四十三話 僕の家とウエディングドレスの有紗

 僕は代金を払うと、有紗と一緒にタクシーを降りた。


 鍵を開けて、玄関に入る。周りを見渡すと誰もいない。


「有紗、いいよ」


「おじゃましますっ」


 小さな声で有紗が僕に続いて玄関に入った。僕の後ろを音を立てないように歩く。


「ねっ、平くん。これってなんか悪いことしてるようだよ」


「しっ、しーっ」


 有紗の気持ちは凄く分かるんだけれども、どうやって説明するんだよ。


 僕が有紗をじっと見ると有紗は自分の姿に気づいて顔を真っ赤にした。


「なんか恥ずかしいねっ」


「だよな」


 僕は頭を掻きながら階段をゆっくりと上がった。


「やっぱり、母さんと一緒に妹も買い物に行ったみたいだね。さあ、どうぞ、どうぞ」


 僕は自室の扉を開けて、有紗を誘い入れようとした。


「兄貴、帰ってるの?」


「ゔぇっ?」


 一階から妹の声が聞こえて、カエルの鳴くような変な声が出た。まずいぞ。今見つかれば説明するのは一苦労だ。


「有紗、部屋に入ってて。ちょっと話してくるから」


「うん、分かった」


 僕が一階に降りると玄関に妹の由美と母親がいた。


「良かった。平、出かけたって聞いたから、どうしようと思ったのよ」


 玄関には30キロの米が置かれている。


「平、運べないから米櫃こめびつまで持ってってよね」


「呼ばれたから何かと思ったら、こんな理由かよ」


 僕は、内心ホッとしながら、米を台所まで運ぶ。有紗の体重よりは軽いけど、それでも1.5倍くらいだよな。やはり身体が大きいからだろうか、とふとどうでもいいことを考えた。


「ここまで持って来れば、大丈夫だよな」


「ありがとうね」


 一仕事終えて玄関に戻ると由美の姿はなかった。


「あいつ、自分の部屋に戻ったのか?」


 僕が内心ドキドキしながら二階に上がる。由美は僕の部屋に気楽に入る。その事実に気がついて冷や汗が出てくる。


「えっ、ええええっ」


「あっ、由美ちゃん、これは違うの……、えと違わないか……、でも……」


「兄貴の変態! 見損なったぞ」


 妹の由美が僕の部屋を飛び出し、自分の部屋に入って行った。


 僕は慌てて2階に上がり、自分の部屋に入る。部屋にはウエディング衣装のまま、僕のベッドにちょこんと腰かける有紗がいた。


「ごめんねっ、わたし凄い誤解されちゃったかもっ」


「こればかりは、仕方がないよ」


 冷静に考えると、有紗の服は家にまだ届いていないし、このままの格好でいさせておくわけにもいかない。


「隠れていても仕方ないし、母親に話そうか」


「この格好で、ですかっ? なんか恥ずかしいっ」


「僕がちゃんと説明するから」


「分かった。信じるからねっ」


 有紗は僕の顔をじっと見た後、僕に近づきそう囁いた。


 僕は有紗と一緒に一階に降りると、キッチンで食事の支度をしている母親がいた。


 有紗を見て一瞬、固まった後、


「えっ、えええ!」


 と、大声を張り上げた。暫く、そのまま僕と有紗を交互に見て、呆然とした。数分待つと冷静さを取り戻してきたのか、有紗を心配する表情に変わっていく。


「どうしたの? その格好……ウエディングドレスじゃない」


 コスプレにしては、出来が良すぎる。そもそも自宅でウエディングドレスのコスプレ自体ヤバすぎる。


「ごめんなさい。こんな格好で……」


 有紗が思い切り頭を下げた。


「なんか事情がありそうね。ふたりともそこに座って」


「うん」


 僕は有紗のこうなるまでの経緯を母親に話した。気になっていたのか話の途中から妹も2階から降りて母親の隣に座る。


「で、奪ってきたの?」


「うん、有紗のお父さんのおかげで、なんとか連れ去ることができたよ」


「でも、親御さん。被害届とか出さないかしら。平と有紗ちゃんはお互い好き同士だとしても、高校生だし……」


「有紗のお母さんから、被害届は出さないと言われてる。連れ去られる前だけども、多分大丈夫だと思うよ」


「でもさ、制服とかどうする? 普段着はわたしの使ってくれていいけど、制服は流石に中学とデザインも違うし……」


「ごめんなさい。わたしのわがままのために……」


「いいよ、いいよ。有紗ちゃんは本当に怖い目をして逃げてきたんだからさ。逃げた先が兄貴でいいのか疑問だけども」


 隣に座る有紗は、妹の方を一度見てから、僕をじっと見つめてきた。


「わたしは、平くん以外は、もう好きになれないと思うから……」


 そのまま顔を伏せる。耳まで真っ赤だ。


「あらあら、うちの平にそんなに好意持ってくれてることは嬉しいけどね。制服このこともあるし、どうしようか」


 勢いで連れ去ったのはいいけども、それ以降のことは考えてなかった。ウエディングドレスは後で返すとしても、学校を休ませるわけにはいかない。


 どうしようと悩んでいたら、インターフォンが鳴った。有紗を連れ戻しに来たのか。僕は手をぎゅっと握り、唾を飲み込む。


「ちょっと見てくるね」


 母親は、僕の心配が分かったのか玄関に走って行った。


「佐藤さんの家ですよね。宅急便です。ここに、印鑑を押してください」


 戻ってきた母親はニッコリと微笑んで、段ボール箱の送り状を有紗の方に見せる。


「あっ、お母さんだっ」


 箱を開けると有紗の普段着や制服、そして下着なども入っていた。手紙が同封されていて少しの間、有紗をよろしくお願いします、と書かれている。


「兄貴見るな、変態」


 下着を凝視しているのに気づいたのか、妹が僕を睨んでくる。


「ご、ごめん」


 僕は慌てて目を逸らした。


「わたしは見られても、平気だけどもねっ」


「だめだめ。そんなこと言っちゃ。こいつだって男なんだからね」


「わかってるよっ。連れ去られた時に覚悟はできてますからっ」


「いや、ちょっと待って。僕たち高校生だし……」


 流石に両親の前では、と言いかけて口を閉ざす。そんなこと言ったら、見てないところで何をするのか問い詰められかねない。確かに、そりゃ僕も男だし……。


「まあ、暫くはわたしの部屋で一緒に寝ようよ。兄貴の部屋に居させるわけにもいかないし」


 それもそうだな。お互い好き同士でも結婚もしてない男女が一緒の部屋と言うわけにもいかない。


「由美ちゃんの部屋に泊まっていいの?」


「うん、ゆっくり話そうね。聞きたいこともあるし」


「うん、よろしくね」


 僕は色々と根掘り葉掘り聞かれるんじゃ無いか、とハラハラするが、そうは言っても二人きりでなんか言えるわけはない。


 有紗は妹に手を引かれて、階段を数段上ったところで立ち止まり、僕の方をチラッと見た。


「ふつつかなものですが、これからよろしくお願いしますね」


 その笑顔に僕はドキッとする。


「僕の方こそよろしくお願いします」

 

 と頭を下げると顔を真っ赤にしながら、二階に上がってしまった。


 明日、学校で太一が何か言ってくることは確実だ。連れ去られる可能性だってある。どうせなら、その可能性を潰しておきたい。


「すまないけど、暫く送迎してくれないか」


「わかったわ」


 これで流石に連れ去ることはできない。



―――――



ハプニング編です。


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