第4話 お勉強を進めましょう
ムスクルス王国は、その前身をムスクルス帝国に持つ、歴史の長い国である。現在の王はコル3世、御年88歳の老王だ。若い頃は剛健で鳴らした屈強な王だったようで、高齢の今も足腰矍鑠として精力的に毎日執務を執り行っているらしい。
「はあ……どこにも元気なじいちゃんっているんだな…」
教師がかみ砕いて教えてくれる国の歴史を聞きながら司は思わず自分の祖父を思い出していた。祖父も確か、王と同じ年ではなかっただろうか。先日米寿の祝いを何にするか家族で話し合ったのを覚えている。父方の祖父のため、再婚した母の連れ子である司は直接血が繋がっていないが、分け隔てなく可愛がってくれていた。
「陛下には王子と王女が一人ずつおられます。王子にもお子がおられるので、王位の継承は安泰でございます」
なぜか、教師が得意そうだ。へぇ、とわかったようなわからないような声を出して頷くと、教師は話を先に進めた。
「坊ちゃまのお生まれになったこのカルワリア家は、代々王家に仕える武門の名家です。坊ちゃまがお仕えになるのは王子のお子様方でしょうし、王宮に行かれるのはまだ少し先でしょう。ですが、いつ呼ばれても良いよう、しっかり励まねばなりません」
そうなのか。
ここにきて、初めて司は名字を知った。そこそこいい家なのでは、と思っていたが、想像よりも身分が高そうだ。何もわからないです、みたいな顔をしてのらりくらり生きて行きたかったが、そういうわけにもいかないらしい。
「当然、優れた家臣を育てたとなればこの私、ステルヌーメントゥムの名も上がるというもの!」
段々、話の熱の矛先が変わり始めた。どさくさ紛れに名前を名乗っていたが、日本語名しか聞きなれたい司には聞き取れない。
(ステルヌ……なんて言ったっけ?)
細くて枯れ木のような体をくねくねと揺らしながら部屋を歩き回り、何やら輝かしい未来を語り続けている教師は司のことをすっかり忘れているようだ。案外、この体の持ち主も、不真面目だったのではなくこの教師に辟易して適当な態度で授業を受けていたのではないだろうか。ほんの少し、同情した。
(あ、これ、ひょっとして俺の名前…?)
教師がトリップから戻ってくるまでの間、司は教科書をぺらぺらと捲る。一番最後の、裏表紙の内側の下に小さく名前が書いてあった。
(えーと……ツ…カサ……?)
「え?!」
思わず大きな声が出た。ガタン、と派手な音を立てて立ち上がった司に、我に返った教師が不思議そうな顔をする。
「坊ちゃま?」
「あ、え、いやなんでもないです…」
自分の名前を見て驚きました、なんて言えるはずもない。曖昧に笑って誤魔化し、倒れた椅子を戻して元通り腰を下ろした。おかげで正気に戻った教師が、一つ咳ばらいをしてからまた教本を開く。
「では、続いて現在この国を脅かしている魔物について学んでいきましょう」
「魔物がいるの?!」
「何を驚いておられるのです?当然ではありませんか」
「そ、そうだよね、ハハハ…」
危ない。自分はこの国でこの歳になるまで生きてきたのだ。初めて聞きます、みたいな反応をしていては怪しまれる。いや別に悪いことをしているわけではないけれど、突然中身が別の世界の人間になりました、なんて言ったら気が触れたと思われるだろう。もし司が、元居た世界でそんなことを言われたら間違いなく病院を勧める。
「最近魔物たちの動きが活発化しており、民衆は不安がっているのですよ。いつ何時、陛下から討伐命令が下るかわかりません。しっかり特徴や弱点を学んでくださいね」
弱点がわかってるならだれでも倒せるのでは。そんな疑問が司の頭に湧いた。だが、目の前の教師の腕の細さを見て考えを改める。
(この人は無理そう…)
