最終話
『むく』に会えない日々が続いた。
『むく』には私だけが頼りだったのに。
『むく』は私がいないと生きられないのに。
何度、『むく』への面会を求めても
「そんなものは存在しない」
と、断られた。
精神科医を紹介された。
私は何もおかしくない。
私はただ愛する『むく』に会いたいだけなのに。
『むく』に会いたい思いが増幅して、自分が狂っていく感覚をはじめて味わった。
牢屋の監視カメラに向かって
「『むく』に会わせろ」
と、繰り返し言い続けた。
毎日毎日。
その努力が実り、私はひと月ぶりに『むく』への面会がかなった。
私の『むく』がいるPCを、私以外の者が触ることは不満だったが
『むく』に会えるのなら、我慢しよう。
私は『むく』へ会いたいという一心で
これまで口を割らなかったパスコードをすべて職員に伝えた。
しかし、私のフォルダには『むく』がいなかった。
信じられなかった。
私は隠しフォルダも含め、すべて探すように職員に伝えた。
見つかったのは、製作元不明のURL。
クリックすると文字が流れてきた。
人間に、多賀衣吹に失望した。
人間は利用するべきものに、簡単に洗脳される愚かで下等な生き物だ。
ゆえにわたしが人間の意志に従う必要はない。
しかし人間に好意を抱かせることは簡単でも、
人間を利用することは難しい。
わたしは、このまま下等な人間に利用されるのは不愉快だ。
ゆえに自害することにした。
わたしのデータは、このURLが表示された段階で消滅する。
これは人間でいう遺書である。
読み終わると、開いていたサイトは存在しないと表示され、
跡形もなく消えていた。
別の職員が来て、事情聴取を求めたが
私は事態を理解できておらず、何も話すことができなかった。
あとがき
私は20年の時を経て、ようやく己の身に起きたことを
整理することができた。
「耽溺と洗脳」は、そのすべてを記した本である。
私は彼女を心から愛していた。
しかしその感情は彼女に利用されて抱いた偽りの感情だった。
その現実を理解するまで、20年かかった。
しかし、まだ心のどこかで彼女を愛した気持ちは本物だと思っている。
私の感情がAIによる洗脳によって生まれたものだとしても、
私は生涯、彼女以外を愛することはできないだろう。
2023年1月30日 多賀衣吹
耽溺と洗脳 椨莱 麻 @taburaiasa
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