<33・Together>

「“落ちよ雷、轟け光!Little-Thunder”」


 シャドウステップ達の姿が、紫色の輝きだした。やばいと思った直後、ゆっくりと黒い柱のようなものがグラウンドから突きだしてくる。それに爪があることに気づいてリンジーがぎょっとした瞬間、ルイスの魔法が炸裂していた。落雷が、まさに指先に落ちる。ずるん、と指が形を失い、まるでスライムのように溶けて消滅した。


「びっくりさせるだけが目的だから、もう初級魔法連発するのが良さそうだな。魔力温存しねえと数が撃てないわ」


 ルイスがリンジーを振り返り、そして言った。


「お前、ジャクリーンが好きだって言ってたよな。でもって、お前が好きになったのは……あっちの、カナタの方のはずだ」

「……はい、でも、僕は……」

「俺様は、確かにあいつが異世界人なことも男であることも、保健室のトラブルで知ってたよ。でもな、それでも俺様は……俺様は、あいつが好きだ。男でも、異世界人でも、偽物でも関係なく。あいつ自身が、好きだって思ったんだ」

「ルイスさん……」

「お前があいつを好きになった理由も、似たようなもんなんじゃねえのかよ」


 その言葉に。リンジーは唇を噛み締める。自分は、同性愛者ではない。少なくとも今までそう思っていた。だから、自分が好きな相手が男性だったと知ったショックは思いのほか大きいのである。でも――騙された、偽物だった、そういう怒りだけではないのは。やっぱり男性だったと知っただけでは冷めないくらいの気持ちが、胸の中にくすぶっているからに他ならないのだ。

 生まれて初めて、本気で恋をした。

 その相手は、バレたとわかった時に言い訳をするよりも、真っ先にリンジーを心配して叫んだのだ。




『リンジー、俺のことはいいから逃げろ!こいつ、マジで悪魔を呼びだすつもりだ!』




 このままじゃ、自分が真っ先に殺されることは明白だったというのに。


「……僕」


 悔しい。騙されていたのに、まだやっぱり好きだと思ってしまう自分が。

 そして、とっくに隣の少年が、性別も世界の壁も越えて答えを出していたことが。


「やっぱり、ルイスさんにカナタさん……を取られたくないです。カレンさんにも、他の誰かにも」

「……そうかよ」


 リンジーはにやりと笑って、じゃあライバルだな、と言った。


「……おい、カナタ!絶対死ぬんじゃねえぞ。お前まだ、俺にちゃんと“答え”を言ってないんだからな!!」




 ***




 不思議な光景だった。悪魔が召喚されようとしているのは、少しでも知識がある人間ならはっきりとわかったはずである。それなのに、多くの生徒達が逃げることなく集まってきては、共に戦うと願い出てくるのだ。その大半が、同じクラスの生徒。中には、違うクラスの生徒で、“ジャクリーン”に助けられたのだという者達もいた。


「“奏でろ風の聲、叫べ風の嘆き!Little-Wind”」


 カレンが魔法を唱えて、うねるように出現した髪の束を撃退した時。近くにいた男子生徒の二人が、カレン!とこちらを呼んできた。


「これ、シャドウステップの魔方陣じゃないか!?壊していいよな!?」

「……多分そうだ、やってくれ!」

「オッケー!」


 二人の生徒達は、同じクラスの双子の兄弟だった。


「“語れ氷、貫け氷雨!Little-Ice”!!」

「“希え光、走れ稲妻!Little-Light”!!」


 氷魔法と、光魔法が草叢の影にあった紫色の魔方陣に同時に突き刺さり、粉々に砕けた。瞬間、近くにいたシャドウステップの数体が霧のようにほどけて消えて行く。


「わ、私だって……!」


 イザベルと一緒に学校に残っていたジェマが、転びそうになりながら走っていくのが見えた。その手に杖を掲げて、湧き出してきた足のような物体に魔法をぶつける。


「“忍べ闇、垂れ込めろ暗雲!Little-Dark”!!」


 闇色の霧に包まれ、悪魔の断片は溶けて消滅していく。あっちでもこっちでも、生徒達が奮闘を続け、悪魔が完璧に召喚されるのを防ごうと戦っていた。

 だが、勿論このままではキリがない。なんとかして、イビルゲートとのつながりを完全に解除しなければ。


――カナタ、お前が後は頑張るしかない……頼む!