魔物というのがどんなものなのか、ゲームの知識から想像する。枯れ木のような腕では、魔物に捕まったら簡単に折られてしまいそうで、弱点を突くどころの話ではないのだろう。そういえば、朝食の時に会った父親も細かった。武門の家という割には武器に潰されそうだがいいのか。
「平原にはスライムやアニマルズ、山にはグリズリー、川にはフィッシャーズ、恐ろしい魔物は山のようにいます。その特徴は千差万別、弱点もそれぞれなので一律の対策が取れないことが我々が押し負ける理由です。やつらは人を襲い、食べることもあるとか…!スライムは火に弱いですが、近年火に強いスライムの情報も寄せられています。耐性が変わってきているとしたら大変なことですが、それを調査するための人員の確保も難しい現状、王家の強いリーダーシップが求められています。そしてそんな王家を支えられるのは、武門の名家、カルワリア家の方々しかいないのですよ!」
この教師、教科書を見て授業を進めるという教師として基本的なことが苦手なのか、それともこの国の教え方がこうなのか、全く司の反応を顧みない。一応教本を開くよう指示はするが、その後はどこを解説しているか説明もせずひたすらに空中に向かって話し続ける。そしてどんどん脱線していく。
益男が小学校での授業の準備をするために教材を家で作ったりしているのを見ていた身からすると、授業のやり方に文句をつけたいが今までの自分がどんな反応していたかわからず、やりづらい。仕方なく、手を挙げて自分の興味を追求することにした。後で自分で教本を読んだ方がためになりそうだ。
「ドラゴンとかもいたりすんの」
滔々と魔物について話し続けている教師に手を挙げて質問をしてみる。彼はピタリと口を閉じると、重々しい仕草で頷いた。
「ドラゴンは、かつてこの国にいたとされています」
視線が宙を向く。いらないスイッチを押したことを、司は激しく後悔した。
「遥かな昔、始祖ムスクルス帝がこの地に巣くっていたドラゴンを倒したことからこの国は始まったのです。ムスクルス帝は、ドラゴンに苦しめられる人々に心を痛め、七人の友人と共に立ち上がりました」
机に頬杖をつき、楽な姿勢をとる。よくある建国史だ。物語としてもうまくできていて、血沸き肉躍る内容になっていることだろう。黙って耳を傾けていると、教師の語る声はどんどん熱を帯びてきた。
「艱難辛苦を乗り越えドラゴンのもとに辿り着いたムスクルス帝は、三日三晩ドラゴンと戦い、ついに!!その首をはねたのです。すると中から輝くばかりに美しい女性が現れ、ここに国を成すよう告げたのです!」
ここにきて妙な方向に話が傾いた。てっきり、勇ましい初代の王がドラゴンを倒し、民をまとめて国とした、という話かと思っていたのだが。
「それが初代の王妃様です。この女性が誰だったのかは諸説あるところですが、ドラゴンの中から出てきたのでドラゴンの子供であろうという説が有力です。故に王家の方々はドラゴンの子孫だと言われています」
「いや無理があるだろ」
思わず突っ込んでしまった。ドラゴンの首を切ったその中から人が出てくるのはまあ、神話にありがちな設定だ。だが、それがドラゴンの子供になるのはおかしい。それならせめて腹から出てきた、とかだろう。
「ムスクルス帝は、後に王妃となるその女性の言う通り、ドラゴンの首を埋め、その上に王宮を建てました。流れだした血は川に、骨は山になり、鱗は動物になり、一帯はとても豊かな地になったそうです」
「いやそんなもんの上に家建てるとか何考えてんの……」
切り落とされたドラゴンの首なんてもの、どう考えても呪いのアイテムである。絶対にそんな場所に行きたくない、と思う司だが、その希望はあえなく打ち砕かれることを、彼はまだ知らない…。
筋肉もりもり転生記〜モヤシがマッチョになって世界を救う〜 梅おかか@鶴梅創作堂 @umeokaka0319
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