ファイナルエピソード
「ここでいいよね」
「ありがとう」
「また迎えに来るからね」
「本当にすみませんっ」
「いいのいいの。有紗ちゃん、可愛いから。うちの平と仲良くしてあげてね」
「それは、もちろんですっ」
僕たちは母親の運転する車から降りると正門に向かって歩く。何人かの生徒の視線を感じるが、この際気にしない。
有紗はと言うと、視線に対抗して、腕を組んで胸をぎゅっと押しつけた。
「柔らかいかなっ?」
「理性が保てるとは思えないんだけども」
「じゃあ、本能に赴くままでいいよっ」
いや、そう言うわけにはいかないだろ。僕は組まれた腕を離した。
「あっ」
凄く悲しそうな顔をする有紗。良心の呵責を感じる。
「これでどうかな? 流石にここで暴発したらやばいし」
有紗の手を取り指と指を絡める。
「えへへへっ、恋人繋ぎぃ」
正門を通り過ぎて、下駄箱で靴を履き替えて、教室に入る。
「あっ、有紗。大丈夫だった? 怪我はない。びっくりしたよ」
有紗が席に座るとすぐに田中さんが心配そうに近づいてきた。一応、田中さんと慎吾には連れ去られた時に連絡をしていた。
「えへへへっ、大丈夫だよ。今は平くんの家から通ってるしーっ」
「えっ、有紗。あの家出たの?」
「だって、婚約されそうになったし……」
「お前さ。もう二度とうちの敷居をまたがせるな、って、お前の爺さんキレてたぞ。あの後、お前のお父さんが入ってきてマスコミに凄いこと暴露しまくってるし、うちの会社も流石に提携解消と言い出す始末だし、お前の家やばいんじゃねえの」
有紗と田中さんの話に太一が割って入った。心底疲れた表情で、それだけ言うと席に座る。
「まあ、良かったんじゃねえの。自分のわがまま通した結果、会社倒産するんだぜ。流石にこんな地雷女、俺の方が願い下げだね」
「えっ、知らなかったよっ」
僕は有紗の肩に手を置いて、耳元で有紗にだけ聞こえるように言う。
「有紗が気にする必要はないよ。お父さんだって、理由もなしに叩いたわけじゃないだろうし。とりあえず帰りにお父さんに会ってみたらどうかな?」
「うんっ、そうする。平も来てくれるよね」
「もちろん一緒に行くよ。それと今回のこと、責任感じる必要はないからね」
田中さんが僕と有紗を交互に見て、ニヤリと笑った。
「もう、ふたりとも仲良いね。平が言うように気にする必要なんてないない。もし倒産するなら、有紗に関係なく将来そうなってたんだよ。有紗の犠牲で成り立つ会社なんて必要ないよ」
「でも、埼都線倒産したら、利用している人とか大丈夫なのかなっ?」
「大丈夫だって。こう言う話は尾鰭がついてるからね。大体が提携先などが出てくるんだよ」
昨日は有紗のことが気になって、テレビがどのような報道しているか見て来なかった。
僕が有紗を奪って逃げただけにしては、山下社長まで出てくる必要はない。有紗が逃げたのが僕の家だと分かっているにも関わらず、会長の関係者が訪れなかったことも不思議だった。
スマホで記事を調べていくと、雑誌の掲載予告に埼都線のスクープ記事が載っている。
(埼都線、合併解消。偽りの婚約者を演じ続けた一人娘の苦悩)
(冬月夫人が語る会長の独断で決められた許婚婚)
(冬月家、不正疑惑。元旦那が語る会社から抜かれた資金の行き先)
「平くん、怖いよっ」
有紗が僕の胸に飛び込んでくる。柔らかくて、いい匂い。昨日はうちのシャンプーとリンス使ってたはずなのに、なぜ女の子って、こんないい匂いがするんだろう、と余計なことを考える。
「有紗、ちょっとダメだってば」
田中さんが現実に引き戻してくれた。流石に教室で、これはやばい。案の定、黄色い声の渦に包まれていた。
「お前らうるさい。ほら、朝礼始めるぞ。ほら、平。彼女救ったヒーローかもしれんけど、学校でそう言うのはダメだからな」
先生が冗談めかして言ってくれて、騒ぎは大人しくなる。正直、助かった。
授業の板書をしながら、有紗の方をチラッと見た。心配そうな表情をしているが、気にしても仕方がない。
そもそもこの婚約が本人の意思によらないものだったのだから、無効で当然なのだ。
ウエディングドレスに関しては、母親がホテルに持って行ってくれる、と言っていた。どちらにせよ、有紗はプリンスホテルに行かない方がいいだろう。
高校生の僕らがそもそも会社の将来なんて気に病む必要もない。不正が横行し、合併しなければどうしようもなくなっていたのであれば、倒産した方がいい。有紗の時代まで、会社を残す必要なんてないんだ。
目線を太一に向けると、あからさまに僕を睨んでいた。合併が白紙になり婚約者ですら無くなった太一の僕への恨みは相当なものだろう。
この合併話自体、太一が推していたんだしな。
大変なことになったが、それでも有紗を救い出せたのだから、後悔は全くない。
僕は有紗の後ろ姿を見ているとチラッと後ろを振り返った有紗と目が合った。にへらっと緩い笑みを浮かべる。
(怒られるぞ)
(いいもん)
口の動きだけで会話をする。
「こらっ、冬月、佐藤。授業中にイチャつくな」
万年独身と噂されるアラフォーの女性教師に思い切り睨まれた。僕と有紗はごめんなさい、と頭を下げるとクラスは笑いの渦に包まれる。
「まあ、嫁なんだから仕方ねえよ」
「そうだそうだ」
目の前の男子生徒が、笑いながら言うと教室は笑いの渦に包まれた。
「えっ、わたし奥さん!?」
後ろから見ても分かるくらい有紗の耳は真っ赤になっていた。
そんな有紗を見ながら、ずっと一緒に生きていけたらいいな、と思った。
―――――
これで終わりです。
今まで読んでいただき、ありがとうございました。
本日、新作をあげる予定です。
そちらももしよろしければ、応援してあげてください。
それでは。
☆冬月さんは空気を読まない☆ 楽園 @rakuen3
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