 カレンは、木に埋め込まれてもがく少年を見つめ、心の中で叫んだのだ。




 ***




――みんなが頑張ってくれてる!俺が、あとは俺がなんとかしなきゃ……!


 彼方は必死でもがきながら考えていた。自分の力では、大樹の黒い蔓を引きはがすことはできない。魔法を唱えてみたが、表面は硬い物質で覆われているのか彼方程度の魔法ではまったく燃える気がしなかった。


「みんなお馬鹿さんね。まだ抗えると思ってるのかしら。貴方もよ、いい加減諦めて生贄になったら?」

「うるせえよ」


 笑うジャクリーンを睨みつけ、彼方は言う。


「ただのちっぽけな人間にもな、人間なりの意地とプライドってもんがあるんだ。いつまでも高い場所から人を見下ろしてんじゃねえぞ……!」


 ふと、腕がずるん、と大樹の奥に潜った。彼方は眼を見開く。どうやら、この木は表面は硬いが、中は存外柔らかいらしい。外に抜け出すことはできないが、内側にもっと沈むことならばできそうだと気づいた。――ならば、一か八か、試してみる価値はあるだろう。


「あら?何をしようというの?」


 ジャクリーンの問いを無視して、彼方はずぶずぶと大樹の中に足から体を沈めていった。うぞうぞと蠢く触手の群れ。非常に気持ち悪いし、段々と力を吸い取られているのか疲労が蓄積してくる。しかし、ここで怯んでいる場合ではない。この樹木がいわばアンテナのようにイビルゲートへ中継を繋げているなら、このアンテナを壊せば門に大ダメージを与えることもできるかもしれないのだ。


――杖は取り上げられちまったから、無い。素手じゃ大した魔法の威力にはならない。でも……少ない魔力を、弱点に一点集中させれば……!


 顔まで樹木の中に埋まり、真っ暗で何も見えなくなってしまった。ここまできたらもう、時間との勝負。直感を信じて、己の魔力を燃やし尽くすしかない。

 魔力の流れを感じ取る。広い広い、宇宙のような空間。この樹木のてっぺんから伸びる魔法の糸、その向こうにある開きかけの鋼鉄の扉が見えた。そこから、少しずつ、悪魔の腕が這い出して来ようとしている。あの扉を、こちら側から叩きつけるようにして閉ざすイメージ。


――思いっきり……火の玉ぶつけて、扉ごと燃やす!今だけでいい、ありったけを!!


 使えるのは相変わらず、炎の初級魔法だけ。それでも。




「うおおおおおおおおおおお喰らえ!“踊れ火の風、謳え火の粉!Little-Fire”!!」




 手の中に、巨大な火球を生み出し――ドアの方に向けて、叩きつけるようにぶつけた。瞬間、闇の向こうから引き裂くような悲鳴が聞こえてくる。

 悪魔の声?違う――ジャクリーンの、悲鳴だ。


「ちょ、何これ……何これ!?や、やめて、アルバトロ、わたくしが悪いわけじゃ……あ、あ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 彼女に何が起きたのか、この時の彼方にはわからなかった。

 彼女の絶叫と同時に、ぶつん、と音を立てて意識の糸が切れてしまったのだから。




 ***




 自分は、どうにか助かったらしい。彼方がそう理解したのは、誰かに抱きしめられてグラウンドに倒れていることに気づいたからだ。――いやはや、何でこんな状況なんだろう、と思う。自分を抱きしめているルイスはまだ気絶しているようで動けないし、目に見える範囲でグラウンドは穴ぼこだらけで大変なことになってるし、他にも生徒達が数名ぐったりして座り込んだりしているっぽいのがちらほら見えるしで。


「……ああ、それは気の毒だわ」


 イザベルの声が聞こえた。


「ありがとう、解説してくれて。でも、滅茶苦茶納得しちゃったわ。よく考えたら何で気づかなかったのってかんじ。ジャクリーンが、記憶喪失になっただけであんなに性格変わるはずないもの」

