まぼろし
蘭野 裕
第1灯
寒さに耐えきれず売り物のマッチを点したところまでは確かに現実だった。
気がつくと大好きなおばあちゃんと一緒に暖炉の火に照らされてご馳走に囲まれている。
これは夢なのか、それとも……。
「こっちに来たいと思っているうちはね、まだ来る資格はないよ」
おばあちゃんは私の望みを叶えてくれなかった。
けれど、その愛情に満ちた優しい微笑みを見ることが出来ただけでも、私の胸は懐かしさにはちきれそうだった。
このまま消えてしまってもいい。
けれど、光の向こうに消えてゆくのはおばあちゃんのほうだった。
「また会えるときが必ず来るよ。だから、もう涙をお拭き……」
おばあちゃん、行かないで。
私を追いていかないで。
でも私には分かっていた。
私は戻らなくてはならない。
寒空の下、銅貨一枚、マッチ一箱さえ残っていない空っぽの籠のほかには何もない現実の、木枯らし吹き荒ぶ夜の街角に。
おばあちゃんの微笑みを思えばもう少しだけ耐えられそう。
全部売れるまで帰ってくるなと言っていた両親との暮らしに。
もう少しでもお金があれば、きっと笑ってくれる……。
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