第2灯
「マッチ、あるだけ売ってくれないか」
「……ああ……なんてありがたい事でしょう……でも、申し訳ありません。全部、燃やしてしまいました」
「じゃあマッチはいいから、これを受け取ってくれ。あんたを助けたいんだ」
クリームと苺に彩られた一人分の可愛らしいケーキと、安物の酒の小瓶。ご馳走というにはささやかだが、俺の精一杯だ。
俺の依頼人は、どこで手に入れたのかオシャレなキャンドルとスタンドを取り出し、火を灯した。
これが肝心だ。小さな火でもその明るさと暖かさが彼女の心の慰めとなればいい。
照らされるのは煉瓦造りの壁ばかり。
目に見えない存在を相手にしているのだから当然だ。
いまでは再開発の進んだこの辺りは、かつて貧民街だったという。
「さあお嬢さん、ともに新しい年を祝いましょう。こんなおじさん連中が相手ではつまらないかもしれませんが、そこは我慢してくださいな」
依頼人の声は震えていたが、まあいいだろう。
酒瓶が空になるころ、折をみて俺は彼女に告げた。
「あんたが帰れないのは、商売が上手くいかないからじゃあない。時の流れを受け入れれば、おばあちゃんの待つところへ行けるだろう」
* * *
寒さ厳しいながらも日が延びてくる頃。
あれから事務所のまわりで姿なき少女の声は聞かれなくなった……と依頼人はホッとした表情で知らせてくれた。
(了)
まぼろし 蘭野 裕 @yuu_caprice
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