く鳥をトタラは知らない。
しかし、ロゼは諦めなかった。
「ねえ、春を探しにいこう」
ブナ林の中を二人は手を繋いで歩いた。
落葉した木々の間から、月明かりが差し込み、足元を優しく照らしている。
いつの間にか雪は止んでいた。
青白く光る雪の上を、二人の足跡だけが影を落としていく。
二人は無言で歩き続けた。
さくさくと小気味良い足音だけが林の中を歩いている。
鳥の声一つしない。生を感じることのない青銀の世界が広がっていた。
二人は、夢の中を歩いているような気がした。
ここはさっきまで見ていた夢の続きで、自分たちは春を見つけるまで永遠と歩き続けるのだ。空腹も寒さも気にならなかった。
二人の頭にあったのは、春を見つけること。
そうすれば、きっと何かが変わると信じていた。
どれだけ歩いただろうか。
変わらない景色に意識が朦朧としてきた頃、徐々に空が明るみ始めた。
ふいに、ぽっかりと穴の開いた空間に出た。
朽木が雪の重みによって倒れたのだろう。
空から差し込む朝の光が、雪から顔を出す草花を照らしていた。
赤や白、黄色に紫、色とりどりの小さな花が群生している。
トタラは瞬きした。自分の見ているものが信じられなかった。
それらは、朝の光を受けてキラキラと輝いている。
「妖精が躍ってる」
ロゼの呟きに、トタラも目を凝らしてよく見てみるが、妖精の姿は見えない。
朝露に朝日が反射して光っているのを錯覚しているのだろうと思ったが、ロゼの横顔がキラキラと光って見えたので、何も言わなかった。
「スプリング・エフェメラル」
「え?」
「春先に咲く花のこと。
長い冬を地中で耐えて、雪解けと共に花を咲かすの。
春がきたんだ」
春がきた、その言葉が二人の未来を明るく照らすようだった。
目の前の光景を見ているだけで、お腹の底から力が湧いてくるのを感じた。
やっと長い冬が終わり、春がくる。
トタラは、町に戻ったら、アンソニーを探しに行こう、と思った。
そして、彼との思い出をロゼに話すのだ。
二人は、そのまましばらく春の妖精たちを見つめ続けていた。
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