無敗のからくり

新巻へもん

依頼をするときの人選は慎重に

 裁判ってしたことあります?

 私はあります。

 と言っても私事じゃなくてお仕事での話ですけどね。


 弊社所有の土地を貸していたことがあるんですが、契約期間が過ぎたのに借主が返さず不法占拠していたんですよ。

 ふざけんな返せや、ってなったんですが先方は応じません。

 それじゃ裁判所で会いましょうってことで弊社が訴訟を起こしました。

 というタイミングで私がその部署の担当者になったというわけです。


 ちなみにそのときは別件で賃料を巡って裁判を起こすぞと言われている案件も絶賛進行中でした。

 なかなかに素敵な部署に異動させて頂いて、本当に色んな経験をさせてくれる弊社には感謝の気持ちで一杯です。

 な訳はないだろ。


 それで弊社原告の訴訟の手続き自体は弊社の法務部が実務を行いました。ただ、法務部の方は弁護士資格はありますが、どういう決着をつけるのかは判断しません。

 事業判断はできないからというわけですね。

 事業部がクライアントであり、その要望に沿って動くという形になります。

 

 それで新巻が事業部側の担当者です。

 上司は丸投げなので一度も裁判所に足を運んだりはしません。

 一応お伺いは立てますが、良きにはからえって感じで実質的に新巻が好きにしていいという状態です。


 社会科見学のつもりで裁判所に乗り込みましたが、こういう民事裁判はほとんど事前に準備した書面で審理されるので法廷でのやり取り自体はものすごく退屈な展開なんですよ。

 一応担当者なので傍聴席で話を聞くんですが、淡々と進行してドラマチックな要素はゼロ。


 傍聴席の少し離れたところにいる被告である不法占拠者の社長の横顔をチラチラ見つつ、これどうするんだろうなあ、なんて考えていました。

 相手側の弁護士もよくこんな案件を受けたものです。

 まあ、私は裁判官じゃないですけど、万に一つも負けるはずはない案件。


 というのもですね、弊社所有の土地の賃貸借でしたが、契約する際に定期借地権を設定していましたのです。

 元々日本の法律だと不動産の借主の権利が強く保護されており、借主が居座ることが可能な制度でした。

 それでは簡単に土地を貸せなくなり、無駄に土地を遊ばせることになって不経済だというのでできたのが、この定期借地権です。


 最初に定めた期間が過ぎたら即終了します。その分、賃料を安めに設定したりするので借主にもメリットがあります。

 そういう経緯でできた形態なので、期間終了後の契約の継続を認めたりしたら制度が崩壊してしまうので絶対に認められるはずがないのです。


 じゃあ、なんで被告は頑張ったのか。こういうケースで揉めるのは怪しいコンサルタントが参謀につくケースが多い。

 本件でも怪しさ満点のおっさんがついてました。

 こういう輩の特徴はよく分からない協会や団体のよく立ち位置の分からない肩書の名刺をいっぱい持っています。

 そして、やたらと議員やら政治家とコネがあると吹聴するんですよね。

 小学校で三権分立を習っていないのかもしれません。


 裁判ではこちらは淡々と証拠を揃えて弊社の主張を記載した書面を提出します。

 先方がどんな反論をしてくるか楽しみにしていました。

 そして出てきたのを見て私は吹き出しそうになります。

 なんと契約の内容には一切触れず、先方の会社の歴史と係争地がないと商売にどれほど悪影響が出て困るかという非常に情緒的な内容が書いてありました。


 これ、相手側弁護士はポンコツ過ぎないか?

 弊社の法務部署も苦笑しかしていません。

 商売上の約束事ですから、こういうお涙頂戴のお話を並べられても裁判所が斟酌してくれるはずがないのです。


 被告側は定期借地権契約を結んだことも、期限が満了したことも否定していません。弊社の主張を認めていることになります。

 ゲーム終了か?

 先方の答弁書が出てきた次の法廷での審理後、双方が裁判官に別室に呼ばれました。


 なんと被告側が弊社の主張を丸呑みするので和解したいとの申し出があったというのです。

 係争地の即時引き渡しを要求していたのを1か月だけ待ってという条件がついているのが唯一の違いです。

 はっきりとは言いませんが裁判官も受け入れたらという雰囲気を出しまくりでした。


 だったら最初から裁判しなければいいのに、と思いましたが即受諾します。

 実質的に勝訴なので文句がありません。

 被告の社長は裁判費用と弁護士費用が無駄にかかったわけで、個人的にはお気の毒でしたが自業自得。

 だからあんな怪しい自称コンサルとか近づけなきゃよかったのに。


 結局儲かったのは被告側の弁護士だけ。

 しかも形式的には和解なので裁判には負けていないと言えます。

 いやあ、なかなかに汚い世界だと思いました。

 ということで裁判をするとき受けるときには慎重にね。


 弁護士がらみでもう一件別件です。

 第一種低層住居専用地域にスーパー建てるようなバリバリの違法行為を新巻が命じられたんですよ。ここは本当の中身はぼやかしてます。

 そんなもんできるかと抵抗して弊社の契約弁護士に意見照会をかけました。

 そうしたら、なんとやってみなきゃ分かりませんと抜かしたんですよ。

 

 上司は黒じゃないからやれって勢いづくわけです。

 仕方ないので社内の法曹資格持ちの偉い人のところに押しかけてアウトですよね、と聞いたら、こいつ何言ってんだって顔をされました。

 そう。新巻の主張通りセーフになる要素がないと言われます。


 お墨付きを得たので、上司に押印付き書面で全責任は新巻にないという文書を書かない限り命令には従いませんと申し上げました。

 滅茶苦茶嫌な顔をされましたが話は立ち消えします。

 あぶねえな、おい。


 弁護士に相談するというのは通常は緊急事態だと思います。

 でも、無敗という看板の中身の実際のところは分からないし、怪しい答えを返す人もいるんですね。

 相談相手は慎重に選んだ方がいいし、セカンドオピニオンは大事というお話でした。

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