断頭台に花束を
@Aries_ram
第1話
こんな話がある。
世界は最初、七人の王様がいた。
絶えず戦争をする七つの国は、千年もの間、無数の人を殺し、殺される毎日を送っていた。
そんな戦争の世界は、一人の少女を生贄に終結する。
平和を願った人々によって担ぎ上げられた少女は手を、足を、目を、臓器を王様に捧げ、平和が訪れた。
英雄となった少女は盛大に弔われ、優しく微笑んで星へと成った。
そんなおとぎ話。誰しもが創作だと語るそれが真実であることを知っているのは、おそらく僕だけだろう。
*** ***
「ミナト、おっはようっ!!」
全体重を惜しみなく使ったタックルを繰り出しそう叫んだのは居候のスイ。
腰まで届く赤みがかった髪を振り回し、両の手足となる義手義足が叩き出す人間離れした膂力は、木製の扉を容易に粉砕した。
バキバキ、なんて嫌な音とともに空いた穴は、締め切られた部屋に今月5度目の光を差し込ませる。
「お前重いんだから暴れまわるなって言ってるよな?! 今月で何回僕の家をぶっ壊しやがった!?」
「レディに向かって重いとか言わないの! あたしだって好きで壊してるわけじゃないんだけど!」
「お前の手足がフルメタルなのいい加減理解してくれないかな?! ……まあいい。なんでそんな元気なんだ、お前」
溜息をつきながら訪ねると、赤みがかったツインテールを振り回しながら少女が得意げに答える。
「見てくださいこれを!!」
形態の液晶に移された『当選』の文字。それに続く『RAIN』の単語で何を言おうとしているのかを理解する。
「……ああ、バンドのライブね。チケットとれたなら良かったじゃん」
「うっすい! ミナト反応が薄いよ! 『RAIN』のライブだよ?! 抽選確率ものすごいんだよ! もう一生分の運使い果たしたかも」
作業の手を止めて呆れ交じりに返す。
「一生分の運使い切ったらヤバいだろ」
「も~ノリ悪いなぁ。ミナトは今何作ってるの?」
携帯をポケットにしまってこちらの手元をのぞき込んでくる。
「依頼のあった回転式削岩ロボットの中枢部品、図面を添えて税込四千万のお仕事だ」
「へぇ。天才発明家も大変だねぇ」
「ああ。お前がもうちょっと計画性のあるヤツなら多少はゆっくりできるんだがな」
つい先月、欲しいものがあると言ってきたスイ。丁度仕事が立て込んでいた僕がクレジットカードを預けた翌日、大豪邸になって返ってきたのは記憶に新しい。
コツコツ貯めて、数億円あったはずの残高が三桁になった時の絶望は計り知れない。
「それはごめんだけど……こうしてだだっ広い作業部屋手に入ったんだし良いじゃん!」
それは僕が言うべきことだ、という言葉を飲み込んだ。実際広い工房が欲しかったのは事実だからあまり文句もないのだが。
「ライブいつだよ?」
作業の手は動かしたまま訊く。
「二月の二十五日」
「ちょうど一か月後か。楽しんで来いよ」
「ミナトも行くんだよ」
数秒、手が止まった。
「何しに」
「もち、ライブ観に。チケット二枚取ったし」
「僕の分行けなかった人が不憫すぎる」
「その人の分まで楽しまなきゃ! ミナト、どうせ暇でしょ?」
「現在進行形で大忙しなのは見えてない感じですかそうですか」
現在抱えている依頼は全部で3件。どれもミリ単位の精度が要求されるものだし、なにより僕としては爆音の真っ只中に飛び込む事態は避けたい。
まあ、この暴れ馬が僕の言うことを素直に聞くとも思えないけど……
「ミナト、朝ご飯は?」
唐突な話題の転換に脳がついていかない。
「……冷蔵庫に作り置きしたチャーハンあるから食ってこい」
「食堂遠いんだけど」
「この家お前が買ったんだろうが。僕だって工房以外気に入ってねえよ。外見だけで選びやがって……いねえし」
文句を言ってはみるが、当の本人はもうここにはいない。
何度目かもわからない溜息をぐっと抑え、たった今完成させた機械部品を箱に収める。
ぐ、と伸びをして部屋を出る。
部屋全体に広がるネジとボルト、ボツになった試作品のトラップを潜り抜けた先にある扉を開けて、新鮮な空気を取り込む。
