トロピカル因習アイランド神降臨す
鷹見津さくら
トロピカル因習アイランド神降臨す
「トロピカル因習アイランドについてご存知ですか」
「トロ……えっ、何?」
「トロピカル因習アイランドです」
珍しく真顔になっている田中に胡乱な単語を言われ、鈴木は困惑する。とろぴかる、いんしゅう、あいらんど。単語で区切ればそれぞれの意味は理解出来るが、合体してしまうとどうにも理解が及ばない。因習の部分を無視すれば中々に陽気な言葉だと言えるだろう。今が平常時であれば、の話だけれども。
「……何? それって今話さないといけないことなのか?」
「トロピカル因習アイランドとは令和五年一月下旬に生まれたインターネットミームのことを指します」
「俺の声聞こえてる?」
小声で話したから聞こえていなかったかもしれないという鈴木の好意的な解釈は田中が首を縦に振ったことで無に返された。
「それで、そのトロピカル因習アイランドがどうかしたのか。今の俺たちの状況を打破する手がかりになったりするんだよな?」
鈴木がそう聞いた瞬間、ドンと遠くから大きな音が響く。思わず肩を震わせた鈴木とは対照的に田中はぴくりとも動かなかった。
「スレンダーマンや宇宙猫、八尺様なんかもインターネットミームに含めてもいいでしょう。人と人を通じて広がっていく、概念。基本的には現実世界には存在しないものが多いのです。勿論、人々が語り継ぐことで現実に影響を及ぼすものもありますが。今回の場合は、恐らく違うでしょう。あまりにもトロピカル因習アイランドが生まれたタイミングから近すぎる。だから、これはきっと」
鈴木と田中が隠れている納戸の扉が勢いよく開かれた。鈴木は講釈を垂れる田中の口を手のひらで覆う。幸いなことに納戸の奥までは来なかったので、見つかることはなかった。
「お前の話が長いのは分かってるんだが、それを悠長に聞いている暇はない。さっさと結論から話してくれ。早く逃げ出さなきゃ、俺たちは二人仲良く生贄にされるんだからな」
「分かりました。結論から話します」
ほっと鈴木は息を吐く。田中と出会ってからおかしな現象に巻き込まれる確率がとんでもないことになっているが、その全てを解決してきた。物理的に死にかけたが、間一髪のところで反復横跳びをし助かったきさらぎ駅事件や精神的に呪い殺されそうになったが、ゴリラを助けたおかげで生還出来た魔の第三コーナー事件。あげていけば切りがないぐらいだ。けれども、田中が解決策を思いついたのなら、きっと今回も大丈夫だろう。鈴木は微笑みつつ、田中の言葉を待つ。その瞳には確かな信頼の色が含まれていた。
「このアイランドの神に僕がなります」
「……は?」
そもそも、鈴木と田中がこの島にやってきたのはバカンスの為だった。鈴木はある日陽気に鼻歌を歌う田中にチケットを渡された。
「こ、これは! 商店街福引一等賞、南国の島国旅行ペアチケット!」
「当たりました」
「お前、本当に運だけはいいよなあ」
「霊が見えない分、他の能力にスキルポイントが振り分けられてるんですよ」
怪異専門を謳っている探偵事務所の所長だというのに霊が全く見えない田中はソファーで踏ん反り返った。めちゃくちゃ霊が見える自分と手を繋いでようやく霊が見えるようになるくせにちょっと偉そうすぎやしないか? と思いながら鈴木は田中の為のお茶を淹れてやる。
「福利厚生はしっかりするつもりです。一緒に行きましょう」
にこりと笑った田中に鈴木は喜んで、と返した。あそこで断っておけばなあと思うが、後の祭りである。
わくわくと旅支度をした鈴木は、田中と飛行機に乗り込み電車を乗り継ぎ船に揺られ小さな南国の島へと辿り着く。美しい海、強すぎる程の日光、青々としたワシントンヤシモドキ。素晴らしいロケーションに鈴木が惚れ惚れと出来たのは、島――田中曰くトロピカル因習アイランドに着いた直後だけだった。
宿に向かおうとした田中と鈴木は島の人々が広場に集まっていることに気がついた。太鼓やら焚き火やらが置かれているから祭りなのかなと思った鈴木が声をかけると。
「今から島に来た観光客であるお二人を生贄にして儀式を行うんですよ! 一番近くで神聖な炎が見られるので楽しみにしてください!」
なんてことを笑顔で言われ、ガタイの良い男たちに周りを囲まれて、殺気なんかも感じたりした鈴木は潔くスーツケースを投げ捨てて田中を引き摺り逃げ出した。あの雰囲気は不味い。数々の修羅場を潜り抜けてきた己の勘を全力で信じる場面だった。木陰にある納戸に飛び込み、外の気配を伺っている時に突然田中が話し始めたのだ。トロピカル因習アイランドについてご存知ですか、と。
そうして、今鈴木は納戸の奥に置かれていた仮面を被り広場へと戻ってきた。何が起きたんだよと思うが、田中の指示なので仕方ない。目の前には笑顔の島民たちがいる。こちらを殺そうと思っていることを隠しもしなければ、申し訳なさそうにすることもないことが恐ろしい。明るくて暖かいトロピカルな土地だからこそ、因習という重苦しく暗い雰囲気を吹き飛ばすことが出来ているのだろうか? とどうでも良いことを鈴木は考えた。ドン、と再び大きな音がする。太鼓を叩く大男がいた。島民は誰一人としてその音を気にも留めていない。儀式の一環なのだろうか。鈴木が被っている仮面と似たものを被っているし。
「皆さんこんにちは」
ド派手な色をした仮面を被った鈴木が挨拶をする。あまりにも堂々としているものだから、ここが講堂か何かかと錯覚しそうになった。
