第21話 門出
イリアは山道を少し下った場所で、岩に腰掛けて二人を待っていた。イリアは二人に気づくと、腹を庇いながら立ち上がった。
「すみません。さっきはついカッとなっちゃいました」
「気にするな。良いパンチだった」
イリアは恥ずかしそうに、赤くなった右手の指をさすった。
「……それと、よく耐えたな」
アレンはイリアの頭にぽんと手を置いた。掌についた血は渇き始めていた。イリアは複雑そうな表情を浮かべた。苦しそうで、無理をしているのはわかったが、気丈に笑って見せる少女に、アレンは顔を綻ばせた。
「腹の怪我は大丈夫なのか?」
「まだ痛いですけど、だいぶ楽になりました。アレンさんこそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫……とは言えないが、生きているよ」
少女はクスッと笑った。
身体の外も中もボロボロで満身創痍の男は、強がりでも大丈夫とは言えなかった。この震える手足で強がっても、格好がつかないというものだ。
「あと、これを返しておく」
アレンは『正義』の剣を彼女に差し出した。使われる前と何ら変わらない美しい白剣を、イリアは首を振って、アレンの方に押し戻した。
「いいえ。これは持っていてください。あなたはもう、勇者なのでしょう?」
「……わかった」
アレンは厳かに『正義』の剣を抱き寄せ、腰に差した。
「似合わないわね」
マルギットが茶化す。黒髪黒眼で、服装も地味で暗い色をしている。元々の根暗な雰囲気も相まって、純白の剣はひどく異質だった。
「うるさい」
「これから似合うようになるんじゃないですか?」
「だと良いがな」
セシリアのように様になるのは、一体いつ頃になるのか。そして、様になった時に、果たして自分は勇者で居続けているのか。あるいは、セシリアと同じ道をたどり、膝を折って倒れているかもしれない。
「さて、先に進もう。マルドレイクまでもう少しだ」
「イリアもそうだけど、あんた、歩けるの?」
「お前に荷物を持たせて、肩も借りれば歩ける」
「ボロボロじゃないの。もうちょっと休めば良いじゃない。それとも、『真実』の勇者に格好つけて別れた手前、いきなり休みづらいってこと?」
アレンは表情を固くして黙る。
「わかりやすいわね、あんた」
「ミランダが増援を呼んでいたかもしれないだろう」
ミランダは孤高を絵に描いたような人だ。そんな可能性はゼロに等しい。
「はいはい。わかったよ。そういうことにしておいてあげる」
にんまりしているマルギットを見ると無性に恥ずかしく、殴りたくなってくるが、今の体調ではそれも億劫だった。
「俺も怪我したお前を運んだんだ。お互い様だろ」
「わかったわよ。もう、あんたって本当にめんどくさいわよね」
マルギットは二人分の荷物を背負うと、「よっこらせ」とのっそりと立ち上がった。カタツムリを想像させるような背中になっても、彼女はふらつくことはない。彼女の右肩に捕まって、遅々とした足取りで一歩ずつ進む。
すると、イリアがアレンの右側にちょこんと張り付いて、左肩を貸した。
アレンが呆気に取られる中、イリアは自身の傷も癒えないというのに、小さな体を精一杯に伸ばす。
ふぬぬぬ。と鼻息を荒くしながら、健気にアレンの助けになろうとする少女に、アレンは破顔して体を預ける。
「なあ、イリア。マルギット」
「何ですか?」
「何よ」
「これから先に何があっても、俺が二人を守る。約束だ」
「そんななりじゃなかったら、惚れてたかもね」
「私も、アレンさんのことを守れるようになります!」
クククと笑うマルギットに、気合十分のイリア。
でこぼこな三人の後ろ姿は、仲の良い家族のようでもあり、運命を共にする戦友のものでもあった。
果たして三人の行く末に何があるか、誰にも推し測ることはできない。
お調子者の少女は、これから先にある苦難を前にしても笑顔でいられるのか。
あるいは、その顔が涙に濡れ、悲痛に打ちひしがれるのか。
今はまだ善良なだけの少女は、新しい時代を築く稀代の指導者となるのか。
あるいは、変わらぬ現実に絶望して災厄の魔王となるのか。
勇者となることを選んだ男は、己の理想を貫き、理想を手にすることができるのか。
あるいは、いつかの誰かと同じように、『正義』の名前に押しつぶされてしまうのか。
だとしても、彼らは皆、己の理想を貫くために歩み続ける。
これは、次代の魔王を導く、一人の勇者のお話。
正義の勇者 トミー @t0my
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