「……眩し」
最後に日の光を浴びたのはいつだっただろう。
数日前に見たカレンダーから逆算して、部屋にこもってから三日経ったことを思い出した。
「……腹減ったな」
無駄に長い廊下を進んで食堂へ向かう。
「あ、ミナトやっと来たー。チャーハン全部食べちゃったよ?」
繰り返し悲鳴を上げる腹をさすって、作り置きした2合のチャーハンの残骸に視線を向ける。
「……全部食ったのか」
「もち」
「太るぞ」
「なっ……」
固まるスイをよそに冷蔵庫を開ける
卵とケチャップ、インスタントの米を用意して朝ご飯の支度をする。
「何作るの?」
「オムライス」
「おー!」
「いや、お前の分はないぞ」
「なんで?!」
「たった今人の分までメシ食いやがったクセに何言ってんだ」
「デザートは別腹って言うじゃん!」
「主食たるオムライスをデザートと申すか」
呆れつつ、追加の食材を投入する。
「さっすがミナト、やっさしー」
「うるせぇ」
言って、追加の食材を含めた正午の朝食を作り終える。
「ホラ、さっさと運べ。さっきみたくここで食うなよ」
「はーい」
ものの十分程度で完成したオムライスの皿二つを厨房出てすぐのテーブルに運んだ。
「「いただきます」」
特に会話もなくオムライスが無くなっていく。
半分くらい食べ進んだところで、スイが「そういえば」とスプーンを止めた。
「ライゼンのやつ、死んだみたいだよ」
「っ?!」
吹きそうになったオムライスを一旦は飲み込んで、言葉の理解に数秒を要した。
「……雷の象徴、世界に初めて〝国〟を作った人……だったっけか。理由は? というか、なんでそんなことわかるんだよ? 七王の一人が死んだなら全世界でめちゃくちゃ話題になってるはずだろ?」
雷の化身、怒りのライゼン。恐怖を圧制により人々を従え、最強の個とされる彼のもとで栄える軍事国家ライザールは、世界最大の国土と軍事力を誇っている。
「なんで、とか聞かれてもわかんないよ。急に『あ、死んだっぽい』ってなったんだもん」
「んな曖昧な……」
「ホントなんだって!」
「……別に疑ってるわけじゃないさ。というか、疑ったところで確かめようもないしな。それで、どうするんだ?」
「どうするって?」
「王を殺すんだろ? あと七人……いや六人か」
「もちろん、やる。ホントは人類全部ごとヤっちゃいたいんだけど、ミナトに免じてそれは勘弁してあげる」
「そいつは助かる」
「でもそうだなぁ……確かにずっとここにいるわけにもいかないんだよね。ミナトにも迷惑かけちゃうだろうし」
少し考えて、うん、とスイが一人頷いた。
「何か思いついたか?」
「とりあえず『RAIN』のライブ行ってから考える! 今考えても結論は出ませんので!」
なぜか自信満々に言い切って残りのオムライスを胃の中に放り込んだ。
「…………はあ。ライブ、いつって言ったっけ?」
「二月二十五日。さっきは乗り気じゃなかったけど心変わり?」
「デカい音好きじゃないんだよ……いまでも気は乗らんし」
「ま、いいや。予定空けといてね!」
「はいはい」
遅れて食べ終わった皿を食洗器に入れ、さっきまで作っていた部品を緩衝材とともにケースへと入れる。
「スイ、僕は出かけてくるから、暴れないで待ってろよ」
「人を暴れ馬みたいに言わないでほしいな」
不満げに頬を膨らますスイを無視して靴を履いた。
「実際暴れ馬だろお前。いいから大人しくしとけよ。なんか欲しいものあれば買ってくるけど?」
「うーん……お菓子! この前食べたチョコ詰まったやつおいしかった!」
「オッケー」
一人家に残すことに一抹の不安を抱えつつ家を出る。
目的地は隣街にある鉱山業を営む大手採掘会社の本社。
「まあ、さすがに大丈夫か」
拭いきれない不安を振り払って電車に乗り込む。
三十分ほど電車に揺られ、立ち並ぶ高層ビル群の一つに入っていく。
「どうかされましたか?」
受付にいたお姉さんに名前を告げ、驚かれながらも中へと進む。
エレベーターで地上十二階の高さに至って、ようやく目的地である部屋にたどり着いた。