「この度は私の為にお集まりいただきありがとうございます」
ドン、と太鼓が鳴る。田中はまるでそれが聞こえていないかのように言葉を続けて行った。
「私はこの島の神です」
ストレートがすぎるが、なんだか異様に貫禄があるものだから島民がちょっと騒めいた。この人、偽物ですよと鈴木は思う。今の鈴木は神扮する田中の従者ということになっているので何も言わずに斜め後ろに立っていた。
「皆さんにお伝えしたいことがあって、ここに来ました」
本当に神なのかと囁く声が聞こえる。それに対して、あれは確かに神様の仮面だと返す声も聞こえる。なるほど、トロピカル因習アイランドに詳しい田中だからこそ良い感じに雰囲気さえ作れれば島民たちを騙せると踏んだ訳か。鈴木は少し田中を見直した。
「生贄はもう必要ありません」
太鼓がドンドコ、と鳴る。まるで田中の声を遮ろうとしているかのようだった。奏者の驚きが滲んでいるのだろうか。
「ですが、神様。生贄がいなければ神様は祟りを起こすと聞いております」
不安そうな島民の中の一人が尋ねてくる。今まで神を信じ、生贄を捧げてきたのだから急にやめるのは不安だろう。田中がうんうんと頷き、話し始める。
「皆さんの不安も最もでしょう。ですので、今回からは私が人間の命以外に好んでいるものを捧げていただきます」
「神様の好む、人間の丸焼き以外のもの……?」
しばらく考えていた島民たちがはっとした表情になる。
「ダンスバトルですか!」
「ダンスバトル!?」
思わず声を上げてしまった鈴木に無数の視線が集まる。太鼓の奏者もこちらを見ていた。恥ずかしくなって鈴木は下を向く。
「……そうです。ダンスバトルです。さあ、皆さんのダンスバトルを見せてください!」
本気で言ってるのか? と鈴木は思ったが、島民たちは頷き合っている。なんだか純粋な島民たちを騙しているようで鈴木の心が痛んだ。
「レッツダンシング!」
田中の掛け声に太鼓がリズミカルに叩かれ出した。ノリの良い太鼓奏者だ。
島民たちは思い思いにダンス披露し始める。彼らの表情は生き生きとしていた。騙しているという鈴木の気持ちが少しだけ救われる。島民のダンスに見惚れていると田中に引っ張られた。
「なんだよ。今良いところだろう?」
「君は場の空気に流される悪癖がありますね。今のうちに着替えて観光客として合流しますよ」
確かに今ならば生贄ではなく観光客として歓迎されるだろう。この盛り上がっているダンスバトルに参加させてくれるかもしれない。
「分かった」
早着替えで広場に戻った田中と鈴木は、予想通り島民たちに歓迎されダンスバトルのエキシビジョンマッチに参加させてもらった。その後は至って普通にバカンスを楽しみ、三日後には迎えに来た船に乗りトロピカル因習アイランドを後にした。
船の上で海風を浴びながら鈴木は伸びをした。ダンスバトルの筋肉痛がようやく治まったものの、まだ体に違和感がある。
「結局、トロピカル因習アイランドのこと、俺は何も分からなかったよ」
「そうですか」
田中は俺よりもきっとトロピカル因習アイランドのことがよく分かってるんだろうなと鈴木は思う。そうでなければ、あんな風なハッタリをかまして生贄の危機を脱することは出来なかっただろう。田中が微笑みながら口を開いた。
「僕も調べたんですが、よく分かりませんでした」
「いかがでしたかブログかお前は」
呆れた鈴木に田中が苦笑する。
「じゃあ、なんであの島の神のこと知ってたんだよ」
「ああ、そうでした。鈴木さんに止められたから説明していませんでしたね。僕らが隠れていた納戸の壁にはあの島の儀式や神のことが書かれていたんですよ。僕って運が良いですからね。偶々引き当てた納戸があそこで良かったです。最も昔の文字な上に達筆だったので読みにくかったんですけど。神の好んでいるものについてまで書いていなかったんですが、島民の皆さんが良い感じに繋げてくれて良かったです」
流石霊感以外に能力を割り振った男だなと鈴木は思った。
「たまにあるんですよ。インターネットミームと一致したものって。元から存在しているけれど、それが世間から離れたものだと本人たちも知らないが故に外へと広まらない。今回は色々と加味した上でトロピカル因習アイランドっぽいなこの島と思いまして」
「そんな適当な」
「適当じゃありませんよ。名前のない現象の対応策を思いつくのは難しいかもしれませんが、名前をつけたりこじつけたりすることで考えやすいレベルにまで落とすというのはよくあることです。今回はトロピカル因習アイランドと呼ぶことでなんとなくどうしたらいいかを思いつけました」
「……まあ、脱出出来たからいいけどさあ」
鈴木はやっぱりこいつ適当だなと思う。
「ダンスバトルなら平和だし、観光資源にもなりそうだもんな。島民たちもキレキレのダンスしてたし、太鼓奏者も上手かったし。あれを世に出さないのも勿体無い話だろうしな」
田中が不思議そうな顔をした。
「太鼓、ですか?」
「すごい目立ってただろ? お前が神になりきってる時もドンドン煩かったし」
「……確かに聞こえたような気もします」
「上手かったよな」
微妙な顔の田中が口を開く。
「僕が聞こえたのは、広場から退却する時ですね。具体的に言うと君に触れていた時ですね」
「え?」
遠くからあの太鼓の音が聞こえた気がした。
トロピカル因習アイランド神降臨す 鷹見津さくら @takami84
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