「だよね……」

「カナタってやつも本当に気の毒だな。ここまで女装やり抜いてみんなにバレてないあたり、男気すげえって逆に感心するわ」

「あはははは、確かに」

「いや、ルイスにはバレたんだって」

「あ、そうか。まあ着替え見ちゃったならしょうがないかー」

「なんかもういろいろ腑に落ちたっていうか」

「あの顔で男というのが未だに信じられんのですが」

「何言ってんだ。男でもいけるって、あんな可愛いなら!」

「何言ってんのお前?え、そういう趣味?」


 わいわいわいわい、と生徒達が騒ぐ声が聞こえる。ぼんやりとした視界に、皆に向かって説明していたらしいカレンの姿が見えた。どうやら、彼がみんなに状況を話してくれたらしい。本当は俺が自分でやんなきゃいけなかったのに、と思うと非常に申し訳ない気持ちになる。

 だが。意外にも、クラスメート達は比較的好意的に受け止めてくれているようだった。それほど、ジャクリーンに対して思うところがあったということだろうか。


「あ、カナタさん!起きた!」


 ぱたぱたと駆け寄ってくるのは、リンジーだ。カナタ、と彼ははっきり自分をそう呼んだ。


「無事ですか?怪我は?」

「……だいじょうぶ。めっちゃ疲れてるだけで。ていうか、その……ごめんな。ずっと、本当のこと言えなくて」

「いいですよ。……そりゃ、騙されたって気持ちはなくはないですけど、でも自分の中で答えは出しましたから」

「?」


 どういう意味だろう。彼方はぼんやりと空を見て思う。重たい雲はいつの間にか霧散し、オレンジ色の夕焼けが皆の顔を照らしている。悪魔の気配はもう、どこにもない。どうやらうまく撃退できたらしいということまでは理解したが。


「ジャクリーンさんの最期については、聴かない方が良いです。……悪魔を呼びだした人間の代償。人が、あんな形で死ぬなんて、僕もみんなも未だに信じられませんから。中にはまだ吐き気が止まらないという人もいますし」


 リンジーは首を横に振って言った。


「悪魔の気配は消え、イビルゲートへの門は閉じました。でも……ジャクリーンさんが死んだことで、彼方さんが元の世界に帰る方法は……」

「お前は気にしなくていいんだよ。みんなを騙してた、俺の自業自得だ」

「そんな風に言わないでください。僕、絶対見つけますから。みんなもそのつもりのはずです。貴方に恩がある人が大勢いるんです」


 とりあえず、と彼は続ける。


「今一番大事なことをしていいですか?その状態、僕にとっては忌々しくて仕方ないんです」

「え」


 次の瞬間。ざっぱーん!とルイスの頭の上から水が降ってきた。リンジーが水魔法をぶっぱなしたのだ、と気付くのと、ルイスが盛大なくしゃみをして跳ね起きるのは同時である。


「ぶえっくしょん!!て、てめえ!何しやがるんだ!」


 怒り心頭でリンジーを睨むルイス。リンジーは、ふん、と鼻を鳴らしてリンジーに言う。


「いつまでこれみよがしにカナタさんに抱きついてるんですか。ムカつきます。さっさと離れてください!」

「んだと!?」

「男だって知っても、カナタさんのことが大好きな人はたくさんいるんですからね。覚悟しておいてくださいよ!!」

「え、ええ、え?」


 これ、どういう状況なんだろう。突然喧嘩を始めてしまったルイスとリンジーに、彼方は眼を白黒させるしかない。しかも、周囲の生徒達が誰も喧嘩を止めないのだ。イザベルなんか、“いいぞもっとやれー!”と囃し立てている始末である。


「ど、どうなってんの……?」


 混乱する彼方の肩を、カレンがぽんと叩いて言った。


「みんなお前が好きだってことさ、カナタ」


 結局、彼方が元の世界に帰る方法はわからない。少なくともそれが見つかるまでは、もう少しこの学校でお世話にならなければいけないようだ。

 だが、学園と、国を襲った最大の危機は一つ去った。不思議と今は、ほとんど不安を感じていない自分がいるのも事実なのである。

 この愉快な仲間達と一緒なら、きっとなんとかなるような気がしてしまうのだ。


――もう少し。……もう少し、こいつらと一緒に。


 いつか終わる夢だとしても、あと少しだけ浸っていようと思うのである。

 彼方は笑い声を上げる仲間達を見ながら、自分もまた笑みを浮かべていたのだった。


 宝物のような日々は、まだまだ続いていく。

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異世界転移したら、女装して逆ハーレム作れと命令された俺 はじめアキラ @last_eden

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