光る羽をはやした妖精

@anzu-tubaki

第1話 夏の夜

 自室で、チョコレートを齧りながら大学のレポートを書いていると、外からトントンと、窓を叩く小さな音が聞こえた。音の聞こえる方に目をやると、そこには単行本程度の背丈の小さな妖精の女の子がいた。

 腹が減っているようだったので、チョコレートを分けてやると、その妖精は嬉しそうにガツガツと食い始め、三分の一程度食べると、菓子を置いた。


「ありがとう。人間ってやっぱり悪い人ばかりじゃないのね」

「別に大したことじゃないから良いけど。そんなことより、私妖精なんて初めて見たわ」

「そりゃあ普段は隠れているもの。森に生きる妖精と、街で人間の食べ残しを食べて生きる妖精と、主に2種類いるけどね。私は数時間前まで前者だったわ」

「上京してきたってこと?森で暮らす方がずっと快適そうだけど……。人間の環境破壊の影響は、こんな小さな生き物にまで及んでるってこと?」

「そういうわけでもなくてね。田舎は閉塞的なのよ。私には合わないの。………私の羽、少し光っているでしょう?」


 よくよく見ると、確かに彼女の背中に生えた2本の羽は、微かに発光しているようだった。


「そうね、部屋が明るいからよく目を凝らさないと分からないけど。それがどうかした?」

「普通の妖精の羽はね、光ってなんかいないのよ。だから私、みんなに嫌われてるの。私のそばにいたら、光を見つけた獣が私たちを食べにくるからって」

「え、妖精を食べる獣がいるの?」

「妖精だって普通に食物ピラミッドの中にいるのよ」

「こわ……。夢返して欲しい」

「都会の夜は明るいし、何より森みたいに妖精同士で群れないから、私が生きるのにうってつけってわけ」

「ふーん。でもそうやって生きるつもりなら、人間に話しかけたりなんかしなけりゃよかったのに。都会デビュー大失敗じゃない?」

「いいのよ、もっと栄えた明るい街の方に行くから。……まあ、1番の理由は、妖精なんかより人間の方がよっぽどマシって信じたかったからかも」

「?」

「私ね、お姉ちゃんがいるの。お姉ちゃんは、多分私のこと大事に思ってるわ。でもね、私が人の街に行くって言ったら猛反対したの。私には危なすぎる、森のみんなもいつかきっとわかってくれるから、お姉ちゃんの側にいた方が良いに決まってるって」

「……」

「バカバカしい話よね。私がどんだけ辛い目にあってきたか、お姉ちゃんはちっともわかってないのよ。私が、私らしく、より自分が生きやすい世界に行くことの何が悪いの? 私のことを受け入れてくれる世界なんかどこにもないんだから、せめてほっといてくれる世界に行きたいと願って何が悪いの?!」

「……」

「森の皆が言うのよ。優しくしてくれるお姉さんがいるんだから、ずっと家で閉じこもってれば良いのにって!!そんな連中にお姉ちゃんは、私は優しくて良い子だから、色々サポートが必要だけど、どうか仲良くしてやってくださいって、バカ正直にお願いするのよ!!信じられない!!!」

「………」

「私が、あそこで皆と全く同じように生きるなんて無理に決まってる。私は、お姉ちゃんに、一緒に頑張ろうなんて言われたくなかった。あんな森で生きる必要なんてないって、私のことを切り捨てる世界なんてこっちから捨てて仕舞えば良いって、そうやって、ただ一緒に泣いて欲しかっただけなのに……」


 地団駄を踏みながら泣き叫んでいた彼女は、ペタンと女の子座りをして俯いた。


「……あなたの幸せが何かなんて私にはわかりゃしないけど、でも私は、お姉さんの気持ちも少しわかるな」

「はぁ?」

「怒んないでよ」


 あからさまに不機嫌になった彼女を嗜めて、私はたった一人の弟を思い浮かべながら話した。


「身内が自分のせいで不幸になるのは、許せないんだよ。自分の生きる世界が、家族を不幸にするのは、苦しいんだよ」

「……」

「受け入れてくれる空間をわざわざ用意したんだから、そこから出てこないで欲しいって言われるのは……結構心にくるんだよ」

「……」

「いろんな人がいるんだから、少数派の人を許容できない人がいて当たり前だし、そんな人達にそれを強要したってより悪印象を与えるだけ。………それでも、願わずにはいられなかったんだよ、きっと」

「……だから、許せと?」

「まさか」


 私は彼女の問いかけに首を横に振った。


「あなたの幸せのためにどうすりゃ良いかなんて、きっと誰にもわかんないよ。それでも、何かしないと気がすまないってだけ。それが迷惑なら、やめてって訴えたり、そこから逃げたりしたって、何も悪くないと思うよ」

「……」


 彼女はしばらく考え込んだ後、すっくと立ち上がった。


「私、お姉ちゃんにはもう二度と会いたくないわ」

「うん」

「でも、、妖精のための郵便屋さんが、いたら良かったのにね」

「そりゃあ良いね。夢があって」

「ま、そんな危険な仕事、誰もやりたがらないでしょうけど」

「そっか」

「……じゃあね」


 そう言うと、彼女は開きっぱなしだった窓から、落ちるように出ていった。

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