「甲斐くん、待っていたよ。連続の依頼で申し訳なかったね」
エレベーターを降りてすぐ出迎えてきたのが、依頼主であり技術顧問もしている長谷川さんだ。丸っこい体格とは裏腹によく動く人で、会社備え付けのジムで頻繁に見かける。
「いえ、それが仕事ですんで。これが例のヤツです。一応トリセツと、半分に割ったのも入ってます」
中身を確認して満足そうに頷く。
「確かに受け取った。料金は明日には振り込まれるだろう。いつもの口座で?」
「はい」
「了解した。……やはり、うちの会社に来る気はないのかね」
「ええ。フリーのほうが性に合ってるんで、どこかに所属ってのはないかなぁと」
「そうか。また依頼することはあるだろうからよろしく頼む」
「了解です」
最低限の会話を済ませて下りのエレベーターに乗り込んだ。
「あー……食材ももうなかったっけ」
思い出して、近所のスーパーに行き先を変更する。お菓子にしてもコンビニよりは安いから丁度いい。
野菜売り場の食材を一通りかごに入れ、お菓子売り場に移動して注文の品を取りに行く。
最短で買い物を終え自宅へと戻る。
「…………壊れては、いないか」
ほっと息をなでおろし、長い廊下を伝って厨房へ。買ってきた野菜とその他もろもろを冷蔵庫に投げ込み、おそらくは中央広間にいるであろうスイにお菓子を届ける。
「ただいま。ほい」
「おー! ホワイトチョコのもあるー! 食べたかったんだよねコレ!」
ソファに寝転がり肩ひじをついたままお菓子をむさぼる。その様はどこぞのおやじとソックリだが、言うと怒りそうなので黙っておく。
そんなこんなで一か月が経ち、スイにとっては待ちに待ったライブ当日の朝がやってきた。
「朝だ――――ッ!」
直したばかりの扉を再びブっ壊し部屋へ突入してきたスイは、出発準備万端の格好で未だ布団で丸くなっているミナトを叩き起こした。
「うるっせぇ朝っぱらから大声出すな! 眠いし寒いしあと叩くなクソ痛いから! ――――五時?!」
ぼんやりと時計を見つめ、それが示す時間に驚く。
「クッソが……目ェ覚めちゃったじゃねえかよ……こんな早くから行くことないだろ。入場開始十時だぞ」
「バカだねぇミナト。なるべく早く言って写真とかいろいろ撮りたいじゃん! 先に行けばその分グッズとか見る余裕もできるしさ!」
「あー……うん。その辺はわかんねぇからいいや。行くって言っちゃったし、僕も準備するから待ってろ」
「はーい」
幾度となくブチ壊された部屋の扉を憐れみつつ外出用の衣服に着替え、扉だった残骸にブルーシートを被せる。
「……行くか」
出発前から重い足を引きずって部屋を出る。わざわざ玄関で待っていたらしいスイが元気に手を振っている。
「リビングのが暖かいだろ」
「早く行きたかったんだもん」
「ならさっさと行こうか。始発なら座れそうだ」
仕事以外で久しぶりの外出。
趣味が仕事になっている今では本当に外に出なくなったな、とここ数年を顧みる。
「ちょっとミナト? 考え事してないでちゃんと道案内してよ!」
「はぁ?」
「はぁ? じゃなくて! わたしミナトのとこ来てから一回も外出たことないもん! 行き方なんてわかんないよ!」
なぜか自慢げに言うが、言われてみれば確かに外に出かけるところを見たことがない。
別段制限していたわけではないのだが、なるほどスイも用がなければ外出しないタイプだったか。
「自覚があるなら先に行こうとするな。その外見年齢で迷子とか笑い話にもならん」
「はーい」
とはいえ駅は歩いて十分程度。会場は最寄駅から徒歩五分の場所だ。迷子になるようなことはないだろう。
一時間程度の電車内。興味深そうにキョロキョロするスイをなだめつつ電車を降り、ほとんどがシャッターを下ろしている商店を眺めつつ目的地に到着する。
「マジでもう人いるよ……こわ」
長蛇とはいかないまでもそれなりに集まっている人の列を見て戦慄する。
「あちゃー……一番乗りじゃなかったか。まあ、このくらいなら余裕あるかな」
これから来る観客の数を想像すれば序盤も序盤、先頭といってもいいくらいだ。その結果を前にしてまだ足りないと言い張る少女に呆れつつ、すでにプラカードを持って待機しているスタッフの苦労に内心で敬礼。列に加わった。
「ではミナト氏。作戦を発表します」
わざとらしく言ったスイが眼鏡をくいっとするフリ。
「作戦?」
「ミナトはライブそのものにはあんまし興味ないんでしょ?」
「そうだな」
「ということで、ミナト氏にはわたしの代わりにグッズ選びを命じます」
「あー、なるほど。待ってる間暇だし、いいよ」
コイツなりに僕が早く暇にならないよう配慮してくれているのだろうか。ただ単にライブを満喫したいだけかもしれないが、どのみち時間はある。
「何買えばいい?」
「うーん……スマホケースと、ストラップは欲しい! デザイン含めミナトのおまかせで」
「はいよ。後で文句言うなよ?」
「モノによっては言うかも」
「おい」
意味のない会話で時間をつぶしつつ、開場時間十時が訪れる。先頭組の僕らは早い段階で温かい会場内部へ入ることができた。
叶うなら待機場所も中がよかったなぁと思いつつ、館内図で売店と会場の入り口、出口を確認する。
「始まるのは十二時だから……もうちょっと時間あるね。先に売店行こうよ」
「だな。今選べればあとで楽だろうし」
目的の売店は南口から北東に進んだところに固まっているらしい。現在地からちょうど対角だ。
「スイ、手足の調子は?」
家を出てすでに五時間強。一応大丈夫な設計ではあるものの訊いてみる。
「うん? いつも通り絶好調だよ」
「金属だからな。凍傷とかも心配だったけど、大丈夫ならいい」
「なになに~? 心配してくれてるの~?」
「助けた女に死なれると気分が悪いからな」
「ふぅん」
まだ自宅が両親から引き継いだ一軒家だったころの話。両手両足に眼球を失い、しかしなぜか出血は見当たらない少女が玄関先で転がっていたのを発見し、保護した。
義肢もその時に作ったものだが、今日の気温は義肢の想定気温よりも寒い。
「何か不調があればすぐ言ってくれ」
「りょうか~い」
グッズ販売エリアは、どこか夏祭りを彷彿とさせる賑わいだった。露店のように並ぶ売店はそれぞれ小物、食器を含む割れ物、シャツなどの衣類なんかに分けられている。
先に入場できた人々から売店に向かってきたため、百を超える人間がこの通路に密集していることになる。
「ちょっとちょっと、ミナト早い。人込み嫌いなのはなんとなくわかるけど拒絶反応早い」
どうやら顔に出ていたらしい。無意識的に人のいないほうに向かおうとしている体をスイが引っ張り、最初に言っていたスマホケース売り場に向かう。
「コレ! ……とコレ!」
「ふたつも要らんだろ」
「欲しい!」
「……まあいいか」
「やったぁ」
ミナトが会計を済ませ、商品の入った袋をスイに渡す。
そんなことを何度か繰り返し、ライブ開始一時間前。
僕にすべての荷物を預けて「じゃ、行ってくるぜ!」なんて言って去ってしまった。
会場内のコンビニでインスタントコーヒーを買い、長椅子に腰掛ける。
終わるまで何しよう……
「……散歩でもするか」
およそ自分とは思えぬ発言に苦笑しつつ、会場の周囲を少し散策することに。
一人になるのは久しぶりだ。そう思いながら、木々に囲まれた森林公園に入っていく。
静か、ということはない。僕と似たような理由で会場の外に残った人たちと、わずかに聞こえる中の騒音が静寂をかき消している。
あいつは、と一人呟いた。
〝王〟を殺すと言った。それから、自分が伝承にある生贄の少女だということも。
いつか、僕のもとを去るのだろうか。
きっといなくなる。
自分への問いに、自分が即答する。
時計を見やると、すでに一時間は経っているらしい。
「そろそろ戻るか。寒い」
気温は一桁台。コートを着ていても寒いわけだ。
踵を返したのとほぼ同時、体の芯に響く轟音が世界を振るわせた。
断頭台に花束を @Aries_ram
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